第38話 VS博士


 

「暁斗、詩ァ! そっち側につくってこたぁ、俺達全員を敵に回すってことだぞ? そこんとこ分かっての行動だろうな? ガキだからって容赦しねぇぞ」


 俺達側を味方した2人に対し、強い語気で博士は捲し立ててくる。


「いいよ。僕は僕のことを本気で想ってくれている人を助けたいと思っただけだから」


「私は、別に。その……暁斗くんがいればいい。でも、この人は暁斗くんを洗脳から解いてくれた。その恩くらいは返すつもり」


 どうやら言葉の通り、これから先がどうとかは置いておいても今のこの時点では味方でいてくれるらしい。


「お前ら……マジで助かるわっ!」


「感謝は、別にいい。水面に張ったバリアもいつまでもつか分からない。だから、今のうちにアイツを」


 そうか、コトユミが水中へ落ちずに済んだのはこのバリアのおかげだったのか。

 咄嗟に起こったことだったため、脳の処理能力が全く追いついていなかった。


「僕はユミちゃんを引き上げるから気にせず戦ってきて……ってヨウくん、その怪我で戦えるの?」


 暁斗からの疑問はごもっとも。

 なんたって今の俺は【黒ノ禁忌】により体力という体力を吸われ尽くし、且つオーバークロックにより左足の筋を損傷しているのだから。

 彼から見てそこまでは分からないだろうが、足をひきずらざるを得ない俺を見てそう判断したのだろう。 


「あぁ。本気全快の暁斗が相手なら絶望的だが、あいつレベルならどうにかなる。てかちょうどいいハンデだろ」


「聞き捨てならねぇ言葉が聞こえてきたなァ! よほど死にてぇようだ。暁斗、詩ァ! 俺がこいつを殺すまでがラストチャンス。もう1度よく考えてろ、どっちに付くのが賢い選択かってことをな!」


 俺の言葉に火がついたのか、博士は両手の指間にナイフを生成し、投げ打ってきた。


 飛んでくるナイフ、俺は右足を軸に的確に躱し、避けられない分には自前の刀を盾に使う。


「やっぱナイフじゃダメかっ!」


 博士は次にナイフとは違う何かを手中に生み出した。


「なんだあれ……? 銃、じゃなくて弓?」


「あれは、ボウガン。弓を発射する武器だよ! 彼は銃みたいに内部構造が複雑なものは創れないんだ」


 水上のコトユミを助けに向かう暁斗がわざわざ解説までしてくれた。


「暁斗ォ! 少し黙ってろ!」


 シュッ――


「……うっ!」


 速射された弓が遠慮なく暁斗の左肩に突き刺さる。


「暁斗っ!」


「ヨウくん、気にしないで。このくらい大したことないよ」


 思わず呼びかけた俺に対し、暁斗は負傷部位を押さえながらもできる限りの笑顔を向けてきた。


「テメェ……相手は俺だろ。ビビって的変えてんじゃねーぞ」


 博士という男、とことん腹が立つ。

 初めから人間を見下していたことはこの際まぁいい。

 しかしコイツは未遂とはいえ、コトユミをダンジョン誕生のための生贄にしようとした。

 きっと1ヶ月、その他にも酷い目に遭わされたことだろう。

 この時点で俺の中では怒り充分だった……にも関わらず暁斗へのこの仕打ち。

 正直もう我慢ならない。


「害虫如きの怒りなんぞ、俺にとって虫刺され同然だわ」


 博士は余裕の笑みを浮かべて俺にボウガンを撃ってきた。


 シュッ――


 俺はすかさず避ける。


 シュッ――


 何度放たれても同じ。

 そもそも直線的な攻撃に恐怖を感じたことがないのだから。

 こんなのはもはや片足で事足りる。


「……な、なんでボウガンを避けられるんだよ! 初速250kmは出てんだぞ!」


 動揺しているうちに俺は1歩ずつ足を引きずりながらもヤツに近づいていく。


 シュッ――


「何度撃っても一緒だって。来るところが分かれば同じことよ」


 そう言いながら俺は半身になって矢の軌道から体を外し、刀で矢を叩き斬る。

 速度と位置が分かればこれくらいのことは容易だ。


「くっそぉっ!!」


 それでも懲りずに矢を放つ博士。

 その姿はもうただの小悪党にしか見えない。


「悪さだけ一丁前のヤツって結局実力はないんだよなぁ」


 思わずそんな言葉が漏れる。

 またもアイツのかんに障るであろう言葉が口から出てしまった、そう自覚したのだが、どうもすでにそんなこと気にしている余裕はなさそうだ。


 博士が後ずさる中、徐々に距離は縮まり、振れば刀が届く範囲にまで迫ることができた。


「……何か言い残すことはあるか?」


「なんだ? 敵の俺に情けをかけようってか? いいご身分だなぁ」


 情け……か。

 そういうわけじゃない。

 ただ、こんな奴でも元は人間。

 窮地に立たされた時、今までの行いに対して罪悪感を抱くのか。

 自分が生き残るための心ない言葉でもいい。

 コイツの口から謝罪1つでもあれば、俺の中にある殺意のようなものが少しでも落ち着くんじゃないか、ふとそんなことを思ったのだ。


「もし、コトユミや暁斗、浪川に謝るような気持ちがあるんなら聞いてやるって言ってんだ」


「謝る? はっ! それだけはねーわ。他人がどうなろうが知ったこっちゃねぇ。だが……やり残したことならあるぞ」


「なんだよ?」


 謝る気がないやつの話をこれ以上聞いてやる義理はない。

 しかしその先の言葉にわずかにでも良心が見えれば、未だそんな期待を抱いている自分がいる。

 

「人を……殺し足りねぇ。あと少しで3桁は越したってのによぉ」


 悔いるようにそう言う博士の顔は、何故だか口角を上げている。

 そして、あれは快感だった、さらに続けてそう呟いた。


 あぁ、もういいわ――


 ため息と共に漏れた心の声。

 と同時に自らの手を汚したくない、そんな甘えた考えを捨てた瞬間だった。


 決断してからは早い。

 俺はすでに刀を最速で振るっていた。


「……っ!」


 胴体に対して斜めにできた刀傷から飛んでくる血飛沫。


「……ハァ、ハァ」


 唸り苦しむ博士はその場に膝をつき息を荒げていた。

 

 そんな姿を間近に見ることなど今までなかった経験なのだが、不思議と冷静な自分がいる。

 人を斬った罪悪感もないし、血に対する恐怖もない。

 もはや今自分が行っている行動に対して、高揚感すら感じてしまっている。

 

 このままコイツを殺せば、俺にはどんな快感が押し寄せてくるのだろう。

 そんな想像もつかない未来への感情に、興味を掻き立てられている。


 そう思うと俺の体は勝手に動き、気づけばもう1度刀を振り下ろしていたのだ。

 そしてちょうど胴体にバツのマーク様の傷ができたところで俺はそのままヤツを蹴り倒した。


 今仰向けに倒れている博士、どうやら立つ力も抵抗する力もないようだ。

 荒げていた呼吸も徐々に浅く、目も虚ろになっている。

 あと一刺し、まっすぐ突き下ろすだけでコイツも楽になれるだろう。


 俺は仕留める準備をする。


「……終わりだ」

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