3  〈2〉の小箱に入っていたのは詩

 〈12月2日〉


 あの扉の叩き方は人間だ。

 微妙ビミョウ狭量キョウリョウだから、すぐわかる。魔女の縁者だったら、もう少しエレガントに叩く。

「誰?」

 魔女は扉を開けずにたずねた。

「王子だ」

 若そうな男の声がした。

「間に合っています」

 王子王子詐欺おうじおうじさぎだ。魔女は、休日の朝を台無しにする訪問販売に、眉をしかめた。

「王子だ!」

 扉の外で、いらついた声がした。

「……」

 魔女は無視することにした。

 魔女が扉から離れる気配を、男は察したのだろう。

「お前! アドベントカレンダーを創っている魔女だろう! 第1王子に献上したろ!」と、大きな声をあげた。

 魔女は、ぴくりと反応した。

 第1王子にアドベントカレンダーを贈ったことは、お大尽だいじんと自分しか知らないはず。

「王子。ほんもの?」

 魔女は鎖錠くさりじょうをかけたままで、外開きの扉を薄く開けた。


 外にいたのは、銀狐ぎんぎつねのロングコートを着た青年だった。

 そろいの毛皮の帽子の上に金の冠をのせていた。わかりやすい。

 ゆるい巻き毛が、逆光でも金色に輝いている。青い瞳が、冬の凍った湖のようだ。

「王子さまが何の御用でしょうか」

 魔女は、いささか人見知りで、用心しぃだった。しかし、面食いだったので、鎖錠くさりじょうをかけた扉は、いつもよりは開いていた。

「アドベントカレンダーをもらい受けに来た」

 王子は、当然のように言ってきた。

 魔女の星灰色せいはいしょくの瞳が、大きく見開かれた。

(何、言ってんだ、こいつ)


「すべて夏の予約段階で売り切れました。それに、もう、アドベントカレンダーの2日めです」

「2日ぐらいは誤差だ」

 王子は落ち着き払っていた。

「……アドベントカレンダーの販売は終わりました」

 魔女の表情から、感情が消えた。

(お引き取り願おう。いくらイケメンでも)

 扉を閉めかけると、「待て!」王子は素早く、扉に両の手を差し込んできた。「待て! お前のBLアドベントカレンダーは、有害図書レベルだ。うちの宰相に告げ口したら、しょっぴかれて魔女裁判にかけられるぞ!」

「……!」

 魔女裁判。

 聞き捨てならない言葉に、魔女は、わなわなと身を震わせた。彼女らは、その血の中に、過去の迫害された仲間の記憶を留めていた。

 扉をはさんで、閉めようとする魔女と、開けようとする王子の戦いになった。


「あれは、ブリリアントBラヴァーズL、アドベントカレンダーですっ! しょっぴかれるなら、第1王子もでしょ!」

 

 ブリリアントBラヴァーズLカレンダー、それは、お大尽だいじんに頼まれて、特別に作ったカレンダーだ。さる高貴なお方に献上すると、彼は言っていた。次期国王陛下だから、今のうちに持ちつ持たれつの関係になっておくのだと。それ、第1王子だなと魔女にもわかった。

 24日間、「ぼくじゃダメですか」とか、「他のやつのことを話す、そのくちびるは、こうしてやる」とか、日替わりの幻術仕様の恋人が現れるカレンダーを創った。魔女の術の見せ所である。


「――権力で、どうとでもなるんだよ」

 王子は凍りつくような態度で、すごんできた。

 魔女は、チンピラにからまれているのかと思った。

「とにかく中に入れろ。外は寒いんだ」

 王子は白い吐息を吐いた。


「……」 

 権力に屈した魔女は、しぶしぶ、王子を家の中へ招き入れることにした。

 どうやら、供は連れて来ていない。

 向こうの白樺しらかばの木に、栗毛の馬の手綱たづなをつないでいるのが見えた。

 いざとなれば逃げることはできる。そこは魔女だから。

 

 しかめっ面で魔女が扉を開けると、王子は、ずかずかと居間へ入り込んできた。

 暖炉の前で、しばらく、かじかんだ両手をかざしていたが、それから、王子の青い目が、暖炉の上にピラミッド状に積み重ねられた、アドベントカレンダーの藁色わらいろの小箱の山に止まった。

「あるじゃないか。アドベントカレンダー」


「それは、わたし用です」

 王子のうしろで、魔女は王子の背中をにらんだ。

「魔女のくせに、神の降誕こうたんを待ちわびているのか」

「いや、単純に、製作者としてですね」


 王子はアドベントカレンダーの山の頂上に右手を伸ばして、金色のインクで〈2〉と書いた藁色わらいろの小箱を手に取った。魔女が止める間もなく、小箱の中から、小さくたたんだ紙片を取り出してしまった。

「あぁ! なんてことをっ」

 魔女は、悲鳴に近い声をあげた。


 紙片には、短い詩が書いてあった。

「『あなたは世界でたったひとつの花。おんりーわんになればいい』――これは、流行はやりの吟遊詩人隊の詩のパクリではないか」

 王子は胡乱うろんな目つきで、魔女を見た。

「こ、後半はオリジナルの詩だって、ありますっ!」

 図星を指された魔女は、わなないた。

「い、いろいろ、日替わりで、全年齢が楽しめるように考えているんです! 甘いお菓子とかっ、マッサージの招待券とかっ」


「ふーん」

 王子は空になった小箱を、暖炉の火に投げ込んだ。小箱は、しゅんと音をたてて、みるみる灰になった。

「では、また来る」

「え?」

 魔女が戸惑っていると、長身を曲げて王子は魔女を真正面から、のぞきこんだ。

「明日からアドベントカレンダーを、開けに来る」


「って⁉」

 呆然とする魔女を残して、王子は栗毛の馬に乗って、行ってしまった。

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