第20話 声優の彼氏になりたくない人もいる!

 酒が飲める様になると、ご飯を食べに行くと言うより飲みに行く方が多くなる。普段の仕事で溜まったストレスを酒の力を借りて発散させたいからだ。


 だが、希に全く酒を飲まないタイプがいる。下戸という訳ではなく、酒を飲むより飯を食べるのが好きなタイプだ。


 そして今日ここに集った三人は、全員がまさかのそのタイプだった。



「山崎さん、これなら食堂とかの方が良かったのでは?」


「何なら焼肉っつー手もありましたわ佐久間AD」


「まさか佐久間くんも俺や山崎くんと同じタイプとはねー」



 スケジュールが合わなくてなかなかできなかった新人歓迎会を、百道さんと山崎さんが開いてくれたのだ。


 意気揚々と居酒屋に足を運んだはいいが、最初の注文が三人ともウーロン茶だったので、「なんでぇ!?」という山崎さんのツッコミが歓迎会開始の合図となった。



「勝手な想像ですけど、この業界の人ってお酒大好きな人ばかりだと思ってました」


「昔は飲めねーとダメな空気あったっけどね。今はそんなのなくなったわ。飲みてー人は飲んで、食べてー人は食べる。喋りてーなら喋りゃいいって空気に変わった」



 そう言いながら山崎さんがタッチパッドで唐揚げを五人前注文している。さらに焼き鳥二十本も注文している。この人、美姫香くらい食べる人か?



「番組の人達で飲む時って出演者の人とも飲んだりするんですか? 例えば芹沢さんが参加したりとか」


「最近は忙しいみてーだけど、前は良く来てたぜ。芹沢さんは酒飲むのが好きでよ。ご飯を食べる俺らをしり目にガーバガバ飲みまくってた」


「山崎くん。そろそろそれをこっちに渡してもらおうか」



 タッチパッドを百道さんが強引に奪い取り、メニューと睨めっこしながらポチポチ選び始める。


 そんな百道さんを横に山崎さんは話を続ける。



「声優さんはスタッフと飲むのを営業って考えてってる人もいっけど、純粋に飲みてーから来てる人も多いぜ。芹沢さんはマネージャーに「回数控えろや!」って言われたってのに毎回来てたかんな。暇が見っかったら、また来てくれんじゃねーかな」



 タレントが参加している飲み会は、なんとなく利益を求める匂いしかしないと思っていた。芹沢さんはいい意味で想像と違って良かった。まあ、たしかにそうか。スタッフが友達みたいな感覚だったら、普通に飲みに行きたいと思うだろうしな。



「では、今更ながらですが我が番組に佐久間君ようこそ。かんぱーい」



 三人分のウーロン茶が届いて、百道さんの音頭で乾杯が行われた。



「佐久間くんがうちの番組に来て結構たったけど、もう慣れてきた?」


「はい! 百道さんの指示が的確で、自分のやるべき事が明確に見えます。頭のリソースを何処に使えば良いか分かりやすくて助かってます」


 百道さんはオレに無理をさせないペースで、しっかり吸収する時間を作ってくれるのが有難い。なのに進行に全然支障がないのは、百道さんのディレクターとしてのスキルなんだろう。


 本人の技術が高く、育成も得意って、百道さん完璧超人か?



「そういえばさっき打ち合わせ中にチラッと耳にしたんですけど、百道さんと山崎さんってアカデミーの同期だったんですね」



 ここに来る前、オレ達三人は次回の番組内容について軽く打ち合わせをしている。

その時は流してしまったが、二人が同期という発言があったのだ。



「百道さんは俺より年齢がちょい上だけど期は同じ。そんで卒業制作のグループも同じ。卒業してっからの最初の仕事も同じ。互いADとサブ作家でつかせてもらってさ。幼馴染かよってくらいの腐れ縁だぜ」


「それはいい関係ですね。頼れる相棒って感じがします」


「山崎くんはアカデミー生の時から色々癖があったなー。あの当時はまだパーソナリティコースがなかったから、収録練習から作家コースと混合だったんだよね。その時山崎くんが作ったのが“犬の餌と猫の餌はどっちが美味しいか”って企画で、マジで本番中に動物の餌を食べさせられたよ。コイツ狂ってると思ったね」


