第18話 声優番組というモノを考えてみる!
B&D番組の番組で使う楽曲やSEは、音源管理室に保管されている。最新のヒットナンバーから、昭和の名曲も網羅しているので、その数は膨大だ。
勿論、その膨大な楽曲が勝手に整理されていくワケがなく、すべて人の力で行われている。
ここを管理しているのは事務局だが、事務局だけでは手が足りず、在校生や卒業生にも声がかかったりする。
今回の事務局からの手伝い依頼は、その楽曲整理の仕事だった。スケジュールが空いていたので、暑苦しいくらいの返信をしたら、すぐに連絡が来た。同じディレクターコースのメンバーが事務局に入ったのもあって、手軽に使ってもらえてるのかもしれない。
「まさかここで凪杦さんと遭遇するとは思わなかったな」
「フフフ、そうですね」
合同飲み会で出会ってから、あれ以降も凪杦さんと何度か飲みにいっている。年齢も近いのもあって、仲良くなるまで時間はかからなかった。
「佐久間さんの会社は融通が利いて羨ましいです。私は今日のような日曜日の案件なら問題なく参加できますけど、平日の場合は会社を無理矢理早退するしかありません。もちろん、白い目を向けられても早退できるだけ良いと思うべきなんですけど」
凪杦さんは卒業後、イベント手伝いで知り合った先輩作家さんの現場にサブ作家として参加させてもらっているらしい。幸い収録は夜なので、なんとか仕事をしながらでも両立できている様だ。
「早く構成作家一本で生活できる様になりたいです」
「またまた。凪杦さんならすぐだよ。卒業制作の台本、凪杦さんが書いたんでしょ? めっちゃ面白かったよ」
今更ながら、凪杦さんとは卒業制作のチームは別れてしまった。こちらの企画はオレを中心に台本を作ったが、もう一つのチームは凪杦さんが作った台本で番組制作をしたらしい。
「あ、ありがとうございます……嬉しいです」
凪杦さんが頬を赤らめながら俯く。かなりストレートに褒めたので、恥ずかしくなったようだ。
「そっちのチームの卒業制作聞きましたよ。安木さんに相撲をとらせるなんて、佐久間さんやりますね」
「安木さんの趣味に相撲を見つけた時、勝利を確信したね。やっぱパーソナリティを調べるのはすんごい大事だ」
「間違いありませんね。私の方もたまたまお面白い趣味を隠し持ってる人だったので良かった――ちょっと待ってください。もしかして、招かれたゲストを深く取材すれば面白い企画のヒントが出る、なんて人をアカデミー側は選んでませんか?」
「どうかな。そういう人ってなかなかいない気がするけど。でも、もしアカデミー側が用意してるなら、なかなかの試練だな」
卒業制作にそんな仕込むをするなんて手間かけすぎだと思うが、オレは完全に否定できない。刻土さんはオレと安木さんを見てニヤニヤしてたもんなぁ……
「あ、そういえば凪杦さんのところの番組って羅時原プロデューサーなんだっけ。羅時原さんには会った?」
すると凪杦さんのの顔がやや曇った。
「……何回か会いましたね。佐久間さんも羅時原さんに会った事あるんですか?」
どうやら凪杦さんは羅時原さんにいい印象を持っていないようだ。オレもあの人はちょっと気になる性格だと思っているが――何かあったんだろうか。
「一回だけど少し話した。ちょっと無視されたりもしたけど。凪杦さんはどうだった?」
「……プロデューサーとしては優秀なのかもしれませんが、個人的には好きでありません。番組に対して愛着が無さすぎます」
表面的とはいえ、オレが「楽しみに聞いています」って言った番組を「面白くないでしょ」って言う人だからな。愛着が無いというのは同意できてしまう。
「あの人はお金を回収するという点だけに執着しすぎなんです。適当な内容で番組を作って、適当なタイミングでイベントを開催する。そして適当にグッズを売って、お客さんが離れていけば番組終了……誰の記憶にも残らない番組をどんどん作っています」
羅時原さんに限った事ではないが、こういった番組はそれなりに多い。
