第10話 好きな声優の彼氏になるためにやっている!
「ラジオパーソナリティコースの清水です! 今日はよろしくお願いします!」
議事番組収録の日がやってきた。凪杦さんのアドバイスのおかげで、なんとか台本は用意できた――と言っても、コーナー以外は最低限の挨拶くらいしか書いていない簡素な台本だが。
「ディレクターコースの佐久間です。よろしくお願いします。では、まず今日の内容なんですが――」
挨拶しつつ、オレは今日の内容をパーソナリティをしてくれる清水さんに説明する。
こちら(制作側)は何度も頭を捻っているので完璧に理解しているが、今初めて内容を聞くパーソナリティにとっては一から内容を理解しなくてはならない。あまりに凝りすぎるとパーソナリティへの説明が非常に難しくなってしまうのだ。なので注意しなくてはならない。
決められた時間で打ち合わせをして、パーソナリティにきちんと理解してもらえるか、企画の難しい所だ。
「――こういった内容になります。わからない所とかありますか?」
「いえ、問題ありません! わかりました!」
清水さんが気持ちの良い返事をしてくれる。こういう人とは仕事がしやすくて安心できるぜ!
打ち合わせが終わればすぐ収録に入る。こちらは機材を使い慣れているし、向こうは収録になれているので、収録についての説明が省けるのはありがたい。最低限の確認だけ終わらせて開始する。
よっぽどがない限り回しっぱなしの(録音を止めない)スタイルなので一発勝負だ。
――疑似とはいえ、これは実戦。フェーダーに置いた手に汗が滲んでくる。
「本番はじめます」
全ての準備が完了し、ディレクター(オレ)はブスのパーソナリティに向かってキューを出した。
キューというのはディレクターが腕を大きく動かしてパーソナリティに見せる合図だ。喋り出しのタイミングをパーソナリティに伝えるのである。
キューの出し方に決まりはないのでディレクターによって様々だが、当然パーソナリティーの喋りやすいモノが望まれる。多くは手をストップの形にし、その手をくるりと回して手の平を見せて「どうぞ」という合図をしている。
合図を送る行為は緊張極まりないものの、このキュー出しは結構楽しい。
手をストップの形で上げた時の周囲が息を飲む一瞬の静寂、それらを破ってトークをスタートさせる手動感はとっても気持ちがいい。
あぁ、オレってディレクターやってるぜぇ!
「みなさんこんばんは! ディレクターコースとラジオパーソナリティコースによる合同企画番組。パーソナリティを務めますのはラジオパーソナリティコース清水です!」
ただし、実戦でその気持ちよさに浸っていると、VR計が赤エリアのギリギリまで振れていたりする。一瞬で興奮が冷や汗に変わった。
「テストで清水さんに声出ししてもらった時より大きい! テンションが上がるとこんなに差があるのか!」
これも実践してみて初めて分かる。いかに訓練を積んでいたとしても、常に狙ったボリュームで喋れる訳ではない。テストの時に「これくらいの声量で喋ります」と調整をしたとしても、いざ本番を迎えると緊張やテンションでいくらでも声量は変わってしまう。
だがディレクター(オレ)は理解している。これがあるからディレクターはフェーダーから手を離さない。離してはならないのだ。
オレはコレに対応する為、嫌と言うほどVR計とにらめっこをしてきた。
パーソナリティが録音に合わせるのではない。
録音がパーソナリティに合わせるのだ。
それが今この状況におけるオレの仕事である。試練でもある。
「な? フェーダーから手を離してたら即死だっただろ?」
「え、ええ本当に……」
刻土さんがオレの後ろでニヤニヤしているのが分かる。
本当に、嘘偽りなく、この瞬間フェーダーで対応できなかったら、開始五秒で「すいませーん。音が割れたんで最初の挨拶からもう一回もらえますか」で収録中断になった。とんでもなく情けないシーンが発生する所だった。あぶねぇー!
