第3話

 商人のリーチェの訪れに、失っていた意識を取り戻す。


「それにしてもマァたこんなぼろきれみたいにしてしまいまして。毎回そこそこいい品をおろしているんですけどねぇ」


 体は傷薬があればそこそこは回復するものの、鎧と服ばかりはそうもいかない。


 ボロボロの服をどけて、傷薬を塗り始めるおれをよそに、リーチェは小言を並べ続ける。


「あたしゃ商人ですから、買ってくれるなら文句は言いませんけどね。それでもものに愛着ぐらいもってほしいもんですよ」


 隣でリーチェは商品を並べ始める。手荷物には爆心地で拾ったのか竜の鱗すら見え隠れしていた。


「……愛着で姫が救えるなら、いくらでも持つ」 


「……少し前から思っちゃあいましたけどね、あの姫さんとなにかあったんですかい。前まであれほど一緒にいたというのに」


「さあな、それより約束のものは?」


「さあなじゃありませんよ……いえ、仕入れはそれはばっちりでっせ。とびきりの鎧、仕入れて来ましたとも」


 黒光りのする硬質な鎧。鞘の爆発を幾度耐えれるかはわからないが、十分頑丈そうに見えた。


「助かった。次はここで頼む」


 お代と、地図を指さして、次の落ちあい地点を決める。


「次って、もう竜神の棲家の真ん前じゃないですか。いい加減命の危険がですねえ」


「お前ができない配達があるか?」


「簡単にいいますけど、あっしでもなければ何回死んでるかわかりませんよ? まったく。姫さんにお会いもできなければ割にあいませんよ。お似合いの姫さんと旦那だったのにまぁ」


「……もはやそういうものではない」


 怒気をはらんだ言葉に、リーチェは怖気ずく様子もなく返す。


「こいつぁ失礼しました。でもね旦那、独りで何とか出来るとは思わないほうがいいですぜ」


 あっしが傷薬をつけなければ、背中なんてもうぼろぼろですぜ、と言われてしまうと何とも言えない。内側だってズタズタでしょうに、とすら重ねられる。


「そうだとして、姫とともにはいられない」


「なにかあったんで?」


「ただ、限界だっただけだ」


 相手が竜であっても、たとえそれが使命であっても。


 傷付けることに傷ついているように見えた。その力に、心が見合っていないように見えた。


 もし彼女が聖剣に選ばれなければ、虫一匹ですら殺さないような生活を送っていたのだろうと思う。


 どれだけ数をこなそうともそれに慣れることはなかったように見えた。


 いつだって勝利のあとは沈んでいるようだった。その姿が気高く、好ましいと思った。


 だからこそ、おれがいてはならないのだと思う。


 おれが、おれが鞘が姫の聖剣の補給線でさえなくなれば、姫の聖剣がただの鉄塊になれば、姫は使命を捨ててしまえるのだから。


「ほう、それでお別れになったと。大変なもんですね」


 鎧を装備し終えて、ふと一息をはさむ。


「大変か……。いや、ただ竜神を倒すだけだ。あと一歩、あと一歩だ。ここまできた。ようやくすべてが終わる。使命も責務もすべておわって、ようやくおれは」 


「姫様の前に立てる、というのであれば、旦那はいささか姫を見誤ってやいませんかね」


「なんと?」


「あっしは商人ゆえ、取引相手の秘密は守るものです。ですがこれくらいは友情としてまけときましょう。


 姫さんが、いまも旦那の後ろに立ちすくみ続けているとでも」


 その声を掻き消すかのように剣と硬質な竜の爪が交錯する音が響いた。


「……だれが戦っている? リーチェ、隠れていろ」


 嫌な予感が、背筋を這いまわった。鞘を握りしめて、音のする方へ駆け出す。


 横穴から出ると、大きな竜の影がさした。きっと群れの主に匹敵する。


 その足元には人影が一つ。


「まさか……」


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