買い物と交渉

 帰って来たママさんに言って、バングルを双子ちゃんから取り返して貰った。


「チビタちゃん、本当にそれを後で貰えるのね?」

「ギ。もち」


 裏取引なんてなかった、いいね?

 バングルを取り返したのには訳がある。今村に来ている行商人を利用するためだ。

 俺も前世は資本主義社会にどっぷりと浸かって生きていたのだ。どうせならより良い利益を享受したいと思ってもしかたがない。

 このバングルを見本としてなるべく高値で売り込み、高価な物であると村内の女性陣に認識させれば俺の勝ちである。高けりゃそうそう頼んでこないだろうからな。

 行商人のいる広場までやって来た俺だったが、肝心な事を失念していた。


「ゴブリン……?」


 なんで一人で来ちゃったかなぁ? 誰かと一緒に来ようって考えてたのに、コロッと忘れてんじゃないよまったく。

 しかも村人達の買い物は一通り済んでしまったようで、現在広場に来ている人はいないと来たもんだ。自分の巡り合わせの悪さを呪いたくなるね。


「ギ。買い物、来た」

「えぇ……?」


 困惑顔の行商人。

 無理もない。同じ状況に出くわしたら、俺も同じ反応を返す自信がある。


「塩、くれ」

「えーっと……」


 キョロキョロと周囲を見渡す行商人。お互いにとって残念なことに、依然として誰も近くにはいない。


「いろいろ言いたいことはあるが……金持ってんのか?」

「ギ。これ」

「持ってんのか……。盗んだ金じゃねぇだろうな?」

「ギ」


 胸の奴隷紋を見せつける。仮に盗んだのだとしたら、返すまで奴隷紋が反応し続けまともに行動なんてできない。自分の物であるこれ以上ない証拠になるだろう。


「なるほど、個人所有の家ゴブリンか。にしても買い物任せられる程頭いいのは珍しいな」

「ギ、おつかい違う。個人的な買い物」

「何……? ふーん? へー? そりゃまた、すごいじゃないか」


 悪どい顔してんなぁ。ぼったくる気満々の顔だ。

 うまく表情を隠しているつもりかもしれないが、まったく隠せていない。

 まあ、多少ぼったくられるのはこの際我慢するさ。


「塩、いくらだ?」

「ああ、塩ね。塩は今品薄だからなぁ……一つ鉄貨五枚って所だ」

「ギィ……」


 おそらく高いのだろう、それは分かる。分かるが……どれが鉄貨だ? 手元にある数種類の貨幣、鉄っぽいのだけでも三つはあるんだが。


「近頃はアトルディアとゼルトランで戦争が起きそうだってんで、うちの方にも品物がなかなか回ってこないんでね。これでも安くしてんだぜ?」


 種類が分からず財布代わりの布袋の中を見つめていると、そんな言い訳が聞こえて来た。

 戦争ねぇ。それは大変だが、ゴブリンに国の名前言われても分からないって。こちとらこの村の名前すら知らないんだぞ?


「どうするんだ? あーっとそうだな、俺もそろそろ休みたいから特別に値下げしてやろう! 鉄貨三枚、これでどうよ」

「三枚……」


 十中八九、これでも割高なんだと思う。これからする頼み事のことを考えれば、正直手持ちの金を全て渡しても問題無い、んだが……うーん。


「わか」

「おい行商の、さっきオレ様が買った物なんだが……お? アカメ達のとこのゴブリンも来てたのか」

「ホーク! よく来た!」

「お、おう。なんだよ?」

「げっ、村長のとこのガキ……」


 残念だったな行商人君。権力者の息子の前では、貴様もぼったくれまい!


