第13話 好きな声優の彼氏になるから対決する!

 時間よりも早く待ち合わせ場所に行くと、すでに刻土さんが待っていた。


 いつもの講師の顔ではない。仕事モードの顔だ。


 こちらも学生気分は捨てて、OJTに参加するつもりで臨む。



「こっちだ」



 刻土さんと一緒に十階にあるB&D制作部に入室する。朝っぱらだが、こんな時間にも関わらず制作部にはかなりの人がいた。雰囲気的には朝早く出勤してきて「英気も充分。これから仕事開始!」というよりは、ゾンビのような人達が徘徊して(仕事をして)いた。


 デスクの並んでいる奥に設置されている打ち合わせ机に座って、刻土さんがパソコンを開く。



「しばらくそこで待っとけ」



 オレは刻土さんと違って手持ち無沙汰なので、大人しく膝に手を置いて静かに待った。


 集合時間的におそらく八時集合だったのだろうが、時間になっても打ち合わせ相手は現れず、十五分も過ぎた頃に「ごめんごめーん」と慌ただしく男性がやってきた。



「いやー、いつもいつもごめんねコクちゃん」



 間違い無い。この人がプロデューサーだ。


 人の良さそうな中年男性で、高そうなスーツを着込んでいるが髪の毛はボサボサだ。体格はひょろいものの、背が非常に高く、妙な威圧感を感じる。ドラマで見る様な、オシャレな服装に、サングラスをかけたイケメンなイメージとは全く違っていた。



「相手が電話切ってくれなくて話が長引いちゃってさー」



 一瞬オレをチラリと見た気がするが、プロデューサーは勢いそのまま向かいの椅子に座る。



「で、今日はお金の話だっけ。なんか機材増やすの?」



 オレには一切触れずに話を始める気らしい。


 いつもなら自分から切り出す所だが、ここはオレのフィールドではない。刻土さんの反応を待つ。



「その話は一旦置いておいて、少しだけお時間よろしいでしょうか。うちの生徒がどうしても羅時原(らじはら)さんにご挨拶させて欲しいと噛みついてきたので」


「あ、この子コクちゃんの生徒さんだったの? 会社の新人クンかと思った」


 ようやくオレの存在を認識してくれたらしい。刻土さんをチラリとみると、目を瞑り、首をクイと動かして「好きにしろ」と指示してくれた。



「初めまして。B&Dアカデミーディレクターコースの佐久間と申します」



 学生としか言えないのが辛い。相手にとって何の魅力もない肩書だ。



「番組プロデューサーの羅時原です」



 特に興味もなさそうに名前だけを教えてくれた。上っ面な態度なのが丸わかりだ。さらに、オレを見ているようで全く見ていないのを隠そうともしない。


 だが、それは十分予想できた反応だ。ネガティブに思っている暇はない。まず“オレは羅時原プロデューサーを知っている”とアピールしなくては。



「羅時原さんが担当されている“ヨリヨリ放送局”毎週楽しみに聞いております」



 オレは約束の時間になるまで、刻土さんがB&Dで持っているレギュラー番組三本を確認していた。その確認した三本の中でプロデューサーの名前が羅時原だった番組は二本あり、その内の一本は毎週聞いている番組だった。ここはその番組の感想から話を切り出す。



「パーソナリティの安木さんのリスナーいじりが面白くて、元気をもらえています」



 ――正直、オレがチェックしている中では面白くないと思っている番組だ。


 パーソナリティの安木寧々(やすきねね)という声優さんの喋りが、いまいち乗り切れていなくて盛り上がりに欠けている。安木さんが別の配信番組に出ていた時は、共演者と絡みまくって腹を抱えるほど笑わせてもらったので、うまく安木さんの魅力を引き出せていないんだと思う。



「ありがとうね。でもあの番組つまんないでしょ」



 ――――自分の耳を疑った。


 今この人、自分が担当している番組をつまらないと言ったのか?



「僕はあの番組がどう思われてるかよく知ってるし。お世辞なら言わなくて大丈夫だよ」



 一瞬、この羅時原と言う人に対しての反抗心が体の中を駆け巡る。つまらないと思っておいてなんだが、大事な友達を罵られた様な気分だった。


 だが、ここで怒りを爆発させても仕方がない。その怒りを露わにした所で何のメリットもないのだ。変な間を取らず、すぐに返事をして、頭に登った血は話しながら落ち着かせよう。



