第16話 好きな声優の彼氏になるため振り返る!
「卒業おめでとう。レギュラー番組のADがもらえるなんて凄いわ。うまく計画通りに進んでいるようね」
ここのところ卒業制作で忙しかったので、美姫香と会うのも久しぶりだった。
前回のパンケーキが美味しい店はお気に召さなかったようなので、今日の集合場所はいつものファミレスにした。他の客は談笑したり、本を読んだり、パソコンで作業してたりと、いつもの見慣れた光景が広がっている。
「どうにか仕事ができるまでになった。でも、これからの具体的な行動が見えなくてな……」
「今まで通り頑張りなさい。以上」
「え? 具体的な施策無し?」
美姫香はファミレスの紅茶を静かに飲み干すと、カップをテーブルに置いた。
「良い機会ね。ここまでの颯太を振り返ってみましょう」
美姫香がオレの目を見る。
「声優と付き合うための方法。颯太はまず何をしたのかしら?」
「まず何をすればお近づきになれるのか考えた。その結果、ラジオ番組の制作が最も時間を共有できると判断した」
「その判断を今はどう思っているのかしら?」
オレは卒業制作の時の安木さんとのやり取りを思い出す。
「卒業制作で安木さんと番組作りをやったが、あの短い時間の中でも、結構話が出来た気がする。本番を経験して、また一緒に何かやりたいと思えたし、あれを毎週できるなら、オレの“時間を共有できる”という判断は間違っていなかったと思う」
「なら、B&Dアカデミーに入ってラジオディレクターを目指す、という大前提は間違っていなかったようね」
もっと良い他の選択肢があったかもしれない。とても効率的で、最短で、あっという間にまののんの彼氏になれる方法はあるのかもしれない。
だが、それを考えたらキリがないし、オレは今の道が間違っているとは思えない。
このラジオディレクターを目指す道は、少なくともオレの目的達成に近づける手段だ。 数は少なくとも、これまで行ってきた収録でその確信を得ている。
「颯太はアカデミーに入った後、何をしていたのかしら?」
「コネクションを築くため、佐久間颯太という人間のモチベーションの高さをアピールしてきた。具体的には、事務局からのお仕事依頼は可能な限り全部受ける。頼まれ事の返事は最速で返す。何か聞かれた時にすぐに提案できる様にする」
それらをやってみて気づいた事がある。
「頼まれ事を百で返すよりも、百十くらいにして返すとよく喜ばれたよ。だから、一度百五十くらいにして返したら「ここまでやらなくていい」って言われた。何でもなんだろうが、やり過ぎってよくないらしい。ほんの気持ち程度をプラス出来ると、いい評価になっていた実感があるな」
「それらの行いは何かに繋げられたの?」
「事務局の人に名前を憶えてもらって信頼感を得たはずだ。今まではイベントの手伝い連絡しかこなかったのに、この前は事務局の内部的な手伝い連絡が来た。だから「佐久間颯太は使える」って認識は持ってもらえてるはず。刻土さんからの頼まれ事も「自分にやらせてください!」って、よくやる気アピールしてたよ。プロデューサーに合わせてくれたのは、その姿勢を買ってくれたからだと思う」
相手から「またお前かい!」と思われても、しつこいくらいに自分をアピールするのは本当に大事だと思う。ディレクターコースで言う所の“卒業後の動きが決まった三人”と“そうでない三人”を分けたのはコレな気がする。
「私は颯太を近くで見てたワケではないから断言できないのだけれど、颯太が卒業後にしっかり次に繋げられたのは、自分のプラン通りに動けていたからだと思うわ」
「美姫香が教えてくれた“必要ない事は言わない”はかなり役にたった。アレを教えてもらってなかったら、いつも数言多く喋ってたな。信頼が下がってたであろう場面は多かったと思う」
「そう。ならよかったわ」
最初に聞いた時は実感なかった。毎日トイレに張った紙を見て、脳細胞に焼き付いてたおかげで、そういう局面で口を閉じられた。なんならこの半年間で一番役にたった事かもしれない。
「後はプロデューサーへの売り込みと、澄嶋真織みたいな人と仕事したいと言いまわっていたのがどう影響するかね」
オレは決して多くの経験や大きな仕事をした訳ではない。だが、この半年という短い期間でやった行動の一つ一つはオレの精一杯であり、誇るべき成果だった。
「……たしかに、今まで通り頑張るしかないか」
「あら? わかったのかしら?」
オレは美姫香が言わんとしていた内容を口にする。
「無手状態から、番組ADになるところまで来られたのは、何を求められているかを考えて、それを実行したのが大きい。つまり、ここから先も、何を求められているかをきっちりリサーチして、それを実行していくのが大事だ」
顔を伏せて考えていたオレは、美姫香に「お前が言いたいのはこういう事だろ?」と言わんばかりに顔を上げた。
「ええ、そうね。颯太の夢を叶える方法はこの先もずっとソレでしょう。求めているモノを提供するにはどうしたらいいのか、それを徹底的に考えて動くの」
美姫香は運ばれてきたフライドポテトを口にポイポイ入れながら続ける。
「颯太はプロデューサーに自分を使って貰う段階に来ているわね。だから、とにかく今の仕事を頑張って成果を出しなさい。澄嶋真織と仕事が出来る可能性を増やすために、プロデューサー達と接点を持って、自分が信頼できるスタッフだとアピールしなさい」
だから、今まで通り頑張れ。
具体的なようで具体的じゃないアドバイスだが、その「頑張れ」はオレが今も行っている内容だ。実際の仕事は失敗してはならないし、プレッシャーも大きい。でも、その分成功させれば経歴としてリターンが大きいし、何より強いアピールができる。まののんと仕事ができるという結果に収束するはずだ。
「颯太がADで参加する芹沢一果の番組なのだけど、例のむかつくプロデューサーなのかしら?」
「むかつくプロデューサーじゃなくて、羅時原プロデューサーな。芹沢さんの番組は別のプロデューサーだよ。羅時原さんじゃない」
「あら、そうなの」
美姫香はメニュー表を掴むと、顔を隠すように机の上へ立てる。
「よかったわね。コネを広げるチャンスだわ」
何を食べようか吟味しているようだが、オレはさっきのフライドポテト以外おごる気はない。
何故なら、もうコイツは既に十品近く料理を食べ終わっているのだから。
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