第21話 大好きな声優に会えました
その日はいい天気だった。雲はあったが、陽がよく差す日で、風も少し吹いて過ごしやすい日だった。つまり良い天気だった。
「いい天気。ああ、良い天気だ。どうあがいても良い天気すぎるな」
オレは打ち合わせの時間よりもずっと早く栄化放送にやって来て、すぐに駅へ引き返して、栄化放送とは真反対の道を歩いて、意味もなくコンビニに入って――そんな行動を繰り返し、落ち着かない時間を過ごしていた。
「今だけ。今だけ浮かれる。今だけは浮かれる。そんで、栄化放送に入ったら完全に切り替える」
まののんと対面できるのを喜ぶだけのファン心が残っているのを実感する。
思うのは仕方ない。うむ、その通りだ。対面には出さずとも、心まで欺くのはあまりに至難のワザだとオレは実感している。
今日、オレは澄嶋真織と完全な他人ではなくなって仕事仲間になる。
あと少しで、アニメやテレビやライブやラジオ越しではない、リアルのまののんと顔を合わせる。その他大勢のファンが握手会なんかとするのと違って、芹沢さんの時のようにお互い自己紹介をするのだ。
オレはここを第一目標として頑張ってきた。だから今日は人生で一番幸せな日な筈なのに、いつも以上に普通の日すぎて勿体ない気までしてくる。
「行くぞ……」
そろそろ会議室に行く時間だ。入館証を確認して栄化放送に入り二階に上がる。受付のお姉さんに挨拶を交わしてエレベーターに乗った。
十二階について会議室に入る。まだ誰もいない。
オレは荷物を置いて机に座り、反対側に座るまののんを想像した。全然具体的にならなかった。
うう、緊張しすぎてだんだん気分が悪くなってきた。誰でもいいから早く来て欲しい。誰かと話せば一気に現実に戻れる筈!
「お疲れ様です」
ドアが開かれ女性が入ってくる――ん? 女性だと?
「本日はよろしくお願いします。沢渡オフィスの澄嶋真織です」
まののんが最初にくるんかいいいいいいいいいいいいい!
なんでスタッフじゃなくてタレント(声優)が最初に来る!? え、集合時間間違ってないよな? オレが早く来てなかったら、誰もいない部屋にタレント(声優)一人な状況じゃねーか! しかし、もう新人って感じでもないのにまののん早く来て偉いなぁ。え、今日の服装めっちゃ可愛いくね? 顔が幼い感じなのに、ちょっとボーイッシュなトップスでギャップがいいし、それにロングスカートを合わせてるから可愛さが抜群に出てる。全体的に白と明るめのグレーでまとめてるから、長い綺麗な黒髪が映えてるな。あ、髪もサラサラだ。いい匂いしそう。
「こちらこそよろしくお願いします。ADの佐久間です」
ちょっといたずらっぽい大きな目に、上品な口元、整った顔立ちが作る、その誰でも好きにさせてしまう様な天使の様な笑顔は、オレが死ぬほど知っている笑顔だぁ! あ、後ろの背の高い女性がマネージャーさんかな? キリッとしたかっこいい人だなぁ。まののんを大切にしてあげてください。でも付き合うのはオレです。そこは勘弁していただきたい。
「すいません。まさかこんなに早く来られるとは思っていなくて。すぐに他のスタッフも来ますので」
ダメだ! 脳内がキモいコメントばかりで埋まっていく! 止まらんぞぉぉぉぉぉ!
色々で様々なコメントが頭をよぎるが、今ここにはオレしかいない。オレが責任もってまののんを案内しなくてはならないのだ。
今この場でまののんが頼れるのはオレしかいないのだ!
「どうぞ、こちらにお座りになってお待ちください」
頑張ってるぞオレ。鼻血を吹き出すのをどうにか阻止した。
「はい。では失礼します」
スタスタと姿勢良く歩いて反対側に座ったまののん(とマネージャー)の動きがとても綺麗で目を奪われる。
芹沢さんは身近で親しみやすいのが魅力だと思うが、まののんは細やかな所作すら美しく思えてしまうのが魅力だと思う。
「今日はいい天気になりましたね」
おい! なんだコレは!? まののんがオレに話題を振ってきたぞ!
