〈第5話〉夢の中の白愛……

 ────???


 白い靄のかかった空間。

 いくら見渡しても何も無い空間。

 上を見ても下を見ても、左右を見ても何も無い。


 (またここか……。)

 以前の時と同じく、視線は動かせるが身動きができない。


 (また小太郎とかいう子の夢なのだろうか……)

 前見た夢と同じなら急に視界は開けるはずと思い、俺は視界が開けるまで待つことにした。

 この意識だけが漂ってふわふわしている感じがどうにも慣れない……。


 しばらく待っていると以前同様目の前の視界が眩しく開けてきた。


 (……)

 思った通り視線が低い。小太郎と言う少年の視線の高さだ。

 俺は一体何を見せられているのだろう、この子の記憶?それともただの夢?

 小太郎は殴られ腫れた頬をさすりながら、また神社への道を歩いている。

 頬が腫れているということは、今見ているのはあの白蛇を守った次の日か?

 心地よい木陰ができた参道を進み、境内へとたどり着く。

 小太郎は一度立ち止まり周囲を見渡す。

 どうやら小太郎以外は居ないようだ。


 (……今日は誰も居らんのか)

 小太郎は誰も居ないことに、ほっとしたような残念なような複雑な気持ちになる。

 なんだろう、以前はこんなことはなかったが、今回は小太郎が思い浮かべた言葉と感情が流れ込んでくる感じがする……。

 小太郎は境内を進みそのまま社殿の前に立ち鈴緒を鳴らして2礼2拍手する。


 (……皆が幸せになれますように)


 (……)

 俺はそうやって自分以外の幸せを願う小太郎に、本当に優しい子なのだと心底感心した。


 「フフフ……」

 小太郎が参拝していると傍らから笑い声が聞こえてくる。

 小太郎はその笑い声が聞こえた方に顔を向ける。

 そこにはいつの間にか小太郎と同い年くらいの白い着物を着た少女が立っていた。 


 「?誰じゃ…お前……」

 見たことのない少女に小太郎は小首をかしげる。


 (はく……あ?)

 小太郎は初対面だが俺には見覚えがあった。

 白い着物に銀色の髪、赤い瞳。そう、そこにいたのは紛れもなく小太郎と同じ背格好の白愛だった。


 (綺麗な娘じゃな……)

 小太郎はしばし目の前の白い少女に見惚れる。

 白い少女はそんな小太郎を見て近寄ってくる。


 「お、お前どこの娘じゃ?ここらへんじゃ見たことないが……」

 小太郎は見惚れていたことを隠すように少女に問いかける。


 「私?私はう~ん……白愛!そう白愛!」

 小太郎の問いに少し考える素振りを見せ笑顔で答える。


 (やはりこの少女は白愛なのか……)


 「白愛?見かけたことないが神社の娘か?」

 小太郎はこの神社にはよく来るようでだが、今までこんな少女を見たことがない様だった。


 「ううん、違うよ」

 白愛は小太郎の質問に答える。


 「……。小太郎っていい匂いするね」

 白愛は徐に小太郎の胸元まで近づき息をスゥ~と吸い込み、小太郎の匂いを嗅ぎ無邪気な笑みを浮かべる。


 「な、なんじゃなんじゃ!?というかなんで俺の名前を知っとるんじゃ!?」

 胸元まで近づいてきた白愛に、小太郎は顔を赤くして一歩退き距離をとる。

 小太郎じゃないが、白愛は何故名乗ってもいない小太郎の名前を知っているんだ……?


 「フフフッ秘密!ねぇそれより……」

 白愛は意地悪く微笑むが、言葉の途中でハッと何かに気付いた表情を浮かべる。


 「小太郎!」

 境内の入り口辺りから小太郎を呼ぶ声が聞こえる。

 勘助だ。

 勘助は境内をまっすぐ進み、小太郎の元まで歩み寄る。


 「な、なんじゃ何か用か、勘助」

 この間(昨日?)喧嘩になったことから、小太郎が身構えて勘助を警戒しているのが分かる。


 「なんじゃお前一人か?」

 「?いやここに……、ってあれ……?」

 勘助の問いに疑問を覚えた小太郎は、「ここに女の子が居るじゃろ」と返したかったが、すぐ隣にいたはずの白愛が消えていて小太郎一人になって居た。


 (……おかしいな、さっきまで隣に居たのに)

 (……おかしいな、さっきまで隣に居たのに)

