第2話-④

 合図と同時にフレノールが飛びのき、ディムとオズワルドが駆け出した。

 三歩踏み出せば間合いに入る距離。いち早く懐に飛び込み、剣を振るったのはオズワルドだった。

「速い……!」

 リュミスが目を見開く。

「えっ、すごい速いんだけど!?」

 驚くアンネにウェンディは頷く。

 あのスピードについていける者をウェンディは知らない。純粋な脚力で言えばディムも追いつけないのだ。

 最初から全速力で肉薄し、予想外の速さに面食らっている間に一撃を見舞われる。それがオズワルドの戦法だった。

 振り抜いた剣がディムの胴を薙ぐ前に受け止められる。

 ニィ、とオズワルドの顔が歪む。

「やっぱ、こうでなくっちゃなあ!!」

 力を込めて押し込めば、ディムが後ろへ飛び退る。すかさず剣を構え直した両者が再びぶつかり、激しい打ち合いになる。

「すげえ……」

 呆然と警備隊長が呟いた。

「領主さまもなかなかの腕だったけど、それに追随できるあの子もすげえ」

「……そういえば、ディムさんはこちらで剣を習っていたんですか?」

 ふと浮かんだ疑問をウェンディは投げかけた。

 ディムは王都の学園に来るまでクィエルにいた。そこで剣を学んでいたのだとしたら、こうした駐屯地か道場だろう。

「ああ。団長とベネディクト……先々代様がよく教えていたよ」

 警備隊長が懐かしそうな表情で答える。久しぶりに聞いた単語に、ウェンディは胸の奥がちりと痛くなる。

「……その、先々代の領主さまって、どんな方だったんですか?」

「とても良い方だったよ。勉強熱心で、誰よりも早く起きて、誰よりも遅くに寝ていた。……本当に、惜しい方だったよ」

 本当に尊敬していたのだろう。警備隊長の目がかすかに水の膜を張ったのを、ウェンディは見ないフリをした。

 離れた場所では、変わらずにディムとオズワルドが剣を交えている。力量は互角なのか、一進一退の攻防が続いている。

「あのオズワルドっていう子は、軍人志望かい?」

「そうだと聞いています」

 警備隊長の問いにウェンディは頷いた。

「軍に入隊したと言っていました」

 ディムという接点がなければ、ウェンディとオズワルドはそれほど親しい間柄ではない。登城要請で三カ月ぶりに顔を合わせた時に、お互いの近況を少し伝え合った程度だ。

「そうか。あれほどの実力者なら、すぐにでも隊長格に抜擢されそうだな」

「そんなにですか?」

 ウェンディが驚いて聞き返すと、警備隊長は頷いた。

「ああ。身体能力は申し分ないし、剣の筋もいい」

 引き抜けないか相談しようかな、と呟いている。

 たしかにオズワルドは昔から強かったが、それほどの腕があるとは思っていなかった。ただ、細かい事務仕事が苦手だったはずだ。実際、座学の試験ではいつも赤点ギリギリ。この時ばかりはディムに泣きつき、三人で図書室にこもって勉強していた。隊長格になればそうした仕事もこなさないといけないはずだが、彼にそれが務まるのか疑問だ。

 いっそ斬りこみ隊長だったらなれるかも、と思ったウェンディの前で、ディムとオズワルドが同時に息を吐いた。

 吐く息が白い。寒さの中で二人とも滝のような汗を流し、けれどその顔には疲労以上の興奮が読み取れる。

「……腕を上げたな」

「へへっ、トーゼン」

 ディムの称賛にオズワルドは口角を持ち上げる。

「雑用の合間も特訓してたからな。なんなら呼び出しの前に隊長から一本取ったんだぜ?」

「ほう、そいつはすごい」

 ディムが目を見開いた。

 隊長と言っても小規模から大隊まで幅が広い。それでも一定の実力を持つ者に勝ったのだ。素直な賞賛にオズワルドも胸を張る。

「だから、今回は俺が勝つ!」

「だから、じゃない」

 駆け出したオズワルドに嘆息し、ディムは剣を構えて出方を窺う。

 そのオズワルドがディムの眼前に現れた。

「!?」

「え!?」

「なっ!?」

 驚いたのは、オズワルド以外の全員だった。

 最初の突進の比ではない。

 歩幅にして十歩分はあったはずの距離を、三歩分の足で縮めてきたのだ。その速さはまさに瞬間移動!

「っ!」

 ディムが咄嗟に身をひねってリーチの外に動こうとするが、

「もらったあ!!」

 それ以上のスピードでオズワルドが剣を突き出す。

「ひっ……!」

 リュミスが思わず目をつぶる。

「ディムさん!!」

 ウェンディの悲鳴が響き、剣先がディムの肩を抉った。

 ――ように見えた。

「……え?」

 オズワルドが間の抜けた声を出す。

 あったはずの手応えがない。

「え……」

 それは、ウェンディをはじめとした観客たちも同じだった。

 ついさっきまで、ディムはオズワルドの剣の範囲内にいた。

 なのに、

「ぶはぁ!」

 ディムは今、オズワルドの横で大きく息を吐き出している。

「あ……っぶねえ」

 先ほどとは違う汗を流しながらディムは息を整える。

「え……は?」

 オズワルドは真横に現れたディムと、突き出したままの剣先を交互に見やる。

 オズワルドの不意打ちがなければ、あるいはそちらへ踏み出していたのかもしれない。

 だが、絶対に受けるしかない不可避の領域からディムは脱出してみせた。

 あり得ない光景だった。

「いや、すまん。咄嗟だった」

 汗をぬぐい、息を整えたディムは謝罪する。

「お前がそこまで風魔法を極めているとは思わなかった」

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