天気の話だなんて! これは完全にオレに気を使ってくれているじゃないか! なんて良い子なんだ! つか、マネージャー喋ろよ! タレント(声優)に気を使わせるなよ! って、すいません! この空間では永遠に黙っててほしいです!
まののんがオレ個人に話しかけている。つまり、当然オレは会話を続けなければならない。
オレは笑顔を総動員してまののんを見ると、天気の話題に返答した。
「ええ本当に。せっかくの記念日なのでいい天気になって良かったです」
意味不明な本心発言が飛び出した。
ああああああああああー! せっかくの記念日って何!? これ美姫香に散々言われた、言わなくていい事じゃねーか! つか、悟られてもおかしくない発言だぞ! マネージャーがオレへの不信感に塗れて然るべきなんじゃないか!?
いかん。どうにかフォローできる発言を――いや、ヘタに弁解すればさらに言わなくていい発言が飛び出るのでは? ぐっ、オレは一体どうしたら――
「そうですね! 記念日ですもんね!」
えー、なんでそこで天使の笑顔をしたまま話題を変えずに会話を続けてくれるんですか! 聖人ですか! 何でも綺麗な世界になっちゃうんですか! 可愛すぎるぅ。
「そ、そうです! 記念日ですから!」
まののんは意味不明ながらもオレに合わせよとしている(よな?)のが伝わってくる。
まののんはニコニコしているけど、オレにそんな純白の笑顔をみせてはならない。オレはあなたに対して気持ち悪い思考が止まらない人間あり、あなたが好きすぎていつもの自分を保てていないんです。そんなヤツをまともに取り合おうとしてはならない。侮蔑に塗れた言葉で罵ってくれたほうが――それはそれでいいのでは?
ダメだ。今のオレはイカれている。誰か早く助けろ。
「「お疲れ様です」」
やっと神様がヒーローをよこしてくれた。
百道さんと凪杦さんだ。
「お待たせしてしまってすいません。羅時原も間もなくやってきますので、もう少々お待ちくださいね」
百道さんがオレの右隣りに座り、左隣に凪杦さんが座る。
凪杦さんはオレと違って完璧な仕事モードで、冷静にパソコンを立ち上げていた。
この仕事の話が出た後、誰を構成作家に選ぶか、山崎さんも含めて色々と話し合った。 一番の問題は予算が確保できず、どうしても名うての作家は採用できなかった事だ。
山崎さんに入ってもらえれば完璧だったのだが、それは無理なので、新人から探す流れになった。
台本が命の番組で新人採用と言うのは怖かったが、山崎さんが仕事にならない範囲で手伝うと、新人でも問題ないと言ってくれたのだ。
「気にするこったねぇよ。ワキでちょろちょろっとやんだけなんだ」
ちょろちょろっとの時間だろうと、仕事に時間を使えばそれは立派な仕事になる。仕事にならない範囲なんてないはずだ。なのに、山崎さんは協力してくれると言ってくれた。
きっと相手が百道さんだからだろう。二人の仲が良くなければ、山崎さんは手伝うなんて言わなかったはずだ。
百戦錬磨の作家のフォローがあるならと、オレは凪杦さんを推薦した。オレは凪杦さんの番組に対する熱意を知っているので、いつか一緒に仕事をしたいと思っていたのだ。
百道さんと山崎さんは何も反対せず、オレの推薦を受け入れてくれた。凪杦さんの推薦はあっさり通り、オレはすぐに凪杦さんにメール連絡した。
すると、秒で返信がきた。
『な、ななななななぁぁッ!? ホントですか佐久間さん!? 嘘だったら一生タタリますからねッ! ブチ殺した上に八つ裂きにして揚げ物にして魔の供物にしちゃいますからぁッ!』
凪杦さんのテンションとモチベーションはとんでもなかった。その後、すぐに百道さんと山崎さんとオレのスケジュールを調整して、打ち合わせの場所まで確保してくれたのだ。そして番組の企画をこれでもかと準備して、百道さんと山崎さんに熱烈アピールしていた。
あんな必至な(壊れた)凪杦さんは初めて見た。今は隣で冷静に議事録を取る準備をしているが、あの時はブレーキの壊れたダンプカーになってた凪杦さんがちょっと怖かった。仕事を得られる人種ってのを客観的に見られた(?)気がする。
百道さんが気の利いた話で間を繋いでくれていると「ごめんごめーん」と待ち合わせ時間に少し遅れて羅時原プロデューサーがやってきた。以前、オレが初めて会った時と全く同じだ。この人は遅刻がデフォルトなんだろうか。
