材料がなくなった。それもこれも近所の山にドラゴンなんて危険生物がやってきて、森に入れなくなったせいである。綺麗な石は川で拾っていたので、森に入れないとなると集める事が出来ない。

 それに加えて、おやつの枯渇が深刻だ。キノコも山菜も木の実も、日に日に数を減らしている。このままでは、雑草生活に逆戻りする嵌めになるかもしれない。


「ギィ……」


 かと言って、俺に何が出来るって訳でもない。毎日少しずつ、ちびちびと食べ繋ぐしかないんだろうなぁ……。

 止めだ止め。嫌な事ばかり考えていても仕方がない、魔法の修行でもして気を紛らわせよう。今日はそうだな……身体強化の練習でもするか。


「ふっ……」


 身体に魔力を張り巡らせ、外に漏れ出ないように制御する。

 モワモワとした曖昧な感覚が、集中する毎に強く感じられるようになってくる。


「ギ?」


 なんだろう。魔力の流れの中に、何か詰まってるような、鬱陶しいような、そんな感覚を覚えた。自己流だからか、実は身体強化の魔法がちゃんと発動してないのかもしれない。

 なるべくスムーズに、魔力の流れが滞らないように意識しながら、違和感を取り除こうと試みる。

 んー、手強いですねぇ。解れる気配がまるで無い。

 途中で止めようかとも思ったのだが、一度気付いてしまったら歯に物が挟まった時のように気になって仕方がない。結局この日は、眠りに落ちるまでずっとこの違和感と戦い続けた。


「ふわぁーあ……ギ?」


 次の日の朝、目が覚めると身体が軽い気がした。

 あれだけ身体強化の練習をしていたんだ、むしろ疲れが残っていてもおかしくないのに……。

 不思議に思いながらペタペタと身体の調子を確認していると、とんでもない事に気付いてしまった。


「ファッ!?」


 胸に刻まれていた奴隷紋が無くなってる⁉ 何で⁉


「ギ、ギィ……?」


 お、落ち着け。まだ誰も起きてないよな? こんなの見られた日にゃあんた、どうなるよオイ。脱走ゴブリンとして処理されてしまうんじゃないの⁉

 止まらない冷や汗を拭い、一先ず原因を考える。

 何かの間違いで、ご主人様が解除したって線はないか? ……ないな、ナイナイ。ここの家族とはだいぶ打ち解けた感があるが、ご主人様とはそんなに親しくなれた気がしない。それに、ご主人様は物理特化の黒鬼だぞ? そんな器用な真似出来るなら、コクヨウの爺さんに頼まないで自分で奴隷紋を刻んだ筈だ。

 なら爺さんが解除した? なんで? いややっぱりする意味ないし違うだろう。

 他に原因……何か原因は……。


「身体強化、か……?」


 俺の魔力制御が奴隷紋を打ち消した、とか? 勝手に解除されるよりは、ずっと可能性が高い。昨日見つけたあの違和感の正体が、奴隷紋の魔力なり術式なりだとするのなら確定と言っていいだろう。


「チビタちゃーん? お水まだかしらぁ?」

「ギ! い、今溜める!」


 いそいそと上着を着直し、動揺を抑えつつ仕事にとり掛かる。

 やっぱりマズいよなぁ……。バレたらブッ殺されんのかなぁ俺……。怒られるくらいで済んだりしないかなぁ……。


「ハァ……」


 鬱だ。やっとまともな生活になってきた所だったのに、こんな事になるなんてよぉ……。

 こうなったら自棄食いだ。せめて旨い物をたらふく食ってから死のう!

 亀の甲羅でできた鍋を引っ張り出し、今生の想い出を振り返る。いつの間にか鍋になってた亀、案外俺達の再会は早そうだぜ。

 残しておいたとっておきの食材をこれでもかと詰め込み、じっくりコトコト煮てスープに旨味を引き出す。行商人から買った肉も全投入だ。

 煮えてきたら、丁寧に灰汁を取り除く。ゴブリンになってから、こんなに丁寧な調理をしたのは初めてだ。ケチらず食材を使ったからだろう、匂いからして普段の食事とはレベチだぜ。

 最後に塩で味を整え、最後の晩餐(仮)の完成だ。


「フーッ……」


 一目でわかる、作り過ぎだ。いくら自暴自棄な俺でも、こんな量は食いきれねぇよ。

 亀の甲羅のサイズと、俺の備蓄量を舐めていた。どんどん入っていくなぁと思ったが、まさかこれ程の量になろうとは……。少なく見積もっても二十人前はあるんじゃないのか、これ?


「あら? チビタちゃんったら朝からずいぶん豪華なお鍋ね」

「ギ、作り過ぎた」

「そうね。次からはちゃんと量も確認して作らなくちゃダメよ?」


 あら美味しい、と自然に味見するママさん。

 いやいや、ゴブリンの作った料理なんだから、なんの躊躇いもなく食べんでくださいよ。


「せっかくだし皆で食べましょうか」


 別にいいけど、何度も言うがゴブリンの作った料理だぞ? 俺が逆の立場だったなら絶対に躊躇する。


「あれー? 今日はチビタがごはん作ったのー?」

「うぇー、野菜いっぱい入ってる……あ、美味しい」

「んまんま」

「ねー? 美味しいわねー」

「……ッ?」


 パクパクと美味しそうに鍋を食べる家族達。その中でご主人様だけが、信じられないといった表情で取り分けられた椀を見つめている。どうやらこの家族の中で、俺と最も感性が近いのはご主人様であると判明した。

 そりゃゴブリンが作った物なんか、何が入ってるのかも分からんし食えんよな。別に変な物は入れていないが、なんで他の家族が警戒心ゼロでいっちゃえるのかが分からん。


「……むぅ」


 おお、意を決してご主人様が口をつけた! 予想に反して旨かったようで、納得いかなそうな顔でモニュモニュと咀嚼している。

 おや? そういえば好き嫌いの多い双子ちゃんが、今日は俺の器に野菜やキノコを押し付けてこないな。さすがに親のいる所では我慢するのかと見てみれば、普通に美味しそうに食べている。食わず嫌いだったんかい。

 やれやれ。双子ちゃんが苦手な食べ物を克服してしまっては、明日からの食い扶持が少し減ってしまうな。

 ……鍋が旨過ぎて奴隷紋無くなったの忘れてた。本当にどうしよう。

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