第9話 それは好きな声優の彼氏になる最短ルートなのか?

「それでその凪杦という女性と仲良くなったのね。アカデミー内での頼れる仲間を見つけたと」



 久しぶりにあった美姫香がなんか面白く無さそうな雰囲気を醸し出しているが、それにツッコむと、その百倍でツッコミ返しをされそうなので黙っておく。


 ――いつもと作戦会議の場所を変えたのが失敗だったか? 毎度毎度いつものファミレスというのも芸がないので、今日は恵比寿にあるおしゃれなカフェを集合場所に選んでみたのだ。あと、打算も打算でいうと、いつかあると信じているまののんとのデート場所候補なので店に慣れておきたい、というのもある。うん、我ながらキモいな!


 この店はトイレに行くための扉が本棚に擬態していて、初めて使った時はびっくりした。オシャレなだけでなく、ユーモアもあるお店なのである。あと、パンケーキが美味しい。



「随分と頼れる女性を他クラスで見つけたものね。あなたが話せる女友達なんて私くらいと思っていたから意外も意外だったわ」


「凪杦さんは真面目な人だし、モチベーションも高いから話し甲斐があるな。あれから何回かご飯も食べに行って色々語り合ったぞ」


「……へぇ」



 それを聞くと美姫香は更に不機嫌になった。おかしい。オレってなんかマズい発言したか?


 まさか美姫香のヤツ――親友ポジションを奪われると危惧して嫉妬しているのか?

 いやいや、まさかまさか。何調子こいてんだオレは。親友に一番も二番もないし、そもそも会ってる時間でいうなら凪杦さんより美姫香の方が圧倒的だし。



「でもそうね。颯太に知り合いができるのは喜ばしいわ。単純に目的達成に協力してくれる仲間が増えたようなモノだもの。一人より二人、二人より三人いた方がいいに決まっているのだし。その凪杦という女性にとっても得がある関係なのだから、何の問題もないわね。互いに利するだけの関係よ。ええ、問題ないわ」



 なんか美姫香は自身に言い聞かせるよう呟いているが、オレはツッコまず話を続ける。



「で、凪杦さんと話したんだが、実際この世界で生き残っていくためには、具体的にどうすればいいのか分からなくてな」


「具体的?」



 美姫香は優雅に紅茶を飲みながら聞いてくる。



「オレがラジオのディレクターになって、レギュラー番組をいくつか持ったとしよう。それで果たしてこの世界で食っていけるかって気になったんだ。ディレクターってどれくらいの収入があるのか。何本くらいレギュラーを持っていれば食うに困らないんだ?」


「なるほどね。なら、今更だけれどその辺りを話しましょうか」



 さすが美姫香だ。給料についても詳しく知っているらしい。



「まずは番組の仕組みについてだけれど、どんな番組にもスポンサーがいるのは知っているわね?」


「そのくらいなら知ってるぞ。スポンサーが資金を出しているから番組が作れるんだろ?」


「ラジオの場合は例外的に放送局がお金を出すって場合もあるけれど、それは例外ね。番組には必ずスポンサーがいるし、いないと成り立たないわ」



 スポンサーについては子供の頃テレビを見ていた時、どうしてCMが流れるのか親に聞いた時に知った。当時のオレは番組を見ている途中のCMがうっとうしくて、何とかCMを無くせないかと思っていたのだ。


 CMを流しているのがスポンサーで、スポンサーは自社製品等の売り込みをする為にCMを流している。なので、番組はCMを見てもらう時間を設けなくてはならない。


 今のオレはこの図式を理解しているので、CMをうっとおしいなんて思わない。まあ、CMを入れるタイミングに物申したい時はあるけどな!



「ラジオの一例を出すと、スポンサーからプロデューサーに「この商材を売り込みたい」と相談がきたら仕事開始ね。プロデューサーはその商品を売り込む為の番組を企画するの。その為の座組も考えるわ。ディレクターは誰に任すのか、構成作家は誰にするのか、その上でどんな番組にするのか、出演者は誰にするのかと決めていくのよ」


「だから美姫香はオレにプロデューサーの動向はチェックしておけって言ってるんだよな」


 美姫香と会うのは久しぶりだが、文字でのやり取りはよくやっている。その度にプロデューサーのチェックは怠ってはならないと、いつも美姫香はオレに注意していた。



「ええ、その通りよ。プロデューサーが颯太を使うのだから。プロデューサーは人、お金、物を動かすのが仕事なの。仕事を見つける、仕事をさせる、仕事の責任を取るのが仕事といってもいいわね。なので番組の企画が立った時、そのプロデューサーの候補に自分が入るようにするのはとても大事よ」



 プロデューサーは番組の全責任を取らなければならない。そんな番組に何処の海の者とも山の者ともしれないヤツを使おうとはしないだろう。信用できている人間か、己の知る誰かが推薦している人間を使うはずだ。


「仮に颯太がプロデューサーから仕事をお願いされてレギュラー番組を持ったとしましょうか。でも、それだけをやっていたのではたいした収入にならないわ。もちろんキャリアにもよるのだけど、今のB&Dの番組の新人ディレクターは、一本から三本まで担当をもらえれば良い方ね。作家と一緒に内容を考えたり、収録と編集をやって、それが毎週放送されるとして……そうね。月に十二万円といった所かしら」


「やっぱそんなもんか……」



 オレがあまり驚かないのは、凪杦さんから給料の話を聞いていたからだ。


 いくつか番組を担当したことのある構成作家歴六年の人がいて、その人は一時間から二時間の配信番組の台本を一本五万円で受けているらしい。他にもレギュラー番組を三本持っていて、まあ贅沢しなければ暮らしていけるとの事だ。