羅時原さんはスタッフ陣と出演者が両方見られる少し離れた場所に座った。
「では、全員揃いましたのでミーティングを始めます。進行は私、ディレクター百道が担当しますね」
百道さんがいつもの調子で話し出す。この喋りを聞いていれば、オレもいつもの仕事モードで臨めそうだ。
「今回の番組は、澄嶋真織さんが出演するソーシャルゲーム“エレメンタルディラクション”の宣伝番組という事で、リリース前のゲームの紹介をしつつ、企画で澄嶋真織さんの良さを出せればいいなと考えています」
これは番組の基本構成である。宣伝ばっかりやってもユーザーは面白くないし、かと言ってパーソナリティーを推しすぎてもユーザーの反感を買う。ゲームの内容が少し重くなってきたところで、気分転換に遊びを入れるのがベストの構成なのだ。
普通ならこの手の番組は配信で行うのがセオリーだ。ラジオでは、ゲーム紹介なのに肝心のゲーム画面を伝えられない。
なので、今回の番組は生でラジオを進行しつつ、公式ツイッターでゲーム画面などを視聴者に見せていくらしい。視聴者の協力あってのやり方にびっくりしたが、それくらい宣伝予算が少ないのだろう。
ラジオならカメラマンも、スイッチャーも、映像出しのスタッフも必要ない。お金をかけないという点で言うなら、ラジオにかかる製作費は配信にくらべて驚くほど安い。
企画内容から察するに、この宣伝番組にまののんを器用するのも英断だっただろう。全体予算のそれなりをまののんに使ったはずだ。
なので、その分企画で工夫しないと、何にも残らない番組になってしまう
「クライアントからは、ゲームをしっかり伝えたいってお願いされてるから、企画もゲームに絡めた内容がいいよね。たまに全然関係ない企画入れたりする番組があるけど、そういうのはやめてほしいな」
さっそく羅時原さんから注文が出た。ゲームの宣伝番組だからゲーム関連にしたいのは勿論なのだが、ここで安直な考えに従ってしまうと、結論はだいたい決まってしまう。
羅時原さんは、まさにその流れにもっていこうとしている。もちろん、その理由はさっさと終わせたいからだ。
このミーティングをコストと考えているだろう羅時原さんは、手早く定番の流れにまとめて、さっさとミーティングを切り上げたいと考えている。
オレはそれが分かっているから黙っているし、凪杦さんは分かりやすく口をぎゅっと閉じている。
まののんの様子を見ると――少しテンションが下がっている様に見えた。ニコニコと笑顔を作ってはいるが、前のめりな姿勢ではなくなっている気がする。
一方、百道さんは羅時原さんが言ってる事は仕方なし――という空気は出しつつ、オレ達に別の提案を出させようとしている。本当に百道さんが羅時原さんに倣うなら、さっさとミーティングを終わらせるはずだからだ。
「凪杦さん。なんかこれって言う企画あるかな?」
百道さんから凪杦さんへパスが渡った。これならこちらから自然に新しい初期案を出せる。羅時原さんが例の定番を言い出す前にイニチアチブを取れる流れだ。
「そうですね――」
「定番だけど、キャラのセリフの生アテレコとかどうかな?」
しかし口を割ったのは凪杦さんではなく羅時原さんだった。そしてこの場の誰もが嫌う例の定番を、狙いすましたかの如く言い出してきた。
声優と言えば声の演技で、声の演技と言えばアフレコ・アテレコ。
それを、ただ単にそのまま生で見せるのが消費者の求めているモノ。
声優系の番組にはこの考え方が蔓延している。
そして、これはまだ声優がメディアに顔を出すのが珍しかった九十年代後半で時が止まった考え方である。
確かに一部で需要があるのは否定しない。だが、すでにここまで声優が顔出しをする様になった現代では、この企画をそのまま採用するのは「なーんも考えていません」と主張する様なものだ。
はっきり言って古い。
変化についていけない老害の考えだ。
今の消費者にそれを全面的に肯定する者は希有なのである。
「ラジオでしか聴けない台詞なんかを用意すればいいと思うよ」
百道さんもそれは同様で、出来るならそれに頼りたくない考えなのは知っている。
凪杦さんに限っては最もそれを嫌っている。
もちろんオレも含め、百道さんも凪杦さんも声優のアフレコが面白くないと思ってるワケではない。台本とアニメーションという制約の中、魂を削ってお互いの芝居をぶつけあう熱い空間は絶対に素敵であると理解している。