「百道さん、猫の餌は割と食えるっつって、余った猫缶もって帰ったじゃないっすか」


「あれはお婆さん家の猫にあげたの! 持って帰ってまで食べたいものじゃないよ」


「え? そうだったんすか? マジよかったわー。誕生日、ワンチャン猫の餌あげちまうとこでしたわ」


「猫の餌より人の餌くれよ。ってか山崎くんから誕生日プレゼント貰った事なくない?」


「百道さんってばすーぐそう言う。前の収録ん時にファンファーレ集のCDあげたじゃないっすかぁ」


「え、あれ誕生日プレゼントだったの? 仕事の資料かと思ってたんだけど」


「今日の収録あのファンファーレ使ってくれて、我ながらいいプレゼントあげたなって思ってっす」


「そうだなぁ! 持つべきは腐れ縁だなぁ!」



 百道さんと山崎さん、とても羨ましい関係だ。こんな風に、何年たっても当時の事を語れる仲間がいるのはいいと思う。


 オレの場合だと、ディレクターコースのメンバーや、凪杦さんとそういう仲間になれるといいなぁ。



「あの、気になってるんですが、この業界って人手不足なんですか? 少なくとも半年に一度はアカデミーの生徒が卒業しているから、やりたい人ってたくさんいると思うんですが」



 前から気になっていたが、聞けるタイミングがなかった質問だ。


 アカデミー生のレベルでは仕事にならない、という訳ではないと思う。実際、オレに声がかかっているし、もし本当に人手不足だとするなら、別の理由があるはずだ。



「慢性的な人手不足だね。アカデミー生でも、本気で頑張ろうって人は少ないから」



 百道さんが苦虫を噛み潰した様な表情になる。



「でも、みんなやりたい事があって入ってきた筈ですよね? 半年間頑張って目が出なかったらさようなら、というのは勿体ない気がします」



「佐久間くんは、もしアカデミー卒業の段階で何処にも引っかからなかったら、その後はどうするつもりだった?」



 百道さんからの質問は在学中の半年間ずっと考えていた事だった。


 半年間必死に勉強して、周りの人にモチベーションをアピールして、それでもダメだった時は、とにかく栄化放送に来るチャンスをたくさん作ろうと思っていた。


 手伝い依頼はすべて参加して、その時に知り合った人達と関係を作って、少しでも話があれば噛ませてもらおうと思っていた。事務局の連絡先は知っているし、刻土さんの名刺だってもらっているから、刻土さんに猛烈アピールをするという手もあった。



「とにかく、半年間でつながった人達に、しつこく何か出来る事はないか連絡していたと思います」



 半年勉強したくらいでは大したスキルにならない。だから自分の武器はモチベーションの高さ、というのは入学前から変わらないスタイルだ。



「実際なぁ、誰かの目にとまるっつー方法ってのはそれしかねーかんなー。でも、その方法にたどり着けねー人達もいんだよ」



 運ばれてきた唐揚げを抱える様に食べながら山崎さんが言う。



「与えられたモンだけやっときゃ、いつか声をかけてもらえっから心配ねぇ。自分のステージを上げるチャンスはあっちから勝手にやって来る、って考えてるヤツ多いんだわ」



 いつか美姫香が言っていた、「養成機関に入れば、それだけで何かになれると思っている人が多い」と言うのを思い出した。



「今も残っているのって数えるほどしかいないんじゃない? お手伝いのメンバーも知ってる顔ばかりだったり、もしくは次の代の子達とかさ」



 ――たしかに言われてみればアカデミー後半から、手伝いメンバーはほぼ固定だった。


 ディレクターメンバーの数人か、作家クラスなら凪杦さん。後は、前の期の先輩達だった。そしてオレ達が卒業してからは、新しい期の生徒の顔を見る様になった。


 そう考えると、確かにオレ達の期で残っているのはほんの数人だけな気がする。



「別に佐久間くんの代だけがそうと言う訳じゃないよ。俺の代だって、もう俺と山崎くんの二人しか残ってないしね」


「え? 他の人達はみんな辞めてしまったんですか?」


「俺らの代ってのはそもそも誰も仕事につけなかったんだわ。俺と百道さんは卒業してから栄化放送に死ぬほど入り浸って、やっとこさ仕事もらったクチよ。あの頃は頑張ってたわ。何でもやりますの姿勢でな。徹夜作業とかも信じられねーくらいガンガンやってたぜ」


