第40話 状況一変



「じゃあどうしようかなぁ」


 ダンジョンを完成させると言い放った先生。

 悩むように顎に手を置いたまま、自分の仲間をぐるりと見渡す。

 そして何かが決まったのか、では、と切り出してから1人の男を指差した。


「あなた。ここのプールへ飛び込みなさい」


 一見、プールの授業で飛びそうな言葉。

 しかし俺は、俺達は、その言葉の意味を知っている。

 そしてその後何が起こるかも。


 以前浪川がそうさせられたように、今目の前で他の仲間が同じ道を辿ろうとしている。

 こういう時、仲間の誰かがが止めるべきだろう。

 皆一様に声をあげて先生の行動を反対するのが本当の仲間ってもんだ。

 だって何かを成し遂げるのに誰かの犠牲があっては意味がないのだから。


 しかしそんな様子は1つもない。

 なぜなら皆、【洗脳】により自分の意見を好きに持てていないから。


 これが本当に心から仲間と言えるのだろうか、そんな疑問を胸に抱いていた時、状況は突如としてし始めた。


「あれ、聞こえていなかったのかな? 君、この中に飛び込むんだ!」


 先生は再び同じ男性を指差して、さっきより大きな声で命令する。

 するとおかしなことにその発言に対して、指を差されたものは一切の反応を見せない。


「……もういい! ならお前、飛び込めるか?」


 それは異様な光景で、次に指差されたものも全く反応をしない。


「……お前は!? お前は!? お前は!?」


 こんなこと初めてだ、と言わんばかりに先生は荒げた声で仲間を順に指し示していく。


 そんな様子の中、刀を持った異能者がわずかに動きを見せた。


 どうやら現在も動揺し切っている先生は気づいてないようだ。

 しかし俺の目は確かにそれを捉えた。


 その異能者は、先生が指を指した方向の死角に潜りつつ、背後へと移動。

 すかさず両足のアキレス腱を斬ったのだ。


「……っ!?」


 さっきまで2本足で立ち、洗脳された仲間に命令を下していた先生の姿はもうどこにもない。

 そこにあるのは、膝から崩れ落ち、仲間者達に見下されている白髪中年の姿だ。


 今起こった出来事に、俺は開いた口が塞がらない。

 それほどの衝撃だった。


「な、何が起こったんだ?」


 暁斗、詩、心菜へ順に目をやるも、皆キョトンとしていた。

 つまりは俺達全員、この事態を予想していなかったということになる。

  

「飛び込むならお前1人でいけよ」

「そうだ、今まで散々コケにしやがって!」

「私達の洗脳はもう解けてるの!」


 異能者達、1人1人が先生に対して怨嗟の声をあげていく。

 何があったのか分からないが、もうすでに皆の洗脳は解除されているらしい。


「……な、なんでだ」


 先生の小さなぼやきを刀の異能者が拾い上げた。


「なんでか、それを説明してくれる奴がちょうどこの場に駆けつけてくれたみたいだぜ」


 そう言って彼は自身の持つ刀でその方を示した。


 そこはちょうど異能者集団の後ろ、皆が左右にバラけることで本人の姿を現した。

 それは俺も見知った人物で、そして先生にとっても縁があり、もう2度と見ることもなかったはずだった者だ。

 先生は蚊の鳴くような小さな声でその名を呼ぶ。


「浪川、くん……」


 世にも珍しい紫髪に長い襟足と左目のみが隠れるほど長い左右非対称な前髪。

 あれは間違えようもない、鎧兜と戦ったあのダンジョンで出会った男だ。


「箕原さん、お久しぶりです」


 彼はまず、恨みの対象である先生ではなく、俺に声をかけてきた。


「おぉ。久しぶりだな。まさかここで会うとはビックリだよ浪川くん」


 彼は煌石洞ダンジョン攻略後から、やけに礼儀正しくなったのだ。

 始めに会った時はもう少し無愛想な男の子だと思っていたが、まぁあの時は緊急事態だったし、こっちが本来の浪川くんなのかもしれない。


「実は前からアリスさんと内々に話をしておりまして、俺の異能【波】で洗脳を解いていくって作戦を立てていたんですよ」


「あ、なんだって? そんなことができんのか?」


 色々とパニックである。

 そもそも俺に内緒で話が進んでいたのもビックリだし……って今はそれよりも話の続きだ。


「はい。俺のこの力【波】は、あらゆる物体に連続した振動を送る能力なんです。もし洗脳が衝撃によって解けるものだとしたら、俺の力で直接脳に振動を送ればいい。しかしあくまで今日、使ってみるまでは仮説の段階だったので、箕原さんにはお伝えできなかったんです。やっぱりこういった不確定要素は、今回『一騎討ち』の主役である箕原さんにとっては雑念でしかないと思った俺の判断なので、アリスさんを責めないで下さいね」


「なるほど。今の説明がなかったら、アリスのこと後でしごきまわるところだったわ。浪川くんは俺のことをよく分かってるな」


「いえ、ただ俺はアリスさんに今の説明を頼まれ……いやなんでもないです」


 浪川の煮え切らない物言いで彼がアリスを庇ったってことは容易に理解できたが、今はそれを責めるような状況ではない。


「うぐ……っ!!」


 そんな時、先生の喚き声がプール中に轟いた。


 咄嗟に目を向けると、さっき倒れていた場所とは異なる場所で先生は疼くまっており、血の吹き出した左の足先を自身の手で押さえようとしている。

 そして驚くことに、その足は足部、つまり足首から下が存在していなかったのだ。

 近くには血のついた刀を持つ異能者、傍に転がる足首、という残酷な様子が描かれていた。


「悪いな、異能対策部さんからは、殺す以外は何をしてもいいって言われてんだ」


 刀の異能者は表情のない顔でそう言い放つ。


「アリスが……そんなこと言ったのか?」


 俺の呟きに浪川が答える。


「はい。だけど、それは……俺達異能者集団とアリスさん達の間で交わされた契約なんです」 


 どうやら何か訳があるようだ。


 

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