第5話-①

 王国軍は散々な有様だった。

 番号札ナンバーズが一人残らず消え、食料も武器も馬も消えた。

 夜間に降り注いだ“爆弾”で死んだ兵士は数え切れず、無事だった兵士も約半数は冷たい地面で呻いている。

 五体満足でなんとか生き残った兵士たちも、地面に座り込んだまま動かない。

「おのれ……おのれ、おのれおのれおのれおのれえええええぇぇぇぇ!!」

 怪鳥のような絶叫が空を裂いた。

番号札ナンバーズが!! ただの道具が!! 私の番号札ナンバーズを返せえええ!!!」

 地団太を踏んでクィエルに向けて叫ぶのはサビオリ男爵。戦力と戦意をごっそりと削がれた兵士たちは、その姿を冷ややかな目で見つめるだけだ。

 一人だけ元気な男爵の雄たけびを背に、ホーヴィル将軍は治癒術師に声をかけた。

「どうだ?」

「芳しくありません」

 治癒術師は声に疲労をにじませて答えた。

「ただでさえ、我々医師団も何人か死んでいます。体はもちろん、心にもダメージが蓄積しています。このままでは……」

 そこまで言って、治癒術師はきゅっと唇を噛む。

 人一人が割ける時間も魔力も多くない。生き残った五千人のうち、立ち上がれない二千人を百人弱の治癒術師で対応しているのだ。毎秒訪れる命の選別に、ベテランの術師であっても心を削られた。

「そうか……」

 ホーヴィルも険しい表情になる。

 たった二千人のクィエル軍に、一万人の王国軍が押されている。通常ならありえない事態だ。

 サビオリ男爵などのイレギュラーは仕方ない。しかし、ただの番号札ナンバーズや平民の集まりがこれだけ王国の正規軍を圧倒するとなれば、非常識な戦力が隠れているとしか思えなかった。

 それこそ、未確認の祝福持ちギフテッドとか。

 馬鹿馬鹿しいと一蹴するのは簡単だ。だが初戦ですでに未確認の祝福持ちギフテッドに千の兵を奪われているのだ。他にもいると考える方が自然だった。

「難しいのは百も承知だが、休み休みやってくれ。あなた方が倒れたら我々も危ない」

「はい」

 ホーヴィルの言葉に、治癒術師は沈んだ声で返した。

 気休めにもならない残酷な言葉。だがそれ以上に適した慰めの言葉を彼は持っていなかった。

 ホーヴィルは彼らから少し離れた場所に隊長たちを集める。元は十人いたが、一人が捕虜となり、さらに五人が“爆弾”の犠牲になった。

「午後二時までに殿下からの合図がなければ、我々だけで襲撃をかける」

 兵力の土台ともいえる食料と武器を奪われたのだ。各自が携帯していてかろうじて残っているものを使い、進軍する。

 時間をかければ夜が来てまた寒くなる。短期で終わらせる必要があった。

「各自、残った人員を集めて編成を確認――」

 その時、ホーヴィルの後ろで強い光が迸った。まともに直視してしまった隊長たちが悲鳴を上げて目を瞑る。

 光が収まったタイミングでホーヴィルが振り返れば、光はクィエル軍からだった。

「信号弾だ!」

 ホーヴィルは声を張り上げた。

「動けるものは集まれ! 矢柄の陣を組む! 殿下をお助けするぞ!!」

「「「はっ!」」」

 返事をしたのは隊長たちだけ。兵士たちは青い顔のままのろのろと動き出す。

 生気を奪われた三千の軍勢は、さながら生ける屍リビング・デッドのようであった。


 同時刻、クィエル軍本陣。

 救護テントの屋根が吹き飛び、外で活動していたクィエル兵たちは思わず手を止めた。

 やや遅れて視界を埋める白い光。

「信号弾だ!」

 光魔法を応用したものだと気付いたフレノールが声を張り上げる。徹夜明けで仮眠していた兵士たちも飛び起きてきた。

「総員、戦闘態勢! 一班、テントの様子を探ってこい!」

 指示を受けた兵士たちはバタバタと動き出す。

「将軍! 王国軍が動き出しました!」

 見張りをしていた兵が叫び、遠眼鏡を構えたまま報告する。

「矢柄の陣形で出陣。総数……およそ三千! 向こうの全戦力です!」

 兵たちの間に動揺が走る。

 三千人の王国兵。昨夜の奇襲で大部分を削ったとはいえ、動ける戦力を総動員しての出陣。

 先の信号弾が合図なのは明白だった。

「報告です!」

 救護テントの確認に向かった兵が戻ってくる。

「テントの中で領主さまたちが拘束されました!」

「なにっ!?」

「おそらく、アントニオ王子が紛れていたのかと」

 部下の報告にフレノールは舌打ちする。

 この戦争、最初からアントニオの掌の上だったというのか!

「狼狽えるな!!」

 フレノールは声を張り上げた。

「作業中の兵を引き上げさせろ! 弓隊と魔法隊は天幕の上へ! 盾と槍は本陣の外で構えろ! 一から五番隊は盛り土の前へ! 六から十番隊は守りに備えろ!」

 フレノールの指示でようやく皆が動き出す。

「オズワルド」

「はい」

 呼ばれたオズワルドは、とっくに槍を持っている。初日に渡された訓練用の槍ではなく、穂先がしっかりと磨かれた本物の槍だ。

「後ろは任せろ。人殺しを躊躇うな。好きなだけ暴れてこい」

 三つの命令に、オズワルドは獰猛に笑う。

「――はいっ!」

 綺麗な敬礼をし、彼は一人、天幕の外へ飛び出した。

 十五年連れ添ってくれた友人へ願う。

「行くぞ風精霊シルフ、連れてってくれ!」

《おっまかせあれー!》

 鳥の羽ばたくような音がする。少年の体が透明な膜に包まれ、速度が一気に上がる。

 馬すら凌駕するスピードで走るオズワルドは、風精霊シルフの加護の下、王国軍と激突した。

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