夕暮れの森

 嫌だなぁ……。

 死にかけてから、時たま妙な物が見えるようになってしまった。宙に浮かぶ半透明の生き物だ。あの時青空に浮かんでいた亀は、よくある漫画やアニメ的な演出じゃなかったらしい。

 まさかゴブリンに転生して、霊感に目覚めるとは思わなかったぜ。


「ギ……?」


 ああ、そうか。何だか妙な感想が思い浮かんだとおもったら、俺の前世は寺生まれだったようだ。ただし霊感は皆無。だからかね、住職として働いていたような記憶はサッパリない。

 まあ既に過ぎ去ってしまった前世の事は置いといて、今の事を話そう。ぶっちゃけると、俺は幽霊が怖かったりする。

 こっちからも向こうからも触れられないので、実害なんて特に無いっちゃ無いのだが、それでもいきなり出くわすと心臓に悪い。俺が年寄りだったら、連中のお仲間になってもおかしくないくらいにな。

 おかげで夜中にトイレへ行けず、このままだと膀胱炎になってしまいそうだ。それでも気合いでおねしょだけは避けている俺を褒めてほしい。


「幽霊が見える?」

「ギ、そう」

「ふーむ、また妙な能力に目覚めたもんじゃのう……」


 とりあえずコクヨウ爺さんに相談してみた。呪術で俺の近くに寄って来ないようにしてもらえると嬉しいんだけど、どうだろうか?


「害がないのなら慣れるまで我慢するんじゃな」

「そんなぁ……」

「わしも見えん物はどうしようもできんでな。魔物のレイスなんかじゃったら魔法で撃退出来るもんじゃが、純粋な霊魂となるとのう……」

「何か方法、ないか」

「そうじゃのう……。白鬼の巫女様が使う浄化の魔法なら祓えるじゃろうが、その辺の動物の霊なんぞ自然とまた増えるじゃろうし……やはり慣れろとしか言えんのう」

「ギィ……」


 マジかよ。こんな半透明な連中と、一生よろしくやっていかないといけないってのか。憂鬱だぜ……。


「それよりゴブリンよ。子供達が見当たらんのじゃが、何処におるか知らんかの?」

「ギ? 見てない」

「そうか……」


 そういえば双子ちゃんがこそこそ出掛けて行くのを今朝見たのが最後で、爺さんの家に来るまでの道のりでは子供達が遊んでいるのは見ていない。

 俺と絡みのない少し年上の連中ならちらほらいた気がするのだが、双子ちゃんと同年代の子供は誰一人いなかった。


「まずいのう……奴ら、森に入ったやもしれん」

「ギ、まだ危ないのか?」

「うむ。ドラゴンから逃げ山を降りてきた魔物がまだうようよしとるでな。村の周りだけなら戦士達が処理しておるから比較的安全ではあるが、川の近くまで行くとかなり危険じゃ」

「川、皆よく遊び行く」


 俺もそろそろ森に入りたいとは思っていたのだが、まさか子供達に先を越されるとは……やんちゃが過ぎるぜお前ら。


「大人達は今、近く行われる祭りの準備で手が離せん。ゴブリンよ、森に行き子供達を連れ帰ってはくれんか?」

「……ギ、分かった」


 だろうと思ったよこんちくしょう!

 我、ゴブリンぞ? 子供達を見つける前に、森の魔物に見つかって殺されたりしそうなんだが?


「フーッ……」


 まあそれでも行くんだけどね。

 子供達はやんちゃさに見合うパワーを身に付けている。きっとなんやかんやで、魔物だって撃退して元気に遊んでいるに違いない。俺はそれを確認して連れ帰るだけだ。

 ナイフを取りに家へと戻る。まだ双子ちゃんは帰ってきていない。もうじき日が沈みはじめる、暗くなる前に見つけないとだな。


「ちー、あそぼ」


 悪いねヤト君、今日は付き合ってやれんのよ。今夜はきっと双子ちゃんに雷が落ちるから、怒られてしょげてる二人をいじって遊ぶといい。


「むー……」


 余裕があったら森でお土産も拾い集めておくからさ、大人しく待っててな?


