公開実験

 うーん……ぬーん……にゅーん!

 ダメだ、朝飯食い過ぎたからか頭がぼーっとして考えるのが面倒になってきた。

 奴隷紋の消失をバレる事なく朝食を乗りきった俺は、やる事が無くて暇なので畑仕事に来ていた。

 雑草抜きはいい。雑草を無心で毟っている間は、何も考えなくていいんだから。畑から雑草が綺麗さっぱり無くなるまで現実逃避は続いたが、肉体労働の疲れが蓄積しただけだった。しかしおかげで漸くクリアな思考が出来るようになったぜ。

 こういうのは専門家に頼むのが一番だ。コクヨウ爺さんにもう一度奴隷紋を刻み直して貰えば解決するだろう。この際爺さんに怒られるのは仕方がない、我慢しよう。ご主人様にさえバレなければ、きっと命までは取られないっしょ!


「お前さん、賢いようでアホじゃのう……」

「ギ……?」


 早速とばかりに爺さんの家に凸った俺。事情を話したら返ってきた言葉がこれである。俺のどこがアホだと言うのか。


「まず第一に、奴隷紋を刻むには主人となる者の血が必要じゃ」

「ギィ⁉」


 そうなのか⁉ じゃあご主人様にバレるのは確定ってこと……?


「第二に、自力で奴隷紋を破れるような者に、もう一度同じ術を掛けても意味が無いじゃろうが」

「た、たしかに……!」


 例えるなら、手錠の鍵を持ったやつに手錠を掛けるようなものだろう。いつでも自由になれるなら、枷の意味が無い。


「ギィ……」

「ふーむ。しかし、身体強化の魔法の延長で術を打ち破れるとはのう。一度実際に術を破る場面を見てみたい」


 どうやって? と問う間もなく、俺は家に帰っていた。

 ご主人様一家とコクヨウ爺さん、ついでにご近所さん達まで集まって俺を囲んで見つめている。公開処刑かな? すんごく居心地悪いぜ。


「では奴隷紋を刻む所から始めるかの」

「……ああ」


 こいつは本当に……って顔で俺を一瞥し、ご主人様は指をナイフで切って血を流した。爺さんはその血になにやら混ぜて墨のような物を作ると、それを指で掬い、俺の胸に模様を描きだす。

 そうだったそうだった。こんな事されてたわ。この後術が発動すると、結構痛かった覚えがある。反抗した時に奴隷紋から発せられる痛みよりは全然マシなんだけど、それでも痛いと分かってて受けるのは身構えちゃうよね、うん。

 だから咄嗟に魔力を循環させてしまった俺は悪くない。


「なんと……!」

「これは……」


 術は発動するまでもなく、描かれた模様がドロリと消えてしまった。それを目撃した野次馬の皆さんもざわざわしている。

 ……気のせいかな。今俺の中に取り込まれていったように見えたんだけど⁉






「うーむ。奴隷紋を刻む事すら困難なようじゃの」

「爺さん、今何が起きたのか分かるか?」

「さてのう。わしにも詳しくは分からんが……やった本人も分かっとらんようじゃの。見てみい、あのマヌケ面」

「……」

「……あの様子を見るに、別に処分はせんでもよいと思うがの」

「だがな」

「皆、普段の様子も知っておる。奴隷紋で縛らずとも自分から仕事に出てくるような変わったゴブリンじゃ。それに……」

「それに何だ」

「あれを処分すれば娘達に泣かれるぞ」

「む……」


 不安そうな顔でゴブリンの様子を見つめる娘達。ともすれば処分を待つ当のゴブリンよりも余程緊張している。

 あのゴブリンは、子供達と仲がいい。うちの子のみならず、村の子供達とも交流があると聞く。あれを簡単に処分してしまえば、長い目で見た時に、世代間での対立の芽となる可能性もあり得る。


「……一先ず様子をみる事にする」

「それがええじゃろ。わしの方でも新たな術を探ってみるでの」

「頼む」


 まったく、つくづく厄介な拾い物をしたものだ。

 思い返してみれば、あれは初めから妙なゴブリンだった。娘達の話で度々耳にするようになり、たかがゴブリンに何をはしゃいでいるのかと疑問に思ったものだ。

 見様見真似で娘達が説明してくれたゴブリンの技は、試してみれば捕縛術のように相手の動きを封じる効果があると分かった。何故ゴブリンがこんな技を知っていたのか。

 娘達が外にゴブリンを連れ出した時、俺の蹴りを避けた事にも驚いた。やはり危険かもしれないと思い、娘達に泣き付かれた事もあり家で管理する事にしたのだが……この通りだ。

 奴隷紋の命令もなく働く従順さをみせたかと思えば、誰に習うでもなく魔法の修練まで始めた。その理由が、まさか料理に使いたいだなんて誰が思う?

 あの時修練を禁じていれば、こんな面倒な事態にもならなかっただろう。だが……。


「既にそれ以上の価値をもたらしてはいる、か」


 腰に差した石製のナイフを見ながら、行商人との契約を思い出す。あれの石の形を操る特異な魔法、それで作られた品々は金になる。しかし奴隷紋無しでこの村の一員と認めるには、それだけでは足りない。


「あれも納闘際に連れて行く」

「ふーむ、ちと狡い気もするがの」

「奴隷紋は無いんだ、構うものか」

「ま、それがお前さんの判断なら従うがの」


 我らは鬼人、力を尊ぶ一族だ。

 ゴブリンよ、闘いの中でお前の真価を見せてみろ。

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