本番
好感度を犠牲にして生き残り、腰ミノスタイルから解放されいつもの服装を取り戻した俺だったが、信じられない事を知らされた。
「大人の、部……?」
「そうだ」
「出ろと……?」
「ああ」
じょ、冗談だろう? 俺は子供達相手にでもあんな姑息な真似をしなくちゃ生き残れなかったんだぞ? それが大人達と混ざって戦うなんて……瞬殺されるのがオチって分かりきってますよねぇ⁉
「安心しろ。魔法は使っていい」
ほっ、なんだ安心……ってなると思うなよ⁉ できる訳ないんだよなあ、安心なんて!
魔法使ってもいいって言うけどさ、周りの大人達も当然使う訳じゃん? それってゴブリンと鬼人の基本スペックの差がそのまま残りますよねぇ⁉
死にとうない! わしゃまだ死にとうないんじゃ!
「そろそろ時間だな。行くぞ」
「ギ、ギィ……」
せめて石を補充させてクレメンス……。
道すがら必死に落ちている石を拾い集めるも、全身の防具に形成するにはとてもじゃないが量が足りない。なんとかギリギリで左手を覆うガントレットくらいにはなったものの……やっぱりこれだけじゃ心許ないよなぁ。
「ギィ……?」
キョロキョロと辺りを見渡せば、これから戦う戦士達の中に混じるゴブリンは俺だけしかいない。場違い感パねぇ。
「どういう事だコウガ? 神聖な戦いの場に何故ゴブリンなんぞを連れてきた!」
お相手さんは俺を見てキレてらっしゃる。グッジョブ! さあ戦士長、誤りましょう。俺が出るのはやっぱおかしいんですって!
「これはゴブリンだが村の一員で、俺が認めた戦士だ。戦いに参加する義務がある」
「そのゴブリンが戦士だと? 娘を盾にするような卑怯者が戦士だと言ったか⁉ 到底戦士と認められる行いでは無いだろう‼」
「む……」
「ギ……」
反論しようとするも出来ずに諦め、こちらを無言で見詰めてくる戦士長。あれは確かに卑怯だったよなぁ、と表情にありありと浮かんでいる。ゴメンて。
「……戦いの中で実力を確かめればいい」
「あくまでそのゴブリンを参加させるつもりか……」
「既に決めた事だ」
「ふん。……覚悟する事だなゴブリン」
「ギィ……」
最後にギロリと俺を睨み付け、お相手さんは自陣へと戻っていった。
なんか最後の会話で俺とあの人が戦うのは決定事項みたいな流れだったけどさ、あの人たぶんめっちゃ強いよね? もしかしてだけど、向こうの村の戦士長だったりしないよね⁉
「ほう、よく分かったな。ラモンは戦士長だ」
やっぱり⁉ 殺されるって! 殺されちゃうって俺ぇ!
「……ん、まあ、死ぬ気で戦え」
せめて顔は逸らさずに言ってくれませんかねぇ⁉
ええい、こんちくしょう! 大人しくついてなんて来ないで脱走でもするんだった!
今さら逃げ出せそうもないので、苦肉の策として全身に土を纏う。これで息を殺して会場の隅にでも蹲っていれば、終了時間までやり過ごせるって寸法よ!
「……」
「ヒエッ……」
ダメだ、顔面に青筋立てたラモン戦士長にがっつり見られている。あんなに注目されていては、隠れようがない。
仕方ないので土を払い落とす。ならば次は協力プレイを目指そう。この中に風の魔法を使える人はいませんかー!
「俺が使えるが、何しようってんだゴブリン?」
「ギ、簡単」
俺が全力で放水して相手をびしょ濡れにした後で、おもいっきり風を浴びせ続けてほしいんだ。そうすると相手は寒さで体力が低下するだろ? そこを他の皆さんにボコってもらえば戦いを有利に進められるって訳よ!
「ふーん? 確かにいい考えではあるかもしれないが、やっぱり卑怯臭いな」
「だな。せっかくの祭りなんだし、やっぱり真正面からぶつかり合ってこそだよな」
くっ、この脳筋共め! あんたらはそれでいいかもしれないけどね、か弱いゴブリンはどうなると思うよ⁉ きっとすぐに磨り潰されてミンチになっちまうんだ!
「一人でダグ・ボルムス狩れたんだからそんなビビんなくてもいいだろうに」
「なあ? 結構やり合えると思うぜ?」
「ギ、戦士長が相手でも……?」
「……惜しいやつを失くしたな」
「……お前の作ったナイフは大切に使わせてもらうからな」
やっぱりダメじゃないですか……!
何か、他に何か生き残る為の手段は……ってもう始まってる⁉ 孤立するのだけはまずい、集団の後ろの方で気配を消してなるべく目立たないように……なんっ⁉
「何処に行こうってんだ?」
ズン、と音を立てて目の前に現れたラモン戦士長。
どうやってここに? ま、まさか集団をジャンプで飛び越えて来たってのか⁉ どんな身体能力してりゃそんな真似できるんだよ!
「逃がすと思うな」
「ヒィ……!」
「ぬっ、鬱陶しい真似を!」
クソがっ、ゴブリン相手に大人気ないとは思わないのか!
