誤算
計画は完璧だった筈だ。
俺が新たに作った見本も、行商人は良い笑顔で絶賛してくれた。それが良くなかったのかもしれない。
「……売ら、ない?」
「ああ」
「何で⁉」
「そう怒るなよゴブリン。売らないといってもこの村ではって話でよ。街に持ち込んで売りさばきゃ、何倍も金になるぜぇこいつは」
バカ野郎! いくら高値で売れようが、この村で売ってくれなきゃ結局大量生産コースになるじゃねーか! それが嫌だから高級路線になるよう画策したってのに……。
もう今朝の時点で話が広まっていて、血走った目をしたオネー様方に吊るされかけたんだぞ? 材料が無いからってなんとか帰ってもらったが、いつまでも通じる手じゃないんだよ……!
「おいおい泣くなよ? 安心しな、専売契約を結んでやる。ただの契約じゃないぜ? スクロールを使った魔法契約だ」
「ギィ……? 魔法、契約?」
「そうさ。こいつを結んでおけば、街の商業ギルドに契約が記録される。契約に違反するとその場面が事細かに記録されてよ、違反した奴は即お縄につくって寸法よ。もちろん、無理矢理違反させられたなら、その時はそうさせた連中が捕まるのさ」
「そんな物が」
「ま、本来ならもっと大口の取引で使うような物なんだけどよ。それよりずっと儲けられそうだから特別に使ってやるよ」
「ギ、恩着せがましいな」
「そりゃそうだぜ! 一番安いスクロールでも銀貨五枚はするんだからな?」
目がマジだ。銀貨が鉄貨何枚分だったか忘れたが、よほどお高いのだろう。
「もうスクロールの書面も出来てる。後は内容をお互いに確認して……そうだゴブリン。お前喋るのはやたらと上手いが、字は読めるのか?」
「無理」
生まれてこの方、一度も文字なんてみていない。俺に扱えるのは、この世界とは異なる世界の言語のみよ。
……格好つけた言い方したけど、普通に日本語の事ね。アルファベットも少しは使えるぞ?
「なら、契約の確認は飼い主にしてもらう必要があるな。お前さん、どこの家で飼われてるんだ?」
「ギ、戦士長」
「……本当に? 戦士長って、あの超おっかない戦士長?」
「ギ。たぶんそれ」
「……契約は無かった事にしよう」
「ギィ⁉ 何でだ!」
「あんなおっかない人と交渉とかしたくないし‼」
「それでも商人か‼」
ぐずる行商人を引きずり家に戻る。
「あでっ、あででで⁉ このっ、引っ張るな! わ、わかった! 自分で歩くってば‼」
「本当か?」
「本当だって! はぁ……はぁ……ったく、お前、身体強化も使えるのかよ。何? 戦士長の家ではゴブリンもお前レベルまで鍛える方針だったりすんの?」
「ギ。そんなことない。俺の仕事、水汲みと雑草抜き」
「嘘だぁ」
行商人は身体強化も魔法も使えないらしい。
大人なのに珍しいな。最近では村の子供達も、ぼちぼち身体強化くらいなら使えるようになってきている。よっぽど才能ないのか?
「逆だから。この村が異常なんだよ。はぁ、何で戦士でもない人達までもれなく覚醒してんだよ……」
おや? そう言われて気がついたが、行商人は子供達と同じ肌の色をしているじゃないか。鬼人族の覚醒って、成長したら個人差はあれど勝手にするものだと思ってたんだけど……違ったんだな。
こいつ、ヤト君見たらぶっ倒れそうだな。
「ギ、着いた」
「着いちゃったかぁ……」
「うっ。ちー!」
ただいまヤト君。お土産はないから服をまさぐるんじゃありません。
「……」
「ギ? Oh……」
倒れてはいないが気絶しやがった。
しょうがないにゃー。ヤト君、こいつを運ぶの手伝ってくれ。なに、タダでとは言わんさ。今度空力って力を利用した凄いコマを作ってあげるから。
「う、うーん……ハッ⁉ なんかとんでもない赤ん坊がいた気がしたんだが、夢だったか。そ、そうだよな。常識的に考えて、赤ん坊が覚醒なんてする筈無いんだから」
「よっ」
「うわぁ出た⁉」
「人様の息子に対してずいぶんな反応だな行商人」
「ひぃ、戦士長さん⁉」
「一先ず落ち着け」
「は、はひ……」
まったく、ビビり過ぎだろ行商人。そんなんでまともに交渉できるのか不安だぜ。
「お、お茶、ありがとうございます……へへ」
「いいえー。ゆっくりしていってくださいねー?」
「は、はは、どうも……」
ママさんが出してくれたお茶をちびちびと飲む行商人。目線で俺に助けを求めてくるが、この家におけるヒエラルキー最下層の俺が何かできると思ったら大間違いだ。まともに家の中に入るのだって、今日が初めてなんだぜ?
「うちのゴブリンと何かやろうとしているって話だったな」
「あ、はい! そちらのゴブリンから装飾品の販売を委託されましてですね。なかなか価値の高い物ですので安売り出来ないよう契約を結ぼうかと思った次第でして……」
「そこまでの物か」
「今、奥方様が身に付けていらっしゃるバングル。あれをご覧になられましたか?」
「あれがそうだと?」
「は、はい。それと、こちらが本日新たに預かった見本です」
「ふむ……。ナイフと同じ作成方法か」
それ以上の判断がつかなかったのか、ご主人様はママさんを呼んだ。
「イズナ、どう思う?」
「これもチビタちゃんの作った物なのね? 私が貰ったバングルよりも良い石を使っているようですし、買うとなるとたしかに高価になりそうですね」
「最低でも銀貨以上で売れると思ってます!」
「そうか……」
ちらりと俺を見るご主人様。俺が魔法で飯を作りたいと言った時に見たのと同じ顔をしている。
あ、思い出した。あれは宇宙猫の表情そのものだ。ゴブリンが大金をもたらすって理解の外の出来事に、脳の処理が追い付いていないんだな。
「……いいだろう。好きにしろ」
「ありがとうございます‼ では早速、契約の確認をお願いします」
「ああ。……む?」
「な、何か……?」
「うちのゴブリンの取り分がずいぶんと低いようだが……何故だ」
「ひぅっ⁉ そ、そそ、それはですね、お宅のゴブリンから言い出した事でしてぇ!」
「何?」
「ギ、本当」
失念していたが、この売り上げも森での採取と同様、ご主人様に上納しなくてはならないのかも。だとすると低すぎる割合だと不満も出るか。
「い、一応、材料費や輸送のコストを考えて出した数字でしてですね。決して不当に搾取するような真似はしておりません」
「……」
「た、多少私の取り分が高過ぎるとは思っていたので、その辺りは調整しようと思っていてで……」
最終的に、俺1割、ご主人様3割、行商人6割の割合で利益を分配する事が決まった。
この交渉の間、ご主人様は一言も喋っていない。話が終わるのを黙って待っていたご主人様にビビって、行商人が勝手に二割分の儲けを手放したのである。
やっぱりビビり過ぎだよあんた。
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