「よく深夜のテラス行って二人で黄昏たよね」


 二人が昔を思い出してしみじみしている。やっぱみんなあそこで黄昏るのか。



「目的意識が低かったり、不純な動機で始めた人はやっぱ続かないね。理想と現実のギャップが激しくてすぐ逃げちゃうから」



 うぐっ!?


 不純な動機でしかないオレには響く言葉だった。



「と言う訳で、この業界はいつも人手不足なんだ。だから佐久間くんは頑張って続けて欲しいよ」



 オレへの期待と「逃げないでね?」という気持ち半々といった表情で百道さんが目配せする。きっと今までもすぐにいなくなってしまった人がたくさんいたんだろう。さっきの苦い顔の意味がわかった。


 無論、逃げる選択肢はない。オレはまののんに近づくと言う目的があるし、ここ以外にその目的を達する手段はないからだ。もういらないと言われたって、その理由を分析して、改善して、何とか食いついていく覚悟で頑張るだろう。


 話がひと段落したので、オレはもう一つ聞いてみる。



「そういえば、アカデミー時代に作家コースの人達が、女性声優さんと結婚したいと言ってた人がいたんですけど、お二人もそういう事を考えたりするんですか?」



 正直、言ってたのが作家コースの人だったか覚えていないが、コレは絶対に聞いておきたい。オレの目的に直結するかもしれない質問だからだ。作家コースの方々すみません。



「声優さんかぁ……」


「声優さんなー」



 何だ? 二人ともあまり反応がよくないぞ?


 最初に口を開いたのは百道さんだった。



「いろんな女性声優さんと一緒に仕事をするけど、結婚相手として見た事は一度もないね。佐久間くんが聞きたいのって、仕事上の関係は一旦置いてって意味だろうけど、そうだとしても俺は勘弁だなぁ」



 なん……だと?


 いや、オレみたいに特別好きな声優がいなければ百道さんのような反応が普通かもしれない――が、百道さんの言い方には棘がある。


 何というか、声優そのものがダメって言ってる様に聞こえるのだ。



「百道さん的に気にかかる事でもあるんですか?」


「声優と言うか、役者全体にね。あの人達はみんな我が強いんだ」



 それは普段近くで見てる百道さんだから出てくる感想だ。役者って勘弁するくらい我が強い人が多いのか。


「売れてる役者は心に一本筋を持ってるからね。こちらがディレクションをすれば、基本的には仕事と割り切ってやってくれるんだけど、中にはどうしても我が強くでる人もいるから……ご機嫌とりしないと帰らんばかりの人もいるし」


 これは完全なる裏話だ。百道さん、さっきとは比べ物にならないくらい苦い顔してるから、よっぽど嫌な目にあってきたに違いない。



 「若い子は割とその辺り折り合いつけてくれる時代になったけど……それでもたまに、ね。仕事に熱意がある証拠なんだろうけど、そういう人達とプライベートでも深く関わるのは絶対疲れるよ」



 どう聞いても心の奥底からの本音だ。百道さんは絶対に声優さんと付き合うのは無理だな。


 山崎さんはどうなんだろう?