挨拶が終わりオープニングトークが始まる。オープニングトークの尺は三分――なのだが。
「……清水さん?」
話のネタがあまりなかったのか、緊張して早口になってしまったのか、すでにトークを続けるのがキツそうになっている。時計を見るとまだ二分。このまま後一分はとても繋げられそうにない。
この場にいる他のメンバーがディレクター(オレ)を見て判断を仰いでくる。
オレはトークバックを使って、パーソナリティとそのメンバーに『このままオープニングをしめましょう。コーナーで尺合わせをします』と伝えた。
ディレクターはリアルタイムで状況が変わる中、VR計を常に見て、指示も出さなければならない。思ってた通りに頭が一杯一杯になってしまうが、ここでオレがテンパったら番組が崩壊する。この場の責任者はオレなのだ。
最低限考えなければいけない事だけを頭に残して、コーナーへ移行する。
大丈夫、リカバリーは十分可能なはずだ。
段取り的にはオレがBGMを入れて、タイミングの良いところでBGMのレベルを下げてキュー出しをしなければならない。
この一連の作業をしながら尺を埋める方法を考えるのは無理なので、まずはキュー出しまでを完璧にして、コーナーを進行しながら考えよう。
BGMを出している間、パーソナリティ(清水さん)がこちらを不安そうな顔で見ているのが分かった。おそらくオレと同じでコーナーのどこを伸ばすか考えているのだろう。だが、そこを打ち合わせる時間はない。オレが指示を出さなければ。
BGMのレベルを少し落として、キューを出す。まずは段取り通りにコーナーを始めよう。
「それではコーナーに行ってみましょう。今回のコーナーはこちら! 山手線発車音ゲーム!」
オレが企画したコーナーは、山手線の発車音を流して、それがどこの駅の発車音かを当てるというコーナーだった。
山手線は現在三十駅。電車が発車する時に音楽が流れるのだが、実は駅によって流れる音楽が違うのだ。山手線を利用している人ならなんとなく分かるかもしれないが、普通の人ならまず分からないだろうし、分かったとしてもどの音楽がどの駅までかは覚えていないはずだ。
「東京には山手線っていう環状線があるんですが、実はあの山手線、発車する時に流れるBGMが駅によって違うって知ってました? 今回はそれを当てていこうというコーナーです」
なのでこのコーナーは、どの発車音がどの駅なのか当てるのが目的ではなく、正解を聞いた時に「そうだったんだ!」とパーソナリティを翻弄する事に趣旨を置いたコーナーだ。ただ、あまりに当てられないのも面白くないので、特徴的な発車音の駅もいくつか混ぜておいた。
打ち合わせの時にも、本気で答えようとするのではなく、当たっても外れてもリアクションを大きくお願いしますと伝えてある。ある意味仕掛け側と仕掛けられる側の共同で面白くするコーナーだ。
「三問以上正解ならご褒美が出るみたいなので頑張りたいんですが、私はそんなに詳しくないです。なので全然自信がありません! 不安はありますが、まずはやってみましょう。それでは一問目をお願いしまーす!」
パーソナリティ(清水さん)のきっかけセリフで発車音BGMを流す。これを聞かせている間にどうやって尺を埋めるかを考えよう。
今、一分程巻いている状態か。コーナーは全部で五問だから、問題を一問追加するか? BGMも予備があるからそれで尺は埋まる気はするが、いかんせんくどいよな? うまく二問だけ正解して、泣きの一回で最後のチャンスでもう一問とかだったら盛り上がり的にいいかもだが、それまでに三問正解したらダレるだけだ。
――よし、決めた。ここは堅実的な方で尺を埋めよう。
オレはBGMが終わる前にトークバックで指示を出した。
『正解の駅名が分かったら、駅に関するトークを少し挟んでください。行った事のない駅だったら知ってる知識だけでもお願いします。それで足りない尺を埋めたいと思います』
パーソナリティ(清水さん)はBGMを聞きつつ、ディレクター(オレ)の指示も聞かなきゃいけないから大変なのは分かっている。でも、こちらも頑張るので何とか切り抜けて欲しい。頼むぞ清水さん!
「あー。このBGMは聞いた事ある気がするけど何駅かな? 大きい駅な気がするけど……え? 鋭いですか? それなら……よし、間違いありません! 東京駅!」
不正解だ。今度はSEを挿入する。
ブッブー!、と不正解音が鳴り響く。
あっぶねぇ! フォローばっかり考えててSE鳴らすの忘れる所だった!
「違ってたー! えー、じゃあ何駅だろう? 正解は……新宿駅! あー新宿駅か! どおりで聞いた事あると思った。毎日新宿駅で乗り換えしてるから、毎日聞いてる筈なんですけど、意外と分からないものですねー。そういえば新宿駅と言えば、改札をぶち抜いた通路が出来ましたね。これまでは東西の行き来ってお金を払って改札に入るか、遠回りしてましたが、これからは行き来が楽になって嬉しい限りですよね」
これはありがたい! 素晴らしいよ清水さん! 詳しすぎず、でもそうなんだと思えるくらいの知識を話してくれた。丁度いい匙加減のコメントをしてくれて嬉しくなる。清水さんのバランス感覚は信用できそうだ。
「じゃあ気を取りなおして、第二問。悔しいから今度は正解したいですね。それではお願いします!」
このまま五問くらいやれば、ちょうどいいくらいの尺で終われそうだ。多少オーバーしたとしても編集でカットすれば尺に収められる。足りない方がむちゃくちゃ怖い。
「これは知ってます! ずばり高田馬場駅! どうですか? 自信ありますけど……正解! よっしゃー!」
出題する問題は、難しい問題↓簡単な問題↓難しい問題↓簡単な問題↓ギリギリ分かりそうな問題、という風に仕込んである。展開的に申し分ないはずだ。
リカバリーはできた。あとはお互いに段取りをしくじらなければ無事に番組は終わる。
「それでは最後の問題。ここまで二問正解なので、ここで正解できればご褒美です。これは絶対勝ちたい! では最後の問題お願いします!」
オレは落ち着いて最後の問題BGMを流す。
焦るな。大丈夫だオレ。このままいけば問題なく終われるぞ
「この発車音、めちゃめちゃ馴染みがありますね。聞いてる。絶対聞いてる。なんなら今日も聞いた気が……どこの駅だろ。思い出せそうなのに……あーもう喉まで出かかってるのに。なんか西側だった気がする。山手線の西側の駅のどこかで……あ! 渋谷駅だ!」
正解だ。慌てず、落ち着いて、すかさずSEを挿入する。
ピンポーン!