人気の声優が出ているというだけで、なんの中身もない番組を作る。公式ツイッターの更新もまばらで、たまに思いついた様にイベントを開催し、陰りが見えるといつの間にか終わっている。
「結果的にそういう番組になってしまったのなら仕方ありません。様々な都合というモノが重なってしまった結果だと思いますし、需要を読み切るのは本当に難しいですから」
こんな番組は一ヶ月も経過すれば二度と誰も思い出さない。記憶から消えてしまうのだから当然だ。完全に使い捨てられた番組は人に何も残さず、ただの消費物に成り下がってしまうのだ。
「ですが、最初から面白くしようとしない! 何の熱もない! 誰の記憶にも残らない! そんな番組を良しとする羅時原プロデューサーは絶対間違っています!」
初めて会った時にも感じたが、凪杦さんは番組制作や台本を書く事に対して高い熱量と責任を持っている。常に命をかけて向き合う人だ。
そういう人にとっては商業主義と言うか、いわゆる羅時原さんみたいなタイプは好きになれないだろうな。
「やっぱそういう人か。羅時原さんって、もう雰囲気がそんな感じだったもんなー」
「羅時原プロデューサーを見ていると、作り手は作りたいモノを必ず作れるワケではないと思い知らされます……」
安木さんの“ヨリヨリ放送局”もそうなのかと思うが、可能性は高いだろう。
ただの聴取者である半人前(アカデミー生)のオレが面白くないと思っているのだ。スタッフ達(プロ)がそれを分かってないワケがない。
勝手な想像に過ぎないが、スタッフ達(プロ)はもっと面白くしたいし面白くできると思っているが、それができず苦しんでいるんじゃないだろうか。色んなしがらみがあるせいで、今のような内容になっているのかもしれない。
「愚痴ついでに、もう一つ話していいでしょうか?」
凪杦さんはガンガン喋るタイプじゃないはずだが、珍しく喋りたがっている。
オレはどうぞどうぞと首を振った。
「私が今関わっている番組なんですが、いわゆる“声優がかわいい声を出すだけの番組”なんです。本当にそれだけの番組なんです」
それはなんというか……凪杦さんは途轍もなく苦手そうだ。
「別にそういった番組を非難しているワケじゃありません。需要と供給が釣り合っているのならあって然るべきです。ですが、予算を削りたいだけで内容を精査しないなら話は変わります」
凪杦さんは拳を振るわせながら話しを続ける。
「あの番組は予算を削りたいからずっと喋ってるだけなんです。予算をかけないが第一なんです。そのせいで、パーソナリティの方もだんだんその空気に流されてしまって、最近はトークの話題も集めてきません。こちらから提案するコーナーに対しても……やりたくないって言いだしちゃいました」
「……マジ?」
「本当と書いてマジです。パーソナリティ側も努力を怠り始めちゃいました……」
そういう話はショックを受ける。勝手な押し付けだが、出演者は仕事と言っても自分の魅力をアピールする場でもある。聴取者に対して誠実であって欲しかった。
「そうなるとこちらのモチベーションも下がってきます。制限はキツいけれど、どうにかして面白くしよう、なんとかして良い番組にしようと……でも、そんな考えは間違ってると思えてきてしまうんです」
「ちなみにリスナーの反応はどうなの?」
「それが……悪くないんです」
なら、結果(ビジネス)としては悪くない――とオレは思いかけたが、凪杦さんは「ですが!」と首をブンブン振る。
「あの番組はそこそこ長く続いています。なので、今いるのは底の深いところにいる人達だけなんです。新規がおらず、メールはいつも同じ人達からしか来ません。残ったリスナー達だけのたまり場になってるんです。そして、その人達は面白い番組を求めていない。とても変化を嫌っています。出演声優のちょっとドジな話とか、かわいいセリフとかが聞ければ、それでいいみたいです」
ディープなファンと言えば聞こえはいいが、それは要するに番組を自分達だけの居場所にした人達だ。
その人達は新規リスナーを獲得できる変化を拒否し、そういった動きを全力で否定しに行く。