しかし、その熱い空間はラジオや配信で伝わるワケがないのだ。もしそれで伝わるなら、舞台や朗読劇の意味がなくなってしまう。
繋がりのない台詞の一部だけを切り取ったものを演じて、その熱を表現するのは困難であると理解しなければならない。
スタッフならば尚更だ。
「最初にゲームの説明をして、ダレてきたらアテレコやってさ。最後にプレゼント企画をやればユーザー的にも満足感高いんじゃないかな」
何言ってんだテメーは! クソアイデアって自覚しろや! 誰でも思いつく初期状態の構成じゃねーか! それでいいならこのミーティング必要ねーだろ! そんなのテメー豚一匹でやってろや! スタッフと出演者を無理やり納得させるために設けた時間をミーティングって呼ばねーんだよクソ野郎! 一生豚小屋から出てくんじゃねぇ! トンカツにする価値もねえんだよ!
「…………」
と、隣に座っている無言の凪杦さんからそんな感じな心の声が伝わってくる。
さっきからずっと凪杦さんの顔は強ばったままだし、羅時原さんが関わってくるといつもこんな感じなんだろうか。さっきは発言チャンスを取られたし、そんな打ち合わせが普段なら修羅すぎる。
現在、この場は羅時原さんペースになっている。だが、今やっているのはミーティングだ。プロデューサーの思惑であれ撥ね除けられる場でもある。
こうなったらこちらからガンガン代案を出して別の形に持っていこう。ディレクターも、ましてや構成作家もいるのに、ADがしゃしゃり出るのはどうかと思うが、オレが先陣を切らせてもらう。
「ゲームに絡めるのでしたら、部活に関連する企画がいいんじゃないでしょうか」
まののんが出演するエレメンタルディラクションというゲームはローンチ前だが、それなりに情報は出ている。いわゆる多ヒロインもののアドベンチャーゲームだ。廃校を控えた学校内で、各ヒロインが所属する部活を強くしていき、全国大会で優勝させて廃校を救うというものである。
昔の恋愛ゲームにありがちな設定だが、それにソーシャルゲーム的な、キャラクターを集めて部活を強化していくという要素が加わっている。まののんが声をあてているキャラは演劇部なので、メインストーリーは演劇部になる。しかし、ガチャで水泳部のキャラを引くとそのキャラは強制的に演劇部に入部になり、それがツッコミどころのゲームでもある。
「例えばゲームに出てくる部活ごとのミニゲームを実際に澄嶋さんにやってもらうとかです。ラジオで音しか聞こえないので部活の選択は考えなければいけないですが、よりユーザーにゲームの内容を分かってもらえると思います」
「それは小道具なしで出来るのかな? 仮に軽音楽部のミニゲームで楽器を使うとなったら、その為の楽器は購入できないよ」
あくまで予算が無いのを武器にこちらを潰しにくるか。
ローンチ前のゲームだから、内容を完璧に精査出来ないのが辛い。完全に知ってるゲームなら、音だけで出来る部活を選別して企画を先に用意できたのだが。
「でも部活を絡めると言うのは面白いですね。ゲームの中の部活じゃなくても、澄嶋さんが学生時代にやっていた部活にフィーチャーするとか。参考にしたいんですが、澄嶋さんは何の部活をやってましたか?」
百道さんからナイス質問が飛んだ。ちなみに、それはWikiにも載っていない情報なので、個人的にも超超超知りたい。
「中学時代はテニスをしてました。高校は演劇部ですね」
テニス部……素敵だ。髪をポニテに結んで、コートの中を必死に走り回るまののんを観たかった……
「流石にブースの中でテニスはできませんが」
ここで羅時原さんにはしごを外された凪杦さんが動く。
「動きの少ない壁打ち卓球くらいなら出来るかもしれませんね。昔のバラエティ番組みたいに、なにかテーマワードを決めてそれを言いながら何回ラリーできるか挑戦みたいな」
ラジオなのにパーソナリティを動かすとか、さすが凪杦さんだ。提案がちょっと飛んでるのは、勝手に師匠と呼んでいる山崎さんの影響を色濃く受けているからだろうか。
オレはブースの中でそんな事ができるか想像してみたが――マイクがきちんと音を拾い切れない気がする。でも、逆にその拾い切れない感じが臨場感があって面白いのかもしれない。
でも、ちょっと待て。これってまののんの負担が大きくない?