「当たり前だけど颯太は個人事業主にあたるから社会保障なんてないし、所得税とか諸々引かれるのを考えると、最低でもレギュラー三本は欲しいわね。兼業も何もせず、馬鹿正直にディレクターだけをやるならばの話だけど」


「ディレクターコースの講師の人にも色んな事をやれる様にしておけと言われてるからなぁ。現実的な話、今やってる仕事を辞めてラジオ一本に絞ったとしても、いきなりレギュラー番組なんて持たせてくれないだろうし。しばらくは仕事をしながらチャンスを待たなきゃだよな……」


「その辺りは芸能人なんかと一緒ね。俳優だろうと芸人だろうと声優だろうとチャンスが転がってきた時、そのチャンスに全力で乗るため、仕事が邪魔しない様にしなくてはならない。安定とは真反対だわ」



 しかし、普通の仕事というモノもいつどうなるかわからない。大企業が潰れる時代だし、来年同じ会社で働けるという保証はない。副業を許す企業は多くなっているし、ネガティブに考えると、何処も不安定という意味では変わりないのかもしれない。



「今の話聞いて思ったんだが、業界で生きていくを第一に考えたら、プロデューサーになるのが一番良くないか?」


「そうよ。だから、颯太が一番最初に持ってきた候補帳にプロデューサーがなかったのが不思議だったわ」



 至極あっさりと美姫香は答える。



「つか、そもそもプロデューサーは出演者を誰にするかの権利もあるじゃないか。これディレクターの上位互換だよな? 気づいてるなら教えて欲しかったぞ」



 プロデューサーになるという素晴らしい方法があるのに、ラジオディレクターを目指すなんて、えらい遠回りじゃないだろうか。


 しかし、美姫香はその疑問に対する答えをちゃんと持っていた。



「颯太の目的は澄嶋真織の近くにいる(と付き合う)事だもの。たしかにプロデューサーは力を持っているわ。色んな決定権もある。でも、故に仕事が多方面に多すぎるの。毎回目当ての番組に参加できるか分からないし、ゆっくり付き合う(デートする)暇だってなくなるわ」



 そういえば、ラジオを聞いているとパーソナリティが「今日はプロデューサーさんが来ていますね」と言う時がある。あれは、いつも収録にプロデューサーがいるワケではないからか。



「颯太の一番の目的は澄嶋真織の彼氏になる事よ。プロデューサーになれば今よりその目的にグッと近づくけど、いずれ追い越してしまうわ。たまにしか会えないのでは、コンセプトが崩れてしまうでしょう? 颯太にとってディレクターやプロデューサーは手段よ。目指すモノではないわ」



 確かに美姫香の言う通りだ。オレはこの世界で生きていくにはどうすればいいと考えてしまったが、そもそもこの業界で生きていく必要があるのは、そこにまののんがいるからだ。まののんと一緒にいられないならこの業界で生きていく意味はない。


 いかんいかん。そこを勘違いしそうになってはならない。



「でも、プロデューサーを目指す事そのものは悪くないわ」



 オレが「どういう事だ?」と聞く前に美姫香は続ける。



「私が業界にいた頃の話よ。すっごく性格が悪くて、見た目もなかなか勘弁なプロデューサーがいたのだけど、実はそのプロデューサーにはアイドルの彼女がいたの。話を聞く限り、両者共に幸せそうと思っていたわ。でも、そのプロデューサーが仕事辛さにプロデューサーをやめて他の仕事についたら、そのアイドルはあっさり離れていったそうよ。振られたのよ。別れたの。破局したのね」


「辛ッ!」



 その話、ある意味テンプレのような王道展開だ。



「つまり、アイドルといった自分で仕事を発生させられない立場からすると、それくらいプロデューサーという生物は魅力的なのよ。颯太が声優というだけでその人を魅力的に感じるのと似ているかもしれないわね」



 美姫香はいつものように紅茶を優雅にすすり始める。



「もし颯太がプロデューサーを目指すのなら、澄嶋真織と関係がしっかりできてからね。その後なら、むしろ自分の価値を上げられるでしょう。デメリットは全くなくなるわ」



 ――プロデューサーか。たしかに、もしその立場まで行ければ、オレがまののんに対して仕事を生み出せるな。とはいえ、プロデューサーになりたくとも、道筋も何もわからない。あり得てもまだまだ先の話になるだろう。



「一応、再度言っておくけれど、ただプロデューサーを目指すのだけはやめておきなさい。プロデューサーは半端じゃなく忙しい社会人よ。会社に寝泊まりする不衛生極まりない人種でもあるけれど」



「……もしや美姫香ってあまりプロデューサーを好きではない?」



「仕事を持ってくる、仕事をさせる、仕事の責任を取るの三拍子がしっかりできる人は好きよ。でも、そんな生物はレアキャラもレアキャラだもの。基本としてならプロデューサーは嫌いだわ。自覚のない無能が就く職業という偏見を持っているわよ」


「な、なーるほどぉ……」



 美姫香がプロデューサーに対してどんなイメージを持っているのか多少理解した。

 なんというか、そういうイメージが付くくらい忙しくて偏見(美姫香は本気だろうが)を持たれる仕事なんだろう。表立って出てくるのってプロデューサーが多いもんな。「作品が悪いのはPの責任!」なんて言われてるのもSNSでよく見かける。これは脚本家の人も多いけど。


「今日は何品おごってくれるのかしら? 前と同じ二十品でいいのよね?」


「前にファミレスでおごったのは二品なんだが?」



 店員を呼んだ美姫香がメニューをいくつも頼もうとするのを阻止しつつ、オレは今後の不安をまののんへの思いで吹き飛ばしていた。





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