ケガレ
2日と、12時間前。
「はいー」
「田井中?」
「うす。先日はご馳走さんっす」
「田井中さ、最近『遊んでんの?』」
「ははは。あそべてねえっすよー。多分年内にちんこが爆発するっす」
「マジか。大変じゃん」
「なんすか(笑) それで電話くれたんすか」
「いや。今日の夜体空く?」
「空いてるすけど……悟さんいいんすか?」
「何が」
「え、彼女さん……」
「仕事で遅くなるって言ってある」
…… ……
10分前。
足元に転がる真っ赤な人体の、顔面を蹴り、ちゃんと始末できてるか確認する。
部屋がいちいち薄暗くなったり、眩しくなったりするのは、部屋の電灯が大きく揺れているからだ。
……誰かが言ってた。『人を殺した時の顔と、ゴキブリを殺した時の顔は同じである』と。
ゴキブリもろくに殺す度胸のないやつは、人間を殺す時だって腰が引けるんだろう。
中には、ゴキブリを殺すことが快楽に思ってるイカれた野郎だっていてもおかしくはない。
そう考えれば、俺は虫は苦手ではないので、案外あっけなく事はすんだ。
流しで、まず手を洗い、顔を何度も洗った。
血を洗い流したいからじゃない。
こんな、『獣のような』と表現すると獣に失礼とも思える人でなし共の痕跡を、
ゴキブリ以下の人間の尊厳のカケラも、知性も、理性もない汚い汚い肉塊どもの痕跡を、
早いところ洗い流したかった。
「ああ。……あああ。……ああああああ!!!」
洗い流してもなかなか血が落ちない。全身が痒い。イライラする。
汚ねえな。俺から離れろ。
憎たらしい。目に映る何もかもが。
忌々しい。脳裏をよぎる何もかもが。
性欲しかないケダモノどもも、
異常性癖者も、
何にも知らないで、深く考えないで、人の気も知れないでノコノコこの家に来るバカな『女』も、
全てが許せない。
……ガチャ、と玄関のドアが開く音がした。
……まだ仲間がいたのか……?
それとも『女』がきたのか……?
俺は反射的に水を止めて、息を殺し、訪問者をどう対処するか考えを張り巡らせた。
玄関から、靴も脱がずに部屋に上がり込んでくる。
その足音の主は、おそらく、部屋の中を見ただろうが、この部屋の惨劇を見ても、声も出さず取り乱さないのが不自然に感じられた。
まるでこうなることが、わかっていたようだ。
そして、俺がここにいることもお見通しのようで、声はこちらの方向に飛んできた。
「汚いわね」
…… ……
○●○
22:50分
「大丈夫ですか?」
美里が声をかけると、大男は美里を見て、「はっ」とした表情を一瞬浮かべると、その瞳は見る見るうちに大粒の涙を溜めていく。
そして……
「触るな!!」
と浮ついた声で美里を振り解いて通り過ぎていった。
美里は何がなんだか訳がわからず呆然としていると、
「馬鹿野郎が」と大男が背中で喋った気がしたので、美里は振り向いて大男の方に振り返ったが、その姿は夜に溶け込んでいた……。
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