第3話-②

 料理長にウェンディの食事を頼んだリュミスは、その足でディムのいる執務室に向かった。

「領主さま、リュミスです」

「入れ」

 重厚な扉を開けて入れば、ディムはフレノールと話し合っている最中だった。下がろうとするリュミスやフレノールを制し、リュミスに報告を促す。

「ウェンディさんが目を覚まされました」

 リュミスの報告に、ディムはわずかに表情を緩めた。

「そうか。どんな様子だった?」

「まだ気分は優れないようです。お腹が空いていたようですので、料理長に食事を頼みました」

「そうか」

 ディムは短く答えると、机の脇に置いてある一枚の封筒を見やる。

 真っ白な封筒に赤い封蝋がされているそれは、蝋に王家の紋章が刻まれていた。

「食事を終えたら、応接室に連れてきてくれ。オズワルドも一緒にだ」

「かしこまりました」

 礼を取ったリュミスは、しかしすぐにその場を去らなかった。

「……あの」

 顔を上げながら、リュミスは躊躇いがちに訊ねる。

「よろしかったのですか?」

 ディムが視線を上げると、リュミスは自分の首筋を軽く撫でた。

「…………どうだろうな」

 その仕草の意味を汲み取ったディムはそう答える。そうとしか答えられなかった。

「決めるのはあの二人だ。もっとも、進んでも戻っても、彼らにとっては地獄だけど」

 そう言って、ディムはリュミスに下がるよう合図をする。リュミスはきゅっと唇を噛み、礼をして執務室を後にした。

 扉を閉め、曲がり角に入って壁にもたれる。

「…………」

 詰襟の上からもう一度手で触れる。

 倒れる前、ありえない、とウェンディは言った。ベッドの上で彼女は吐き気をこらえるように口を押えていた。この二つを、リュミスはディムに伝えていない。これ以上の苦労をかけさせたくなかった。

 く、と手に力を入れる。

 詰襟の型が少し崩れる。

 それだけだった。


 料理長が作ってくれたスープを胃に流し込んだウェンディは、リュミスに連れられて応接室に来ていた。

 先に来ていたらしいオズワルドと同じソファに座り、待つこと数分。

「待たせた」

 ドアが開き、ディムがやってくる。

「おう」

 さすがに最初の時のように飛び掛かることもなく、オズワルドは軽く応える。が、ウェンディはディムの方へ顔を向けられなかった。

「早速だが、こいつを読んでくれ」

 しかしディムは意に介さず、テーブルの上に一通の手紙を滑らせる。

 封は切られ、蝋には王家の紋章が刻まれていた。

「え、いいの……?」

 思わず訊ねてしまう。王家からの手紙なんて、貴族ですら滅多に届かないはずの代物だ。

「ああ。というか、お前たちにも関係することだから、見てもらわないと困る」

 そう言われてしまったら、読まざるを得ない。

 オズワルドがさっさと中から手紙を取り出し、目を通す。

「…………は?」

 読んでいくうちに目つきが鋭くなり、ついに地を這うような声がこぼれ出た。

「死んだ? 俺らが?」

「え」

 渡された手紙を受け取り、ウェンディも目を通す。

 そこには、不当にクィエル領を占拠し、領主一家を追放した罪や、領民を不当に労働させている罪、さらには“説得”に向かったウェンディとオズワルドを殺害した罪などが列挙されていた。

 最後には、クィエルを開放するために軍を向かわせている、と結ばれている。

 事実上の死刑宣告だった。

「領地の占拠はグレーゾーン、領主一家の追放もまあ受け取り方次第では間違ってはいない」

 絶句するウェンディたちにディムは言った。

「だが強制労働やお前たちを殺害したなんてのは、これから事実にしていくための下準備だろう。余計な大義名分を与えちまったのは俺の落ち度だ。すまない」

 深々と頭を下げたディムは、すぐに顔を上げて二人を見る。

「で、だ。この状況で頼むものではないが、奴らを追い返すために力を貸してほしい」

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