第36話 コトユミ救出
元の形を失った体育館。
床のフローリングは半分以上吹き飛び、不整地な地面が剥き出しになっている。
そんな中向き合う異能者集団とそれを取り締まるべく組織された異能対策部。
俺は、彼らにこの場を任せて本来の目的『コトユミの救出』のため踵を返し、外の出口へ向かおうとする。
「……っ!」
その時、ふと
あ、オーバークロックで左足の筋を負傷したこと忘れてたわ。
「もう、燿ちゃん……無理しちゃって」
呆れた顔でやれやれ、とふらついた俺を支えてくれたのは幼馴染の神道心菜だ。
「心菜、お前危ないから早く隠れろって!」
「危ないのはアンタも一緒! 急いで出るよ!」
彼女の身を案じて咄嗟に出た言葉だったが、心菜も負けじと強気に言い放ってきた。
ま、彼女の言い分にも一理ある……というか今の俺が何を言おうと説得力のかけらもない。
どう足掻いても足手まといにしかならないのだから。
こんな俺を心菜は、俺の腕を自分の肩に回して介助してくれている。
「じゃあアリスさん、私達、先に出るね」
「ありがとう、心菜さん! 先輩をよろしく!」
いつの間にか砕けた口調になった2人は言葉を交わしてから自分の役割を全うする。
つまりアリスは戦闘、心菜は俺とここから脱出ってわけだ。
「心菜、俺行かなきゃいけないところが……」
「分かってる。プール、行くんでしょ?」
「いい、のか?」
「私が止めてもどうせ燿ちゃん行くじゃん。今更分かりきってるから」
はぁ、と嘆息を吐きながら心菜はそう答える。
「はっ、さすが幼馴染だ」
「その代わり……私も行くから」
危険だからやめてくれという言葉が一瞬浮かんだが、すぐに飲み込んだ。
今の俺には心菜の支えが必要だから。
「分かった。何かあったら俺が心菜を守るから」
「なーに言ってんの、こんなボロボロの足で!」
そう言って心菜はちょん、と自分の足で俺の左足を小突いてくる。
「い……痛ぇっ! ひ、ひどい女だ……悪魔っ! 鬼っ! 異能者!」
「異能者……ってそれ悪口?」
思いつく限りの卑劣な怪物を並べたつもりだったが、心菜はふふっと思わず吹き出した。
「う、うるせぇな。急げよアッシー君!」
「おい、誰がタクシー代わりの男だって!?」
俺の言葉にムッとした心菜が怪我人である俺を振り落とそうとしたが、なんとか彼女にしがみつく。
「危なっ! ごめんて!」
そんな会話をしつつ、俺達は学校プールへ向かうのだった。
◇
目的地である学校プールは体育館からさほど遠くなく、幼馴染の介助付きで足を引きずった俺でさえ5分とかからなかった程度。
目の前にはすでに開けられた観音開き型の鉄門扉。
高さにして俺の首元くらいの高さ、飛び乗れば簡単に越えられそうな位だが丁寧に解錠してある。
「この奥にコトユミがいるのか」
「そう、だね。……燿ちゃん」
「どうした?」
「無理、しないでね……」
消え入るような心菜の声。
「って冗談。止めても仕方ないけど、燿ちゃんの脳に刷り込ませてやろうと思ってね」
と、そこから明るく切り替えた。
半ば止めるのは諦めた、そんな様子だが彼女の浮かない顔を見ると本当に心配してくれているのが分かる。
「ありがと。無理はしねーよ。なんたってこの足だからな」
俺は彼女を安心させるため……いや違う、そう自分に言い聞かせるように言った。
そうならないよう願いを込めて。
扉の先にはまず、男女更衣室。
それを越すと全員が同時に浴びることができるプール用シャワー、別名地獄シャワーなんて呼ばれてたっけ。
これがあるってことは、つまりこの先がプールってことになる。
ようやく目的地に着いた。
5コースほどあるレーンの25メートルプール。
夜の暗さを補うため、プールサイドに等間隔で設置されているナイター用の照明が点灯している。
俺達がいる入口付近にちょうど数字の書いたスタート台があり、そのゴール側に2人の人影が目に入った。
すでに照明で姿は明らかになっているのだが、もしそれがなかったとしても断定できていたと思う。
そう、博士とコトユミである。
「おお、思ったよりも到着が早かったようだな、害虫! ってこたぁ他の仲間はやられちまったってことか?」
高身長、長髪オールバック、それに大の人間嫌い、口の悪さを一切悪びれる様子もない図太さを兼ね備える男。
照明のせいでそんな奴の姿がよく見えやがる。
肝心のコトユミは博士の足元で横たわっていた。
あの様子じゃ気を失ってるっぽいな。
「いや、そいつらは異能対策部が相手してる。ここに来たのは俺らだけだ」
「俺ら……って害虫のオスとメス2匹が何しに来たんだよ」
並ぶ俺と心菜を交互に見て、博士は大きな声で嘲笑う。
「え、何あいつ……」
「心菜、アイツの言葉をまともに相手しなくていい。ただの人間嫌いだから」
今の発見に明らかに怪訝な様子を示す心菜に俺はそう声をかける。
その後、博士の問いに答えた。
「一騎討ちに勝ったから約束通りコトユミを取り返しに来たんだよ。お前はそっから退きやがれ」
「約束、ねぇ」
俺の『約束』という語句を復唱してニタッと含み笑い、そのまま続ける。
「でもそれを約束したのは先生だろ? 勝手に約束されても俺は知らねぇな〜。それにこの水女には最後の仕事が残ってんだよ。それが終わったら考えてやってもいいが」
「は? 最後の仕事?」
もはや逃げ場のないこんなところで、コイツは何かをやり遂げようとしている。
全くもって予想もつかない俺に博士は説明を始めた。
「このプールの中見たか? 綺麗だろ? 実はこれ、もうすでにただの水じゃなくなってんだ」
俺と心菜は目の前のプール水を一緒に覗いた。
「うーん……なんか、黒い?」
心菜は素直な感想を述べ首を傾げる。
彼女の言葉通り、たしかに普通のプール水、いわゆる水道水の感じとは少し違って全体的に黒く染まっている気がした。
その色も夜のせいかと思っていたが、よく見れば想像していたような光沢感や透明感は全くなく、ただただ黒い液体か何かが敷き詰まってるだけのようだ。
「そこのメス害虫の見たとおり。これはダンジョンへの入口でな……とはいってもまだ完全じゃない。今はただの黒い液体だが、これを完成に近づけるための方法が1つだけあるんだよ。まぁ害虫のテメェらじゃなんのことか分からんだろうから、大人しくそこで見てな」
博士は一頻り言いたいことを話したのか、今度は視線を下で寝転がったコトユミへ移す。
すると、ヤツは突然彼女を蹴り転がした。
「おい、お前何してんだよ!」
「何って見たら分かるだろ、この女を生贄にすんだ」
そう言いながら今も尚、コトユミを蹴り続けている。
そんな姿を見て、自分の中の憤りが一瞬にしてピークへと達した。
と同時にある事を思い出す。
それは温泉旅行後のこと。
俺はアリスから浪川……ダンジョンで出会ったあの男についての話を聞いた。
そこで語られたのは、彼がなぜダンジョンに1人でいたのか、そしてダンジョンへの入口が完成した時の出来事だったのだ。
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