ペット脱却

「ギ……」


 意識が浮上する。目を開けようとするも、全身をポカポカと暖かく包む感触に屈して二度寝を即決。

 間違いない、これはゴブリン生活初のお布団の感触! せっかくの布団で寝る機会を、わざわざ起きて無駄にしてなるものか!


「んギへへ……」

「ちー!」

「ギ……」

「おーきーてー!」


 ちっ、ヤト君に起きたの察知されたか。

 頼むぜヤト君、今一番気持ちよく微睡んでる所なんだから邪魔しないでくれ。君には分からんだろうが、藁の寝床とお布団とじゃ天と地程の差があんのよ。悪い事は言わない、せっかくだし君も二度寝するといい。さあ、ぺちぺち頭を叩くのはやめて大人しく布団に入るのだ。貴様もこの布団の魔力により、抗えぬ眠りへと誘われるがいい!


「とー! ちーおきたー!」

「ギィ⁉」


 くそ、反射的に飛び起きてしまった。二度寝してるのを見られて、蹴り飛ばされたくはないからね!

 そもそも俺は何だって家の中で寝てたんだ? 昨日何があったのか、いまいち思い出せない。


「漸く起きたか」

「ギ、ギへへ。おはようございやす……」

「……」


 殺気は感じられないので、少なくとも怒ってはいない、と思う。ご主人様ってば怒り以外の表情に乏しいから、何考えてんのか分かりずらいんよ。

 あの、無言で見つめ続けるの、止めてもらっていいですか……?


「し、仕事、行って来る」

「行かんでいい」

「ギ……」


 無言の圧力から逃げ出そうと試みるも、あえなく失敗。なら早く何か話してくれよ!


「……お前が倒れてから、既に五日経っている」

「ギ?」


 倒れた? はて、倒れる程の激務をこなした覚えはないんだが。しかも五日って……ずいぶん長いな。


「覚えていないのか。お前は……」


 グギュルルル……グゴゴ、ギュオオオ。


「ギ……」


 何があったのか話の続きは気になるものの、そんなに飯を食えてなかったのかと考えた途端に腹の虫が盛大に騒ぎ始めた。大合唱……いや、もはやオーケストラレベルの腹の音だ。


「一先ず飯だな」


 あまりの腹のうるささに、ご主人様は呆れ顔で説明を切り上げた。


「チビター! 起きたんだねー!」

「よかったよーチビター!」

「ギ……」

「……」


 居間に向かう途中、金属製の小さな檻に閉じ込められた双子ちゃんがいた。ゲージに入れられたペットみたいだ。

 あれは何かとご主人様に視線で問うも、答えてはくれない。気になるぜ……。


「食べながら聞け」

「ギ。もぐもぐ」

「お前は子供達を探しに森へと向かった」


 あら? 森ってもう入ってもいいんだっけか? なら俺も食料調達しに行きたい。

 貰える野菜もね、不味くはないんだけど、それだけじゃ飽きちゃうんてすわ。あ、この漬物美味しいっすね。


「……動けるのなら森に入っても構わん」


 やったぜ! 話聞き終わったら早速森に繰り出そっと。

 でも動けるならってどゆこと? 特に怪我とかしてないと思うんだが。


「傷はイズナが癒した。それでもお前は五日眠り続けたのだ」

「はえー……」


 イズナって誰やろ。あ、ママさんの名前か。

 どうやら俺は、またしてもママさんに命を救われたようだ。ありがたやありがたや。

 でもなんだって子供達のお迎えに森に出掛けた程度で死にかけるのか、これが分からない。


「お前は、子供達を襲うダグ・ボルムスの群れと一人でやり合ったのだ」

「ズズ……ほへぇ」

「……表にお前が仕留めたボスの毛皮が干してある。食べ終わったなら確認しろ」

「ギ」


 へえ、わざわざ家に持ち帰ってくれるような大物なのか。そんなのによく勝てたもんだね俺は。


「ギィ⁉」


 なんだこいつ、デッカ‼ 本当にこれに勝ったのか俺⁉

 ……あっ、おっ、だんだん思い出して来たぞ。マジでくたばる一歩手前くらいまで追い詰められてたんだっわ。ひゃー、よく生きてたな俺。ママさんの治療に感謝しないとだな。

 ははーん? 檻に閉じ込められてた双子ちゃん、あれはお仕置きの一環だったって訳だ。うん、あいつらはもっと反省したほうがいい。


「あれから戦士と狩人で森を見てまわった。山から降って来た魔物は、粗方仕留め終わったとみている」

「ギ」

「その中でもこのダグ・ボルムスは大物だ。ゴブリンよ。奴隷紋に縛られた訳でもないお前が、よく子供達を守り抜いてくれた」

「ギ、ギへへ……」


 いやはや、正面から褒められると気恥ずかしいぜ。

 そうだ、褒められるって事は報酬とかあったりするかも! 野菜に加えて肉も分けて貰えるようになると嬉しいんだが……。


「受けとれ」

「ギ?」


 これは、牙で作った首飾りだろうか? 大きさ的に、あのボスの牙だなこれ。


「鬼人族は力を尊ぶ。弱者を守り、力を示したお前はゴブリンだがみなから認められたのだ」

「ギ、それ、どういう……?」

「戦士長コウガの名の元に、ゴブリン、お前を村の戦士として受け入れよう。」

「ギィ……?」

「お前は既に家畜ではなく、村の一員となったと言う事だ。暫定的にだがな」

「ギィ⁉」


 マジで⁉ ペット脱却⁉

 やったぜみんな! ゴブリン、まさかの人権ゲットだぜ!

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