「やったー! ですよね! 渋谷駅、ここに来る時に乗ったから覚えてたんだ。え、これもしかしてご褒美ですか? ご褒美もらえるやつですか?」
仕掛け側としては正解でも不正解でも、どっちでもいい様に仕込んでいるが、やっぱり正解してもらった方が成功感出るので嬉しい。
あとはこのままコーナーの締めに行こう。オレはブースのメンバーに指でOKを作って合図した。
「ではご褒美でなにやら封筒を頂きました! これ開けていいですか? わー嬉しいな。何が入ってるんだろう。何か紙みたいなのが出てきましたね。……山手線一日乗車券? え、山手線一周の旅プレゼントですか? いやそんなん百四十円で一周できるじゃん! ってかこの乗車券の期限今日限りって書いてあるじゃないですか! 帰りの電車にしか使えないですよ!」
清水さんナイスリアクションだ。
「えーでは、大変嬉しいご褒美を頂いたと言う事で、帰りはこの乗車券を使って贅沢に帰りたいと思います。以上、山手線発車音ゲームでした」
尺もばっちり。このままEDトークへ。
「お届けしてきました、合同企画番組。エンディングのお時間です」
ここまでくれば収録は問題ないだろう。あとは感想を適当に話してもらって、お別れの挨拶でしっかり締めてもらえば尺も編集でなんとかなる。
しかし想定していたものの、こんな疑似番組でもトラブルは発生するんだな。授業で対応の仕方を教えてもらって勉強できたから何とかなったが――これがガチの本番で生番組だったらと思うと背筋の震えが止まらない。
対応力の高い構成作家と、信頼のおけるパーソナリティとうまく連携しなかったら、ラジオ番組を成立させるなんて絶対無理だ。それが肌で感じられただけでもこの収録は有意義だった。
「それではお相手は、ラジオパーソナリティコースの清水でした」
ちょっとこぼれたがだいたい二分。清水さんは二分のトークだと綺麗にまとめられるんだな。今日はこういうパーソナリティごとの特徴があるってのも勉強できて良かった。ホント本番って学べるモノしかない。
余韻をしっかり取って、オレはトークバックで「お疲れ様でした!」とブースにいる二人に伝えた。
録音停止ボタンを押して、データがしっかり残っている事を確認。ヘッドホンを外して一息ついた。使っていたヘッドホンが汗で湿ってる。あとで拭いておこう。
色々反省点はあるものの、とりあえず成功といっていいんじゃないだろうか。失敗しそうになった瞬間はあったが、それは今後の改善事項だ。
「どうでした佐久間ディレクター? 初めての本番は?」
刻土さんがオレの肩に手を置いてねぎらってくれた――のか? ニヤニヤしているから茶化されてる気もするが。
「いやー疲れました。十分の収録番組でこれですから、三十分とか生番組とかやったら、ストレスと緊張で髪の毛が抜け落ちますね」
「その辺りは経験だな。慣れてきゃトラブルを楽しめる様にもなってくさ。次回の授業で駄目出しはしっかりしてやるから、とりあえずパーソナリティに挨拶してこい」
「はい。佐久間、卓から離れまーす」
立ち上がると、少し足が震えているのに気がついた。
我ながら情けない。こんなので卒業制作大丈夫なのか。心配になってしまうが、それはまた今度考えよう。今はまず今日の収録で得たものを身に着けるんだ。
「清水さん、お、お疲れ様でーす……」
「お疲れ様です佐久間さん! すいません私オープニングトークを――」
「いえ! こちらこそすいません! 自分の事前フォローが足りないから清水さんに――」
清水さんとオレは開口一番謝り合い、その後は笑いながら今日の収録の事を話した。
良い仕事ってこういうのを言うのかもな、とオレは思った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
毎日9時に更新するので、もし面白ければフォロー高評価お願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます