第37話 為す術なく



 その時アリスから聞いたのは、浪川が先生や博士と仲間だった時の話。


「浪川くん、協力してもらいたいことがあるんだけど、少しいいかい?」


 この先生の一言から始まった。


 その時、異能者集団をまとめていた紳士的な男、先生。

 素性こそ誰も知らないようだが、彼のことは皆が尊敬の念を抱いていた。

 時折【洗脳】という異能を仲間に使っていたが、その使い道こそ不安を抱く仲間へのメンタルケアとしてだったり、戦いへの緊張を解す手段として活用していたため、当時浪川は心からの信頼を抱いていたという。


 そんな偉大な先生からのお願い。

 断るわけがない。


 内容としてはそんな難しいものではなかった。

 彼の中にあるエネルギー、その力を少し貸して欲しいとのこと。

 異能に目覚めたものには普通の人間とは違うエネルギーが体内に巡っており、それがいわゆる異能という力の源になっているらしい。

 先生はその力を皆から少しずつ集めて異能者のユートピアを創る、そう確信付いて言っていたという。


 そして連れてこられたのは、煌石洞。

 温泉街の近くにある観光名所である。

 その時、完全な真夜中だったため、辺りに人はいなかった。


 その先でこれからどんなことが起こるか予想だにしてなかった浪川は、先生と博士の言われるがまま煌石洞の奥へ向かった。


 その日の浪川の仕事は、あの黒い球体へ自分の持つ異能を使うエネルギーを送り込むこと。

 球の近くにいれば自然と吸収されるから特に何もしなくていいと聞かされていたようだ。

 その事実は本当で、奥に到着した彼が近くに寄るだけでどんどん力が抜けていく感覚に陥った。


 そして体力の限界に近づいた彼は一言、


「先生、そろそろ俺限界です」


 それから球体から少し離れたところに立つ先生と博士が言葉を交わし始めた。


「だそうですが、博士くん」


「そうだなぁ。だがまだ足りねぇよ先生」


「では引き返してまた出直しましょうか?」


「……いや、1つ方法がある」


 そう言って博士が先生に耳打ちをした。


 その後、体力の限界を迎えた浪川に先生がゆっくりと近づき、頭の上に手を置いたそう。

 彼自身、先生の能力はもちろん知っていた。

 脳に直接司令を出す【洗脳】の力。

 分かってはいたが、浪川はその手を払いのけることが困難なほど困憊し切っていたのだ。

 

 そして先生が語り始めた。


「浪川くん、今から私達にとって重要な任務を君に任せたい。それはね、この球体に飛び込むこと。ダンジョン誕生には異能者の持つ多大なエネルギーが必要なんだ。つまり君がこの中へ飛び込めば、そのエネルギーが瞬く間に蓄積される。そう、浪川くんには生贄……いや、言い方が悪いね。皆の英雄になってもらいたい。できるかい?」


 そこで彼の記憶は途絶えたという。



 ◇



 博士の言動から思い出した記憶。

 浪川の話が本当なのであれば、おそらく博士はコトユミをプール水へ落とし、ダンジョンを創る糧にしようとしている。

 だからこそ『生贄』という表現を使ったのだ。


「やめろっ! お前はコトユミをそこへ突き落とし、ダンジョンを創るための餌にしようとしている。かつて仲間だった浪川のように」


 俺の言葉を聞いて、コトユミを転がしていた足を止めた。


「浪川……。この際なぜお前がその名前を知ってるのかはさておきだ、害虫、お前に1つ聞く。煌石洞にあったダンジョンのことをお前は知っているか?」


 その問いで博士の普段低い声がさらに低く、ドスの利いた声となる。

 明らかに俺へ向けた感情が殺意に変わった瞬間だ。

 

「あぁ、知ってるね。中にいた鎧兜倒してから急に入口が消えちまってなぁ。せっかくいい観光スポットだったんだが、台無しだったよ」


 おそらくヤツは憤りを感じている。

 俺が……正確には俺達が探索し、あろうことか封じてしまったダンジョンのことについて。

 しかしここは足元のコトユミからヤツのターゲットを俺に変えるチャンス、あえて挑発させてもらった。


「くく……。そうか、お前だったのか。あのダンジョンを開口させるのにどれだけ時間がかかったと思ってんだよ」


 顔に手を当て、かみ殺すように笑う博士。

 怒りのパラメーターが最高に達したのか、今までにない鋭利な睨みを利かせてくる。


「時間かぁ。そりゃ悪かったよ。けどこんな害虫程度に止められるんだからそのダンジョンってのも大したことねーな」


「はっ、バカが。あのダンジョンは完成こそしたが、1番低レベル。初の創造だったもんでな。だが、今からこのプール内に創るのはあれよりも遥かに多くのモンスターがウヨウヨしてるようなバケモン級のダンジョン、こっちが本命だっつーの!」


「……なっ!? あれで低レベルってか」


 まさかあの鎧兜で最弱とか言わねーよな?

 もしそうだとしたら人間である俺にこれ以上出る幕はねぇ。

 

 そしてさっきまでは怒り、冷静さが欠けていた博士だったが、徐々に落ち着きを取り戻していく。


「よくよく考えたら俺の目的に害虫駆除なんてのはなかったわ。あくまでこのダンジョンの完成。あとはこの女を突き落とすだけで準備は整う手筈」


 そう言って再びコトユミを蹴り転がす。


「やめてっ!!!」


 心菜は両手で口を押さえ、目を瞑る。


 俺は足を動かした。

 届くはずもないことを知りながら、それでも駆け出した。


 自分の足の痛みを忘れたふりをして。

 しかし届かぬ距離と左足の激痛が俺を現実に引き戻す。


「……やめろっ! 落ち……っ!」


 勢いのまま転がるコトユミはプールサイドから淵を飛び越え、黒い水へと渡っていく。


 バンッ――


 水に飛び込むバシャンッという音と共に……バン?

 なんか鈍い音が聞こえた気がする。


 不思議そうな様子の心菜と顔を合わせてから、下を覗き込む。

 するとそこには未だ水中に潜んでいないコトユミの姿。

 なぜか寝転ぶ位置がプールサイドから水上へと変わっただけだった。


「なん、とか間に合ったようだね」


 入口の方から聞き慣れた声がした。

 振り返るとそこには、傷だらけの少年少女2人の姿。


「暁斗っ! ……と教室にいたバリア女!」


 俺の発言に、少女はムッとした顔をする。


「バリア女、じゃない。うた。そういう名前がある」


「ヨウくん、さっきぶり! 恩返し、しにきたよ」


 そうだ、詩だ。

 あの教室で俺をバリアで閉じ込めた女。

 それに暁斗まで。


 しかし発言の感じ、どうやら今回はこっち側についてくれるらしい。

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