「俺も声優さんはやだな。仕事仲間としてっなら全く問題ねーし、プライベートの付き合いがあってもいっけど、結婚すんなら一般女性だわ。ぜってーに一般女性一択」



 こちらも百道さんと同じく、取り付く島もなかった。


 ――これは競合相手が少ないと喜ぶべきなのか? オレも身近で仕事をする様になるとそう考える様になってしまうのか? 複雑な感情に揺さぶられる。



「あ、佐久間君に誤解されたくないから言うけど、別に俺達は声優さんが苦手って訳じゃないんだ。あくまで一人の人間として相手にした場合の話だからさ。仕事相手としてなら素敵だと思うし、異性として魅力的なのもたしかだよ。芹沢さんもいい子だと思ってるから――ん?」



 突然のバイブ音。百道さんのスマホが鳴っていた。



「ごめん。ちょっと離れるね」


 どうやら仕事の連絡がきたらしい。百道さんは画面をスライドしつつ内容を確認すると、席から離れていった。



「この質問は佐久間くんの答えも気になんなー」



 百道さんが離れた後、山崎さんがタッチパネルで焼き鳥を注文しながらオレを見ていた。 


「佐久間くんは声優が結婚相手ってのをどう思ってんだい?」


 これはオレが振った話題だ。なら、百道さんと山崎さんだけでなく、オレも答えなければなるまい。


 無論、ここで本心を語るワケにはいかない。当たり障りのない解答をするのが正解だ。


「オレはまだ分からないですね。芹沢さんを見てると凄いなとか、頑張ってるなとかは思いますけど。付き合うとか、結婚にまで気持ちが発展するかどうかは何とも。今のところはただの仕事仲間って感じです」


「んんんー? なーんか言葉が多くて怪しすぎんぞー? 動揺が見えまくんなー? どっちにも揺れてんの装って、微妙に本心を隠してんじゃねぇかなー? んんんー?」


 な、何だと? 山崎さんエスパーか!? たしかにお手本みたいな当たり障りない返答だから、深読みすればそう受け取れるけれども。


 さすが凪杦さんが尊敬する構成作家というべきか。パーソナリティを好きにさせる力とは、相手を見抜く力に直結しているのかもしれない。つまり本心を悟られそうで怖い!


「ま、仕事に支障でねーなら、俺はどっちでもいっけど」


 山崎さんは運ばれてきた新たな焼き鳥をバクバクと食べ始める。


 これは事無きを得た――のか? まさか山崎さん、既にオレの本心を見抜いてないよな? 


 山崎さんがどう思ってくれていても、オレの目的を知られて良い事は何もない。


 まののんの彼氏になりたいという目的だけは絶対にばれない様にしなくては。


「佐久間くん!」



 ドタドタと音がしそうな走りをして百道さんが戻ってくる。



「佐久間くんにいい連絡が来たよ! なんと仕事の話だ! また俺とペアなんだけど、生放送の特番だって!」


「本当ですか!」



 やった! 新たな仕事だ! これでまた一歩まののんに近づけるぞ!



「でも、生放送だといつも以上に難易度高いですね」


「俺達の番組はいつでも生放送で戦える様、収録も生っぽくやってるから、心配しなくても大丈夫だよ」


「百道さんにそう言ってもらえると、何とかなる気がします」



 凄いディレクターに元気づけられると、それだけでポジティブな気持ちが溢れてくる。



「特番なら、番組はレギュラーではなく、その一回だけなんですかね?」


「今のところはそうみたいだね」



 てことは、この特番の評判によってはレギュラー番組に昇格したりするかもしれない。


 もちろんそんな確率は低いと理解している。でも、可能性があると思うと、さらに目的に近づけるチャンスが生まれたように思えて、拳を思わず握りしめてしまう。



「ただ、この特番のやっかいなのは、作家が決まっていないんだ。俺達で候補を出さなくちゃならない」



 うーん、と百道さんが唸る。



「たまに座組が決まりきってないのはあるけど、今回はちょっと特殊だね。まあ、羅時原さんだからなぁ」



 まさかの羅時原プロデューサーの名前が出た。


 同じ文化放送のB&Dにいるんだから、いつか仕事をするかもと思っていたけど、まさかこんなに早く機会が巡ってくるとは。


 凪杦さんの話を聞いたからあまり良いイメージはないが、オレが売り込みをしたのが功を成したんだと喜びたい。


「来週、出演者を含めたミーティングをやるからスケジュールを空けておいてね」


「そういえば、その番組の出演者は誰なんですか?」



 百道さんがスマホの画面をスクロールしてメールの内容を確認する。



「えーと、声優の澄嶋真織さんだって」




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