チラッとまののんの方を見てみる。
「挑戦……フフ」
まののん――なんかワクワクした顔をしてるぞ。内容よりも挑戦という言葉に反応している様だ。挑戦とか勝負とか言う言葉に熱くなるタイプなんだろうか。よし、可愛い。あ、でもマネージャーさんが若干ハラハラしている。
「機材を壊されたらたまったもんじゃないから、動きのあるものは勘弁してもらいたいな。それにパーソナリティの負担が大きいから、もっとコンパクトなものがいいね」
羅時原さんもオレと同じような事を思っていたらしい。やっぱそうだよな。でも、この人が言うとなんか納得したくなくなる。
「クライアント的にも、そんなに尖った番組は希望していないからさ。企画にそんな力をいれなくていいよ。それよりも台本を早めにあげて提出したいから、さっき僕が言った企画で書いてもらって、初稿にとりかかってもらえるかな。えーと、何さんだっけ」
「凪杦です」
「あーごめんね。もういい歳だから、難しい名前は覚えられなくてさ。本当ごめん」
両者の間でバチバチ火花が散っている。
羅時原さんはなんでこういう話し方をするんだろうか。誰も幸せになれないと思うんだが。
「ちょっと別件があって抜けなきゃいけないから、百道くん、後まとめておいてもらっていい?」
遅れてきたくせに、言いたい事だけ言ってトンズラする気かこの人。
プロデュサー不在では内容を固められない。このままだとこの人の言う通りにするしかなくなってしまう。どうにか引き止めて説得しなければ。
「あ、そうだ。稲積(いなずみ)さん、ちょっといいかな。」
稲積? この中だとまののんのマネージャーさんか? あかん、まののんで頭いっぱいだったから挨拶忘れていた。
羅時原さんに声をかけられ、まののんの隣でやり取りを静観していた稲積マネージャーが立ちあがった。羅時原さんと一緒に部屋から出て行く。
「これは逃げられたなー」
百道さんがぼそっと漏らす。あ、なるほど! こうやって部屋から出て行って、もうここには戻ってこない算段か! ズルすぎる!
百道さんは何度もこういう場面に立ち会っているのか、平然としていた。そして、凪杦さんは苛立ちながら議事録を打ち込んでいる。
「…………」
マネージャーが部屋から出ていったため一人残されたまののんは、悲しいのか、呆れたのか、それらが入り混じった複雑な表情をしていた。
「凪杦さん。申し訳ないんだけど、一旦羅時原さんの言った内容で初稿を書いてもらえるかな。ただ企画は変更になる可能性があるから、その部分だけ差し込み出来る様にしておいてもらえると嬉しい」
凪杦さんは不服そうな顔はするものの、百道さんが悪い訳ではないとわかっている。
「承知しました」
凪杦さんはすぐに仕事に取りかかる。
やれと言われればそれをやるのが専門家(プロ)である。それはここにいるオレや百道さんも同じで、もちろんまののんもだ。
オレ達は企画会議でプロデューサーにこうしますと言われたら「分かりました」「頑張ります」としか言えない立場である。だから決まった事に関しては何も言わない。
何も言わないが――何か言いたくはあるはず。
だからオレは少しだけ自分の暴走を許した。
「澄嶋さん。やっぱり企画に思うところがありますか?」
オレは言ってはならない事を言った。
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