「塩、いくらだ?」

「……さっき言っただろ?」

「忘れた」

「嘘つけ!」

「忘れた!」

「なんだ? 値段で揉めてんのか?」

「いえいえとんでもない! おらゴブリン、鉄貨一枚寄越せ。それで売ってやるから」


 値下げして通常の三倍だったのかよ。


「ギ、ホーク」

「あ? 多少高めだけどこんなもんだぜ」

「鉄貨どれ?」

「お前、そんなことも知らねぇで買い物来たのかよ……」


 すまんね。頭ゴブリンなもんでよ。

 ホーク君のおかげで、貨幣の種類と手持ちの額を把握できた。


「ゴブリンの癖にオレ様より金持ちだなんて……」


 そう落ち込むなよ。ナイフ作りも結構たいへんなんだぜ? お礼にお菓子奢ってやるから元気だせって。


「これと、これ。あとこれもくれ」

「へいへい毎度」

「あと」

「まだ買うのか? いや、こっちも売れる分には構わないんだけどよ」


 村長のガキさえ来なければ……とホーク君に聞こえないよう小声でぼやく行商人。お前もこれから儲けさせてやるからシャキッとしてくれ。


「これをここで売ってほしい」

「へ? おいおいなんだそりゃ! 継ぎ目の見えない石のバングルだと⁉」

「ギ、俺が作った」

「作った⁉ お前が⁉ 嘘だろ⁉」


 渡したバングルを手に持ちフリーズする行商人。

 考えが纏まらないようで、ゴブリン……水晶が……とブツブツ言葉が漏れ出ている。


「お? ナイフの次はそんな物まで作り始めたのか。今度は女共が黙っちゃいないだろうな」

「ギ。だから先手打つ」


 俺がナイフを作り続けるはめになったのは、ナイフを欲しがった村人が多くいた以外にも対価が安価で済んだ事も原因だ。

 俺が村内で一定の評価をされてはいても、その扱いは所詮ゴブリン。そんなゴブリンの作るナイフの価値はどう見積もっても高くはならない。最初は無料で作らされる所だったしな。

 実際にはご主人様のナイフを初めに作ったおかげで、対価の基準はそこまで低くはならなかったが、そうでなければより低い価値の物と交換でナイフを作らされていただろう。

 バングル作りにも同じことがいえるが、今はナイフを作る前とは状況が変化している。

 俺の作ったナイフの品質は、そう悪い物ではなかったようで、追加で作ってほしいと言ってくる人もいる。まだ希望者全員の分を作り終わっていないので断っているが、それだけの信用があるのだ。その信用のおかげで、村内でのバングルの価値も最低限保証される。


「作ったって言ったな……。量産出来るのか?」

「ギ。材料さえ揃えば、できはする。けどおすすめしない」

「数を絞って値を吊り上げるのか」


 完全に仕事モードになった行商人は、知能指数が跳ね上がったかのようだ。


「これをうちで売るとして、俺の儲けはどうなる?」

「ギ八割持っていけ」

「おいおいいいのか? 話がうま過ぎて逆に躊躇っちまうぜ」

「ギ。お金、ここでしか使えない。だからいらない」

「ああ、たしかに。ゴブリンだもんな、街に行く事なんてないか」


 暫しの話し合いの末、行商人は俺に協力してくれる事になった。

 アクセサリーの装飾に使う水晶や宝石なんかの仕入れの代金は行商人が出し、俺がそれを魔法で加工する。利益の取り分は俺が2、行商人が8。加えて行商人は次回から、俺が望む物を仕入れて持ってくる。


「それじゃこれで見本作り頼むぜ」

「ギ。任せろ」


 ママさんに渡すバングルを返してもらい、その代わりになる見本の作成を請け負った。

 見本作成用に渡された、売れ残りの宝石の原石達。サイズが小さいので、今回作るのは小物になりそうだな。

 あ、そういえば……。


「ホーク。用事、どうした?」

「モニュモニュ……ゴクン。なんだったかな? それよりジャーキーおかわりだ!」


 ったく、人の金だからって遠慮なく食いやがって。そんなに食ってばっかりいると、オーク体型から抜け出せなくなるぞ?

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