『いい子』



2週間前。



「ごめんね突然お邪魔しちゃって。この後彼氏とデートでしょ?」


「ああ。はい。えへへ」


「若いっていいわね。……はい。これ。昨日会社で話してたクッキー」


「ええ!? いいんですか!? 甘いの大好きー、ありがとうございます!」


「んーん。この間、お見舞いに来てくれたお礼。後で彼と食べてね」


「あ…… 今、食べませんか?一緒に」


「あら、どうして?」


「せっかくなんですけど、悟君、乳製品アレルギーなんですよ」


「そうなの……ごめんなさい」


「いえいえ、私は大好きなんで! わーかわいい!『美里ちゃん』って名前まで書いてくれたんですね! 今コーヒー淹れますね!」


「あ……! いいの! お構いなく。邪魔しちゃ悪いから私はこれで失礼するわね」


「え……いいのに」


「これ…… 持って帰るわね。 彼にごめんなさいって伝えておいてくれるかしら」



私の職場の先輩である百合さんは、そう言って、『悟さん』と書かれたクッキーを鞄にしまい、部屋を出て行きました。





…… ……





5日前。


ベッドの上で、未だ裸の彼がタバコに火をつけるのを見てる。



「ごめんなさいね。時間取らせちゃって。会ってくれてありがとうございます」


「いいえー。こちらこそ」


「……美里ちゃんとは? うまくいってる?」


「どうすかねー。ここらで潮時かなって思ってます」


「あら、どうして?」


「いい子なんすけどね。『いい子』すぎるんすよね。なんだか。

 目の前で困ってる奴見かけたら、そいつのこと知らなくても声かけちゃう。そんな女っす」


「そう、なんだ。」


「会社ではどうなんすか?あの子。」


「私も、あなたと同じこと思ってた。(微笑を浮かべ)正直ね、大嫌いなの」


「あー。でも、なんかわかるっす」


「お酒飲む?奢るわよ」


「え、いいんすか?ここのホテル代もお世話になっちゃったのに」


「いいのよ。満足させてもらっちゃったし」




…… ……





○●○


22:50分


悟のアパートの近くで美里は、異質な光景を目にした。

夜の蒸気でぼんやりと灯りが灯る街灯の下、体躯のいい大男が電柱にもたれかかって吐いている。周りには誰もいない。

黒い帽子に黒い上下、靴まで黒いので、顔と手以外は半ば夜に溶け込んでいた。


親譲りの「お節介」で悪い癖が出たのか、美里は相手が何者なのかわからず声をかけてしまった。

なぜだか自分でもわからない。強いて言うなら、大男は酔った風ではなく、(第一この辺りは住宅街なので飲み屋などなく、酔っ払った人間が歩いているのは『まれ』なことである)

本当に苦しがっているように思えたからだ。


「大丈夫ですか?」


美里が声をかけると、大男は美里を見て、「はっ」とした表情を一瞬浮かべると、その瞳は見る見るうちに大粒の涙を溜めていく。

そして……


「触るな!!」


と浮ついた声で美里を振り解いて通り過ぎていった。


美里は何がなんだか訳がわからず呆然としていると、


「馬鹿野郎が」と大男が背中で喋った気がしたので、美里は振り向いて大男の方に振り返ったが、その姿は夜に溶け込んでいた……。

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