第2話-①

「では、借りたい本、探している本があったらこちらに申し出てください。走らず、騒がなければ、ご自由に過ごしていただいて構いません」

 ディネージュに来て四日目の午後。孤児院からシスターと子どもたちを連れて領主の屋敷にある図書館まで来たウェンディは、ここまでの道を案内してくれたリュミスからそう説明を受けた。

 図書館と言いつつ、私設のものだからせいぜい千冊くらいの蔵書だと思っていた。

 ところが案内されたのは、本館の北の建物。地上三階建てのそれは、万を超える蔵書量を誇るまさに“図書館”だった。

 見渡す限り、空白の棚はどこにも存在しない。あちこちに浮かんでいるのは火と風の魔法を込められた浮遊灯フロートランプ。揺らめく火は光だけを届け、本や建物に燃え移ることはない。そのため、建物全体が温かな光に包まれていて、遠くまで見通せた。

 館内には同じように利用している人がちらほらといる。本棚の前で立ち読みしている人もいれば、椅子に座って熟読している人もいる。本の森特有の、時間の流れがゆっくりと感じられる匂いがした。

「ところで、ウェンディさん」

 リュミスが声をかける。

「お探しの本ですが、似たものを見つけましたよ」

「本当ですか?」

 ウェンディが聞き返すと、リュミスは頷いた。

「読みますか?」

「いえ、帰りに借ります。それまで保管していてもらっていいですか?」

「はい」

「あと、薬草についての本はどちらに?」

「奥から三番目から五番目、五百番の棚です」

「ありがとうございます」

 ウェンディはリュミスに礼を言って、子どもたちを促した。

 子どもたちもシスターも、おそらく初めてここに来たのだろう。興味深そうに、あるいはおっかなびっくりに、何度も視線を動かしている。

 ちなみに今回、ここに来ているのは十歳前後の子どもたちだ。それよりも小さな子どもたちは静かに出来ないだろうからと、シスター・ケイトと一緒に留守番している。

 図書館にやって来た子どもは全部で五人。それに引率のシスターとウェンディを入れて七人だ。

 奥から三から五番目、と言われたが、いかんせん広い。十数台の本棚を通り過ぎて(その間に横道に逸れそうになる子たちを連れ戻すこと数度)、ようやくお目当ての本棚に辿り着いた。

 小さな黒板に手書きで「書籍番号500~ 植物」と書かれている。ここを当たれば、薬草の一つや二つは見つかるかもしれない。

「じゃ、それらしいものを片っ端から調べていきましょう」

「……どうやって?」

 子どもの一人がぽつりと訊ねた。彼ら彼女らは、ここに来たのが初めて。つまりモノの調べ方もわからないのだ。

 ウェンディは少し考えて、

「まずは、薬草について書かれていそうな本を、一人一冊ずつ取ってみましょうか」

 植物関連のものと言っても千差万別。精緻なスケッチと共に群生地が書かれているものから、目当ての薬草のみを集約、効能を書いたもの、さらには料理についてと幅が広い。そこまで考えて、はたとウェンディも気づく。

(これ、薬学の本も必要だ)

 ひとまず、シスターを含めた六人全員が本を一冊手にしたのを見て、空いているテーブルまで向かう。

「薬に使えそうなもの、ここでも育てられそうなものを探してみて。私も少し調べてみるから」

 シスターにその場を任せ、ウェンディはカウンターに早歩きで戻る。

「リュミスさん、薬学の本ってどこにありますか?」

「やくがく……薬ですね。四百番台の本棚なので、植物のすぐ隣にありますよ」

「ありがとうございます」

 ウェンディは会釈をして、先ほどの場所に舞い戻る。植物関連の本が納められている本棚の、通路を挟んだ向かい側。そこが薬学の棚だった。

 ウェンディはざっと本棚を調べ、それらしい本を三冊ほど抜き取る。それを持って子どもたちのいるテーブルに向かった。

 子どもたちはゆっくりと読み進めていて、薬になりそうな草がないかと探している。上から覗き込んでみると、ただの植物図鑑だったり、珍しい草花を記録したものであった。

 ウェンディも自分が持ってきた本を開いて読み進める。診断を下すのは主に医師の仕事であるが、看護師にも同等の知識が求められる。そうでなければ医師のサポートが出来ないし、医療の前線にも立てないからだ。

 それに、医学というのはほぼ毎年アップデートされる。つい昨日まで常識だったものがひっくり返るなんてこともあるのだ。だから医師も看護師も、立場は違えど同じ知識を有する必要があった。

「……?」

 が、読み進めていくうちにウェンディの眉間にしわが寄った。

 情報が古い。薬草の保管方法ひとつとっても、一昔前の方法が記されている。奥付を見ると、出版されたのが五十年前となっていた。うっすらとついたページの色が経年のものだとわかり、ウェンディは内心で頭を抱えた。

 他の二冊の奥付を見ても、新しいもので十年ほど前。その間に新しい情報があるはずだ。いくら魔法があるからと言っても、それを行使する前提の知識が古いのでは宝の持ち腐れである。

 とりあえず記憶の中の知識を引っ張り出しながら、今でも使えそうな薬草とその方法を探し出す。擦り傷や切り傷など、少人数のちょっとした怪我なら魔法よりも薬草を煎じた方が早い。そしてそういうよくある怪我というのは、わりと早い段階から方法が定着しているのだ。

「おい」

 記憶の中の知識と本の内容を照合していると、横から腕を突かれた。

「あったぞ」

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