第39話 次なる危機
刀を突き落とす瞬間、突然後ろから優しく何かに包まれた感覚がした。
そして同時に、抜け落ちてしまった自分の感情のようなものが再び構築されていく。
「……ちゃんっ! 燿ちゃん!」
「……心菜?」
「やっと届いた! 何度も呼んだんだからね?」
俺の耳元へ直接彼女の声が流れ込んでくる。
この距離感、背中に感じる温もり、どうやら俺は心菜に後ろから抱き締められているらしい。
「そうか、俺ちょっとおかしくなってたみたいだ」
改めて周りを見渡すと、暁斗は無事コトユミをプールから引き上げることに成功し、プールサイドで座り込んでいる。
詩に関しても同様、さっきまで張っていたプール上のバリア維持で疲れたのか、暁斗の隣に腰をかけていた。
「ヨウくん、大丈夫? いつもと様子が違うかったけど」
「あぁちょっとした
「うん。引き抜いた傷口からようやく血が治ってきた頃だよ」
「そうか、それはよかった」
暁斗の近くには確かに血のついた弓が転がっていた。
普通の人間であれば、刺さったものを抜けば大量出血で命を落としかねない。
それがそうなる前に傷口を修復させるのは、回復能力が高い異能者故の荒業であろう。
まさかそこまで速いとは正直思わなかったので、実は衝撃的である。
そして目の前の博士、出血の多さからすでに意識を失っていた。
そうか、俺は今、戦闘不能のやつにトドメを刺そうとしていたのか。
ずいぶんとイカれた行いをしようと思ってたんだな。
「んで心菜さんよぉ、そろそろ離れてくれませんかね?」
「え……っ!? あ、ご、ごめんっ!」
心菜も正気に戻ったのか、すぐさま手を離し、タタッと急ぎ足で後ろへ下がった。
改めてだが、今心菜が止めてくれなければ、俺は確実にコイツを殺していただろう。
しかも明らかな快感を得ながら、だ。
こうなったのもおそらく……いやあの剣、【黒ノ禁忌】の影響に違いない。
「……燿ちゃん、聞いてもいい?」
「ん? どしたんだ?」
「さっき副作用って言ってたけど、もしかして戦いの時使ってたあの黒い剣?」
心菜は心配そうな顔で聞いてくる。
実のところ、あの温泉旅行が終わってから知った【黒ノ禁忌】についての情報は何一つ彼女には伝えていない。
そりゃもちろん心配させるってこともそうだが、この件について巻き込みなくないってのが1番根本にあるからだ。
「いや、なんでもねーよ。ちょっとカッコつけたかっただけだ。ナハハッ!」
「……ほんと?」
「あぁ、ほんともほんと。これ以上言いようがねぇほどよ」
「……わかった。そゆことにしとく」
心菜は腑に落ちていないようだったが、なんとか首を縦に振ってくれた。
よかった。
心配性の心菜になんて言えるわけがない。
【黒ノ禁忌】とは今までたくさん人を殺してきた剣、つまり持ち主が殺意を込めて振るい続けてきた代物。
主人からエネルギーを吸いとってしまう剣なのだから、もちろんこの中にはそんな殺意の念が集約されているのだ。
もはや影響を受けない方がおかしい、ってのがノロから初めに受けた注意だった。
こんなこと言ってしまえば、どうにかしてこの【黒ノ禁忌】を葬り去ろうとしたり、俺を異能者から引き離そうとするだろう。
そうなった時、誰に1番危険が及ぶか、そんなのは考えなくても分かる。
だからこそ心菜に知られるのだけは避けているのだ。
半ば強引に心菜を納得させてからすぐ、暁斗と詩が合流してきた。
2人はお互いの肩に腕を回し、支え合うことで俺達のいる位置までなんとか足を運ぶ。
「とりあえず博士さん、どうしようか?」
暁斗からの単純な疑問である。
「縛って放置、でいいんじゃない?」
直後、詩からの冷たくシンプルな回答。
「詩ちゃん、それは流石に適当すぎるよ」
暁斗の指摘に詩は絶望的に落ち込んだ顔で明らかにガッカリしている。
この子、他には基本無関心なのに暁斗への執着はスゴイよな。
「まぁ俺もできるならコイツを縛ってボコボコにしたいところだけど、今回は異能対策部……つまり警察がいるんだから引き取って貰えばいいんじゃねぇかな」
「僕もそれがいい案だと思う」
俺の案に暁斗が賛成したところで、
「じゃ、アリスさんに連絡とりましょうか」
心菜はそう言ってスマホをポケットから取り出した。
そんな時、夜の学校プールという比較的静かなシチュエーションの中、入口側から大きく響く多勢の足音が俺達の耳に届く。
その姿は思ったよりも早く視界に現れて、先頭に立つものがまず第一声を放った。
「博士くんはどうやら失敗したようだね」
優しく穏やかな声色。
他人から見れば、ただ優しい白髪のおじさん。
だが本当の姿は異能【洗脳】を司る先生と名乗る異能者。
その先生は、後ろに多くの異能者を連れてこの場にやってきたのだった。
あれは確か体育館で見かけた集団、つまり先生の仲間ってことか。
その時に比べると人数は半分くらいになっているが、それでも10人以上はいる。
「アリス達はどうした? さっき体育館で戦ってたろ?」
「あぁ、あの異能対策部の方々か。ウチの仲間達から聞くに、少し手こずったらしいけど大したことなかったみたいだね」
なんとも信じ難い事実、しかし現にコイツらはここにいる。
さらに言えば、アリス達はここにいない。
そうなると導き出せる答えは1つだ。
異能対策部では適わなかった、ということになる。
そんな集団を見て、怖くないわけがないだろう。
心菜は「……燿ちゃん」と俺の背後で小さく呟いている。
そんな彼女の手はしっかりと俺の服を握りしめており、その力強さや小さな震えから心菜の気持ちが伝わってきた感覚がした。
詩も同様に暁斗の背後に隠れている。
そりゃいくら異能が使えたとしてもこの圧倒的不利な状況、怖いよな。
いや、彼女からすれば異能者だからこそ相手の強さ、実力差、みたいなものが分かって余計怖いのかもしれない。
「ヨウくん、アイツらは異能で殺しなんかも行ってるプロの殺し屋みたいなもんなんだ。実力はかなり高いはずだよ。だからその……」
言い淀む暁斗に言葉を返す。
「負けた、そう言いてぇのか?」
そう聞くと、暁斗は少し目を逸らして俯くような様子を見せた。
だから俺は軽く暁斗の頭を撫でて話を続ける。
「アリスの率いた部隊だ。ダンジョンのバケモンならともかく、同じ異能者になら引けをとらねぇだろうよ。ここにいないなら、きっとそれなりの理由があるって俺は信じてる」
「それなりの、理由って?」
「分からん! まぁタダじゃ転ばん連中ってことだ」
根拠はない。
ただアイツらを信じたい気持ちと不安な顔の仲間達を安心させたいという気持ちが俺に言葉を走らせた。
とはいえ異能者10数人に対して負傷中の異能者2人、人間2人ではまず相手にならないだろう。
この明らかに不利な状況、正直打つ手が全くない。
「燿くん、暁斗くん、詩さん、どうやら君達にはもう戦う力は残ってないようだね。ならば殺すのは後にして、まずはダンジョンを完成させることにしようう」
先生はそう言って、プールへと視線を送ったのだった。
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