「プロデューサーさんにそう言われると辛いですね。自分は結構楽しんで聞かせていただいていますよ」



 冷静に。平静に。枕話なんだから熱を入れるな。



「佐久間君だっけ? お話ってそれだけかな」



 よく漫画で見る会話の切り方だ。言われる側になると思いのほか煽られてる様に聞こえる。「さっさと話を終わらせろ」と空気で伝えようとしているのもあるんだろう。


 でも、おかげでこちから質問をしやすくて有難い。



「差し支えなければお聞きしたいのですが、羅時原さんは常に色んな番組を担当されています。そういった番組制作の中でどういう人材を求めていますか?」



 好印象を残したいが、短い時間しか与えられていないから難しい。なら、この場は聞きたい事をストレートに聞くのがベストな筈だ。



「それは僕がって事? それともプロデューサーがって事?」


「羅時原さんなら、を聞かせてください」


「……そうだなぁ。この業界はいつでも人手不足だから、良いスタッフならいつでも歓迎だけど、あえてどういう人材かと聞かれると……パシッとした答えが出てこないな」



 刻土さんの時も思ったけど、なんでこの業界は人手不足なんだ? このB&Dアカデミーからだけでも結構な人数の生徒が出てるのに。



「うーん、あえて言うなら僕の工数を減らしてくれる人かな」


「つまり自主的に動いて、先回りで羅時原さんの仕事を減らせる人、という事ですか?」



 それを聞くと目の前の中年男性は、いきなり笑顔になって声を弾ませた。



「そんな人がいてくれたらいいねぇ! そしたら僕は家に帰る回数が増えて、布団でぐっすり眠れるよ。コクちゃん、そんな人どっかにいないかなぁ」



 羅時原さんはケタケタと笑っているが、刻土さんは苦笑いしていた。


 プロデューサーって本当にそんな生活してるのか。美姫香の言ってた事が脳内をリフレインする。



「佐久間君が言うような人はなかなか難しいけど、でもやり取りが多くなるのはコストだね。だから、そういうのが少なくて済む人は大事だし欲しいよ」



 求められている人材は機材の扱いが上手いとか、企画を考えるのが天才的とかではなく“そういうのが少なくて済む人”なのか。


 ベテランプロデューサーが言っているんだ。きっと、この業界では相手だったり、次の状況を察して動くのは相当難しいんだろう。



「ちなみに佐久間君は、アカデミーで勉強しながらどういうディレクターになろうと思っているの? 聞かせてもらってもいいかな?」



 多少は関心を引かせられたのか、さっきまでそっぽを向いていた羅時原プロデューサーの体がこちらに向いている。



「自分は提案力の高いディレクターになりたいです」


 即答する。聞かれるかもしれない質問には、どう答えるか決めてある。



「ほう。と言うと?」


「ディレクターとして機材の技術はもちろんの事、誰かに相談された時にいくつかアイデアを出せる様になりたいです。佐久間に相談して良かったとか、困ったらまず佐久間に相談してみるかと思ってもらえる人材になりたいです」


 痒い所に手が届く、という例えがある。この例えは「あると嬉しいな」というニュアンスで多く使われる言葉だ。


 しかし、届かない場所に手が届くというのは「あると嬉しいな」なんてレベルじゃない。とても凄い事のだ。


 何故なら、その痒い所の多くは実現困難な事柄を指している。つまり、痒い所に手が届く人というのは、困難な事態をあっさり解決できる優秀な人なのだ。


 オレが目指すのは痒い所に手が届く人間であり、どんな困難も「コイツがいればなんとかなる」と思ってもらえる人間を目指している。まののんだって、そんな男が彼氏になってくれたら嬉しいはずだ。


 羅時原さんはオレの言った事をふんふんと聞いているが、反応からはいい返答だったのか、悪い返答だったのかの判断はできなかった。



「その相談しやすい佐久間君になる為に何をやっているの?」



 言うだけなら誰でも出来る。それを実現するために、どういう動きをしているかの証明は必要だ。


 オレはこれを言われた時の為の武器を用意していた。アカデミーに通う前からずっと準備をしており、ポケットに潜ませているメモ帳を取りだす。



「例えば、番組企画の為のアイデアを、常に百個以上用意しています」



 メモ帳にはびっしりと企画が書き込まれている。書き込まれすぎて紙がフニャフニャに変形し、今や元のサイズよりも太ったメモ帳になってしまった。


 ――これは美姫香が入学までの三か月間にオレへ課した、声優番組を毎週十五本チェックするのと平行してやらせた修行だ。


 番組を聞くのも、それを評価したり分析するのも簡単だった。既にあるものをどうにかするだけだったからだ。


 でも、この“企画を百個考える”は本当に大変だった。


 ラジオというのは、音だけの媒体で楽しさを伝えなければならない。それを百個も考えるのは苦労したし、正直最初の方に出した企画はそんなに面白いものではない。


 だが、アカデミー入学からもずっとストックを続けた結果、今では企画も二百個を越えた。後半に出したものは、実際に番組でも使えるレベルじゃないかと思っている。



「番組にとって企画は命です。もし新規番組を作りたいと相談を受けたら、自分にはこれだけのアイデアがあります」



 これは流石に効果があったのか、羅時原さんは驚きの表情をしていた。今まで無反応だった刻土さんまで目を見開いてオレを見ている。


 これは間違い無く手応えあり――のはずだ。



「そこに書かれているモノが、どの程度使えるか分からないから何とも言えないけど、努力は認めるよ」



 プロデューサーからこの言葉が引き出せただけでも収穫ありだ。



「ありがとうございます」



 ここで「何かあった時にはご相談いただけると嬉しいです」とは言わない。初対面で何の力も無いオレが言うには踏み込み過ぎだ。



「佐久間、そろそろいいか?」



 刻土さんが腕時計を見ながら言う。約束の五分はとうに経過していた。



「はい。大丈夫です。お時間とって頂きましてありがとうございます」



 刻土さんと羅時原さんに礼をして、素早く荷物を持ち、打ち合わせ机を離れる。制作部を抜け、エレベーターで十階から地下駐車場まで下りて栄化放送を出た。


 駅に向かった所でスーツを来た出勤中の人達と出くわした。普通はこれから仕事が始まるのだ。


 オレは十時間以上滞在した栄化放送ビルを眺めながら、ひとまず今日の戦いが終わったのを実感する。


 ――――めちゃくちゃ疲れた。





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