「そうなると、番組の方針はどんどんそっちに向かってしまいます。プロデューサーとしても、増えるかどうかわからない新規層より、今いる人達にお金を出してもらった方がいいと考えます」
どんな人達であれ、番組をしっかり支えてくれるリスナーが残っているなら別に――と言いたい所だが、こうなってしまった番組は必ず悲劇に襲われる。
「でも新規層が増えないと……」
「佐久間さんの思っている通りです。絶対に息切れします」
可愛いのみを求める声優ファンは非常に飽きやすい。
何故なら凄いスピードで次の可愛い声優が出てくるからだ。
最初はその声優さんにぞっこんで、「この人の為なら死ねる」とか「この人を一生推す」とか言う人は多いが、ちょっと顔のいい声優や、自分の好きなアニメキャラの声をあてた声優が出てくると、ふらっとそちらに流れていく。
しかも流れるだけならまだマシで、何故か以前好きだった声優さんのアンチになる人もいる。無論とても始末が悪い。
もちろん、全ての声優好きがそんな人種ではない。だけど、そういう人も多いという事実から目を離してはいけない。
だから新規層はどんどん取り込むべきなのだ。今のファンはいつか必ず去ってしまうし、そもそもファンを増やす努力を怠ってしまえば声優として終わってしまう。
何だってそうだが、新しい風が入ってこなくなったモノは必ず崩壊していく。
声優とはエンタテイナー(声優)である。興行者(声優)なのだ。それを忘れてはいけない。
「そういう話を聞くと、なんだかやるせなくなるな」
「言いたくありませんが……仕方ありません。リスナーの欲するものがそれで、それに制作側が応えてる結果ですから……」
言いながら凪杦さんは更に落ち込んだのか、二人で黙って黙々と作業をする時間が流れた。
これはいかん。オレはなんか気の利いた話題はないかと脳内を探っていると、凪杦さんの方から話題を振ってくれた。
「そういえば佐久間さんがアシスタントしてる番組の構成作家さんって誰なんですか?」
同じ構成作家として気になる部分なのだろう。そういえばその辺りの話をしていなかった。
「山崎さんって人。ちょっとぽっちゃりした感じの。口は悪いかもだけど、人当たりの良い人だよ」
「山崎さんって……え? あの山崎さん!? “たつゆう”とか“説教タイムズ”の山崎さんですか!?」
凪杦さんのテンションがいきなりトップギアに入った。
「もしかして凪杦さんの好きな作家さん?」
「大好きですッ! 私がずっと聞いていたラジオの作家さんです! 仕事で辛い時や、うまくいかない時を支えてくれたラジオの作家さんなんです! 私を救ってくれた人だといっても過言ではありません!」
凪杦さんにとって山崎さんってそういう存在なのか。それは確かに名前が出てきたら興奮する。オレにとってのまののんみたいな人なのだろう。
「ん? でも、そのラジオに救われたなら、普通はパーソナリティを好きになるんじゃないの?」
「山崎さんが作家をしている番組はですね! 聞いているとパーソナリティの事を好きになるんです! 私も最初はパーソナリティの方をいいなと思っていました。ですが、山崎さんがしているどの番組を聞いても、そのパーソナリティをいいなと思う様になるんです! つまりどういう事かと言うと、山崎さんは視聴者にパーソナリティを好きにさせる台本が書けるんです! それに気づいた時、私は「こんな台本を書ける人になりたい!」と思いました!」
「凪杦さん、むちゃくちゃ山崎さんのファンだな……」
「当然です! 他にも山崎さんは――」
さっきまでどんよりと落ち込んでいた凪杦さんだったが、山崎さんの話題で明るくなってよかった。オレも山崎さんの事を知りたいので、凪杦さんにはどんどん語ってもらうとしよう。
山崎さんの話は楽曲整理が終わるまで当然のように続き、それはこの後の飲み会でも続いた。
凪杦さん、どんだけ山崎さんの仕事っぷり好きなんだよ。
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