「さて……」


 ヤト君の説得に少々時間を掛けすぎてしまったようで、太陽は夕陽に変わっている。

 森は既に薄暗く、不気味な雰囲気を醸し出している。心なしか、漂っている幽霊もビビっている気がする。

 ……なんでお前らまで怖がってるんだよ? 驚かす側だろうに。

 気の抜けた幽霊達の姿を見たおかげか、緊張が解れた。さっさと子供達を連れ帰って夕食にありつこう。


「ギ……」


 川の近くまでやって来たが、子供達はまだ見つからない。幸い魔物とも出くわしていないのが救いではあるが、不思議な事に、俺が一人でいるにもかかわらずいつもの小動物の襲撃もない。奴らも魔物にビビって姿を隠しているのだろうか?


「いない……」


 川へと辿り着いたが、子供達の姿はそこには無かった。行き違いになったか?


「チッ……」


 もうずいぶん暗くなっている。このまま見つからないと、かなり面倒な事になるぞ。


「ッ! 今のは、魔力……?」


 かなり離れているが、魔力を使用した気配がした。村とは逆方向なので、魔物かもしれないが……他に手掛かりもないし、確かめるしかないか。


「ギ……」


 魔力の気配を辿っていると、争ったような形跡と血の跡を見つけてしまった。勘弁してくれよ、これ子供達の血だったりしないよな?

 焦り逸る気持ちを抑え、今更ながら自分の格好に疑問をおぼえる。危険な森に、普段通りの貫頭衣って死にたいのかな? もっと防御力高めていこうぜ!


「重っ……」


 魔法で石の手甲、脚甲、胸当て、ヘルムを作成。石なので当然重い。防御力は高まったが、機動力は激減してしまった。

 こんなもん着けるんじゃなかった、失敗したかもしれないと思いながら進んでいると、微かに争うような音が聞こえて来た。


「ギ……!」


 音の方から何かが近付いてくる!

 とっさに岩の隅に身を隠しながら目を凝らすと、小さな人影が走って来るのが分かった。そのうち後ろから狼のような生物が二匹追いかけて来ているのも。


「いや! いやーっ‼」


 名前は知らないが村の子だ!


「こっちだ!」

「ヒッ……!」

「ば、バカ!」


 助けようと岩から身を起こすが、追われていた子は俺にビビって足を止めてしまった。


「クソが!」


 子供に迫る狼に、石を投げつけ牽制する。せっかく見つけたんだ、お前らなんかに食わせねーよ!

 今の攻撃で気を引くことが出来たようで、二匹の獣は俺に狙いを移した。


「来いやオラァ‼」


 噛み付こうと迫る獣の口に、石で覆われた腕をねじ込む。着けてて良かった石の防具!


「顎鍛えて出直して来い!」


 噛み付いて来た方を盾にしながらもう一匹の攻撃をやり過ごし、ナイフを使って噛み付いている獣を殺す。

 火事場の馬鹿力ってやつかな、脳天を一撃で貫けた。突き刺したら捻るのも忘れない。


「フーッ、フーッ……次ィ」


 仲間がやられたのを見て警戒したのか、身を低く屈めて唸っている獣。そう時間掛けてもいられないんでね、来ないならこっちから行くぞ?


「っらあ‼」


 ボウリング玉サイズの石を投げつける。身体強化のおかげで、なかなかの速度で飛んでいく。

 まあ避けられてしまったんだが、ちょっと回避距離が足らなかったようだな。


「⁉」

「捕まえた」


 投げる瞬間、石に魔法を使っておいたんでね。地面にぶつかり形を変えた石が、獣の脚に降り注ぎ、魔力を失った事で魔法の効力が切れてそのまま固まる。我ながらナイスなアイディアだぜ。


「ギ、大丈夫か?」

「いや! 来ないで! 来ないでーっ‼」

「ギィ……」


 きっちり二匹にも止めを刺した後、子供に近付いてみるも怯えていて話にならない。

 あ、この子、ゴブリン嫌い派の子じゃん。だからか?


「うわーん‼ 石のバケモノに殺されるーっ‼」

「ギ……」


 防具外したら泣き止んだ。

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