第3話-③

「…………は?」

 今度はウェンディから地を這うような声が出た。それに構わずディムは続ける。

「手紙は国王の直筆、さらには王家の家紋の封印まである。国として、お前たち二人は死んだことにされた。だったらそれを利用させてもらう手はない」

「いや、ちょっと待て。そもそもなんで俺らが死んでんだよ!?」

 ウェンディもオズワルドも五体満足でここにいる。勝手に殺される道理がどこにもなかった。

「国は最初からこうするつもりで、お前たちを派遣したんだ」

 ディムは淡々と答えた。

「前の領主をちょっと強引な方法で追い出したからな。その時から目を付けられていたんだよ。まさか国民二人を生贄にするとは思わなかったけど」

 番号札ナンバーズはランプレーシュ王国独自の制度だが、本来奴隷階級であるはずのディムが領主だと知られれば他国から笑い物にされる。国内からのバッシングも免れない。

 国がディムの代わりに優秀な領主を用意してくれるなら考えただろう。だが国は口封じという強硬手段に出た。番号札ナンバーズの領主という事実を早く消したいのだろう。

「……マジかよ。くそっ」

 オズワルドが舌打ちする。ディムを殺し、クィエルを滅ぼす大義名分のために派遣された。国にとって二人の生死は重要ではない。行ったことが重要なのだ。その事実を確認し、わざと帰還までの日数分待ってから、ご丁寧に宣戦布告の手紙を寄こした。

 二人の死を勝手に決めているあたり、国の焦りと傲慢さが透けて見えた。

「で、どうするんだ?」

「もちろん、徹底抗戦だ」

 ディムは答えた。

「なんなら勝利をぶんどるつもりだ。ついでに、二人にも参加してくれるならありがたい」

「ふざけないで!」

 食い気味にウェンディが声を上げた。

「いつからそんなに偉くなったの? あんたの事情に私たちを巻き込まないでよ!」

「お、おい……?」

 隣のオズワルドが困惑するのも構わず、ウェンディは目を伏せたまま畳みかける。

「だいたい何よ領主って。不当に占拠したのも、領主一家を追い出したのもその通りじゃない! いったいどうやってクーデターを起こしたのよ!?」

 感情と言葉が理性を振り払って飛び出す。違う、と思っても頭がそれを否定する。

「答えなさいよ、5R11X1!」

 驚くほどすんなりと、領主を騙る番号札ナンバーズの管理番号が出てきた。

「王都で何をしようとしてたの? 番号札ナンバーズの国でも作ろとしてたの?」

 荒唐無稽な話だと、どこか冷静な頭が考える。同時に、ありえそうだと思った。

「人々を懐柔する策でも考えてたの? そのために平民の学校に潜入して、私たちに近付いたの?」

 違う。彼は誰とも親しくなろうとしなかった。近付いたのは自分たちだ。

番号札ナンバーズが消えたのもあんたの仕業よね? あちこちで職場を荒らされてみんな迷惑したのよ!?」

 番号札ナンバーズの集団失踪が彼の仕業とは限らない。だけど、どうしても考えてしまうのだ。

 クィエルを起点にして武装蜂起し、番号札ナンバーズと国民の立場を逆転させる最悪のシナリオを。

「先々代の領主を殺したのもあんたよね? 自分に疑惑が向かないように王都に隠れ……っ!」

 強い力で体を引き寄せられた。

 視界を占めるリネンのシャツ。息がかかるほどの近さ。

 ウェンディの胸倉を掴む手は白く染まっている。

「彼を侮辱するな」

 低い声が降ってくる。

 そこでようやく、ウェンディは顔を上げられた。

「殺すぞ」

 感情の抜け落ちた顔は、どんな表情よりも怒りをはっきりと伝えてきた。かつて黒曜石のようだと思った瞳は井戸の底よりも暗く、何も映し出していなかった。

 血が末端まで凍り付くような恐怖。殺気を浴びたことのないウェンディは、人生初のそれに思考を停止させた。

 ディムはウェンディを突き飛ばすように解放し、テーブルに放置されていた手紙を拾う。

「参加したかったら、俺に伝えてくれ。執務室にいる。もし参加の意思がなくても、かならず守る」

 それだけ言って、ディムは応接室から出て行ってしまった。

 やけに大きく響いたドアの音が、そのまま拒絶を示しているようだった。

「おい、ウェンディ。さっきのはなんだったんだ?」

 二人だけになった応接室で、オズワルドが口を開いた。その口調にも表情にも非難の色が浮かんでいる。

「お前、そんなに番号札ナンバーズのことが嫌いだったっけ?」

 一部の人は、番号札ナンバーズに対する生理的嫌悪から彼らへ辛く当たる傾向がある。王都で生活している頃にはそうした光景も見かけたりしたが、そこにウェンディの姿はなかったはずだ。

「……わからない」

 ウェンディは自分を抱きしめたまま、絞り出すように言った。

「自分でもよくわからないの。別に番号札ナンバーズが嫌いなわけじゃない。道を走る馬車と同じくらいにしか考えていなかったはずなの」

 ほとんどの人は、番号札ナンバーズに対して特別な感情を抱いたりしない。それこそ道を行く馬車や、露店に並ぶ山盛りの野菜や果物と同じくらい無関心だ。

 ウェンディもそうだったはずだ。学校の清掃や式典の準備に駆り出される番号札ナンバーズより、パーティでどんなドレスを着るか、成績の順位や就職先の方が大事だった。

「っかー、なんだそりゃ。わけわかんねえ」

 オズワルドが頭を掻く。わからないのはウェンディ自身も同じだった。

 これほど取り乱したことなんてない。それだけディムが番号札ナンバーズだったという事実にショックを受けていたのだ。さらに国が自分たちを殺しに来ると知って、動揺しない方が無理である。混乱した感情が発散先を求め、無意識にディムを選んだなんて、この期に及んでも認めたくなかった。

 オズワルドが席を立つ。

「俺は行くぞ」

 ウェンディはがばっと顔を上げた。

「ど、どうして?」

「勝手に殺されてむかつくんだ。それ以外に何がある?」

 ウェンディが動揺をディムにぶつけたのに対して、オズワルドは怒りの矛先を国に定めた。

「相手は国だよ? こっちのリーダーは番号札ナンバーズなんだよ?」

「それがどうした」

 オズワルドは不敵に笑った。

「俺は武勲を立てるんだ。それがどこだろうと関係ねえ。それに、あいつがいるんなら百人力だろ?」

 彼の言うとおり、ディムは剣も魔法も強く、知恵も回る。一見すれば非の打ち所のない彼についていくのは、正しい判断だろう。

 だが、それは彼が番号札ナンバーズでなければ、という前提がつく。

「……それでも、私は行けない」

 前提が崩れた今、ウェンディには彼のもとへ下る選択肢がなかった。

「ふーん」

 そして、オズワルドも彼女を説得するだけの情も言葉も持っていなかった。

「じゃ、勝手にすれば?」

 そう言い残して、オズワルドも応接室を出ていく。向かう先は執務室だろう。

 ウェンディものろのろとした動作で応接室を出る。そのままあてがわれている客室へ向かうと、ベッドに倒れ込んだ。

 番号札ナンバーズに対して特別な思い入れはない。

 ディムはたしかに変わった人だった。そこに惹かれたのも事実だ。

 だけど、番号札ナンバーズに対して抱いていい感情ではなかった。

「…………っ」

 感情も理屈もごちゃまぜのまま、ウェンディは毛布の中で自分の体をぎゅっと抱きしめた。

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