顔面目掛けて放水することで、辛うじて攻撃から逃れ続ける。少しでも村の仲間に近付こうと試みるも、さすがにそれは許してもらえない。
「コウガが認めた戦士なのだろう! 小細工なんぞせず正々堂々と戦えッ‼」
うっせぇバーカ! 何が正々堂々だ、体格差分かってんのか? チビの気持ち考えたことある? 無いだろフィジカルエリートめ!
生まれ持ったガタイの良さを振りかざすのは卑怯じゃないとでも? だったら小細工練れる頭脳だって同じだろうが! 自分にばっかり都合の良い解釈してんじゃねーよ‼
「づっ、ほう……」
「チィッ……!」
片手での顔面狙いの放水の合間に、もう片方の手で準備した限界まで圧力を高めた水弾が眼球にクリーンヒットした。だが少しだけ目が充血した程度のダメージにしかなっていない。それどころか、戦闘民族のスイッチを入れてしまったようだ。
向けられる
「そうらッ!」
「グガッ……⁉」
先ほどまでとは比べ物にならないスピードで繰り出される拳に、なす術もなく吹き飛ばされる。石の防具なしとはいえ、ただの拳一発がダグ・ボルムスのボスのタックルよりも深刻なダメージを俺に与えた。
「ガッ、ガハッ……」
冗談みたいな量の吐血。骨だけじゃなく内臓もイカれてそうだ。
なんだってんだよもう……短期間で何回死にかけてるんだ……スローライフのタグはきちんと仕事をしてくれ……。
滅茶苦茶な思考の中、悠然と迫る足音を耳が拾う。
誰がどう見ても戦闘不能だろうが。きっちり止めまで刺そうってのかコラ。
「本気で打ち込んだつもりだったが……まだ息があるか」
「……ギィ」
見下してんじゃねーぞクソが……。身体は動かねぇけどな、魔法ならまだ使えんだよ。不用意に近付いた事を悔やみやがれ!
「何っ⁉」
地面を魔力で液状化させ、沈める。ラモン戦士長は咄嗟に飛び退こうとしたが、力を込めた分より早く身体が沈み込む。
ハハッ、水泳は苦手か? もっとバタ足頑張らないと抜け出せないぜ。
「こんな魔法まで使えたとはな!」
足掻く程に沈んで行く身体。いくら手を伸ばそうと、手の届く範囲は全て魔力で液状化していて支えにならない。
既に胸まで地面に呑まれたラモン戦士長の表情には、さすがに焦りの色がみてとれる。
へへっ、どうよ。一矢報いてやったぜ。
気が緩み、魔力の制御が甘くなったせいで、俺の方まで液状化の影響が広がってきた。
慌てて制御をし直すが、一度広がった範囲までは元に戻らない。ここで魔法を途切れさせれば、きっと元に戻った地面を腕力に任せて突破されてしまう。
自分の上半身も徐々に沈んで行くのを自覚しながら、魔法を行使し続ける事を決断する。
頭から先に沈む分こっちが不利かもしれないが、道連れにしてやんよ。
「……! ……⁉」
何か言ってるようだがよく分からない。油断させる作戦か? もっとも今さら魔法解除しようものなら、俺の上半身は完全に地面に埋まってしまうので窒息死は免れない。どうせ死ぬんなら最後まで魔法を使い続けて死んでやるさ。
ああ……魔力には余裕があるけど、意識が遠くなってきた。ダメージのせいか呼吸が出来ないせいか……ま、どちらにせよここまでだ。戦いの結末はあの世でゆっくり確認するとしよう。
"ザバッ"
「…………ィ?」
突然の浮遊感に戸惑う。誰かに地面から引っ張り上げられたようだ。
まずい、地面から離れたせいで魔法が途切れてしまった。ラモン戦士長に抜け出されてしまう。
「フーッ、フーッ!」
「ギへへ……」
キョロキョロと目だけで辺りを探ると、片目と片鼻だけ沈没を免れたラモン戦士長と目が合った。へへ、必死で呼吸しててウケる。
「まったく、生き延びた時点で認められていた物を……」
「ギ……?」
俺を持ち上げていたのはコウガ戦士長だった。認められてたって誰に?
「ラモンにだ。まさか死にかけの状態で相討ちにまで持っていくとはな」
まったく恐ろしい魔法だ。と苦笑しながら俺を地面に下ろす戦士長。
「ラモン、自力で抜け出せるか?」
「……」
「そうか。チビタ、死にかけの所悪いんだがもう一度魔法を使ってくれ」
しょうがないにゃあ、ゴブリン使いが荒いんだからもう……ほい。
地面を緩めると、ラモン戦士長が息も絶え絶えに這い出て来た。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思ったぞ」
「ふっ、油断したものだな」
「あんな魔法初見で躱せるものか! クソ、大した練度だったぞゴブリン」
お誉めの言葉どうも。でもピンピンしてるあんたと違って、こっちはきっちり死にかけてんのよ。返事を返すのも億劫なんで、早くママさんの治療を受けたいんだけど……。
「ゴボッ……」
「む、これはまずいな。ラモン、また後でな」
「ああ。早く治療してやれ」
遠退く意識で俺は思った。しばらく戦いとは無縁で過ごしたいもんだ、と。
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