 俺と小太郎は狐に摘ままれたような感じになる。


 「おかしな奴じゃのぅ。ほれっ」

 一人で辺りをキョロキョロと見回す小太郎をおかしく思いながらも、懐から何か取り出し小太郎の方へ放り投げてくる。


 「おっと。蒸かした甘藷?」

 小太郎が急に投げられたものを危ういところで落とさずに受け取る。


 「昨日の詫びじゃ。その……、すまんかったの」

 そう言って勘助が恥ずかし気に鼻を掻く。やはりこのいま見ている夢はあれから次の日のものなのかと思った。

 勘助は社殿の階段に腰掛け、自分の分の蒸かしたサツマイモを出し、豪快に噛り付く。

 小太郎も勘助に倣い、階段に腰掛けサツマイモに噛り付く。

 小太郎はサツマイモの甘さに舌鼓を打つ。

 その甘さを俺も感じることができ、サツマイモってこんなに甘いものなのかと思った。


 「……痛いか?」

 勘助が隣に座る小太郎の頬に触れようとする。

 勘助の腫れた頬に指先が触れた瞬間、小太郎は痛みで顔が歪む。


 「痛いに決まっちょるじゃろ……」

 痛さのあまり小太郎は頬に触れた勘助の手を払い除ける。


 「悪い悪い、でも……」

 勘助は払い除けられたてを引っ込める。


 「お前だけなんじゃ……あぁやって俺を叱ってくれるのは」

 勘助は悲しそうな表情をするし、小太郎に聞こえるか聞こえないかの声で話す。自分を唯一真正面から叱ってくれる小太郎を大切に思っているようだ。

 だからこそ手を上げてしまった事に後悔している様だった。


 「……」

 小太郎はその小さな声を聞き取ることができたが、敢えて聞こえなかったようにサツマイモを頬張る。

 俺はこの勘助の性格に既視感を覚えた。

 そう、この子はここ最近出会った勘九郎の性格を彷彿とさせるのだ。


 (それじゃ今見ている"これは"夢じゃなくて俺の前世の記憶……か?)

 そう考えると、夢の中の白愛も現実での白愛も俺の事を“小太郎″と呼んでいることを思い出した。


 ピッ────

 ピッ────

 ピッ────

 ピピピピッピピピピッ────


 急に聞こえてくる目覚まし時計の電子音で、夢から現実へと引き戻され目が覚める。


 「……」

 前同様、昔々の話しと思うようにしたが、今回は前回と違って小太郎の感情も味覚も感じることができた。


 (一体何なんだろう……)

 寝起きの頭で夢の事を考える。


 俺は……誰なんだろう……。


~>゜~~


 9月4日白天比女神社・母屋────


 「おはよう」

 起床した私は、リビングの扉を開け、朝食の準備をしている美沙に挨拶をする。


 「え?え?おはよ……」

 リビングの入り口に立っている私を見て、美沙の目が点になり、何が起こっているのか状況を把握できない様子で硬直している。


 「え?え!?嘘!私のんびりしすぎた!?」

 正気に戻った美沙が急いでエプロンを脱ぎ、ソファに置いてある鞄を乱暴に持ち、そのままの勢いで出ていこうとするが壁の時計に目を向ける。


 「あ、あれ……。いつも通り……の時間?」

 現在の時刻を確認した美沙が再び硬直する。


 「あんた何やってるのよもう……。焦った~……」

 どうやら私がいつもより早く起きてきたせいで遅刻したと勘違いした様だ。

 全くもって失礼極まりない話しである。


 「それより、お腹空いたわ」

 私は定位置席に着き、美沙に朝食を催促する。


 「今準備するからちょっと待って」

 一人で起きてきた私を見て相当焦ったようで、美沙は気疲れした感じで台所に戻っていく。


 「今日はどういう風の吹き回し?1人で起きるなんて……」

 美沙が台所から私に話しかけてくる。


 「別に。あなたが五月蠅いだけでいつでも1人で起きれるわ」

 美沙の言葉に私は反論する。


 「ふ~ん。それじゃ明日からも自分で起きてね」

 そう言いながら美沙が器に割り入れた卵を溶き、十分に溶いた卵を熱したフライパンに流し入れると、卵の焼ける音と匂いが漂ってくる。

 パンも焼いているのか、トースターのタイマーが動く音も聞こえる。

 美沙がフライパンを振り、器用に卵の形を半月状に整える。


 「今日はオムレツ?」

 「そうよ~。あ、ケチャップとジャム冷蔵庫に片付けちゃったから出してね」

 美沙にそう言われ私は席を立ちあがり、冷蔵庫にケチャップとイチゴジャムを取りに行くが、テーブルに飲み物が出ていなかったことを思い出し、コップを手に取り牛乳を注ぎ、一旦牛乳を置きにテーブルへ戻る。

 私は牛乳の入っているコップをテーブルに置き、再び冷蔵庫を開け、ケチャップとイチゴジャムを取り出し席に着く。


 「できたわよ~」

 美沙が台所から出てきて私の目の前に、付け合わせの副菜とオムレツを綺麗に盛り付けた皿を置かれる。

 それと同時くらいに、トースターから焼き上がりの音が聞こえ、まるで計算されていたのではないかというくらい、こんがりと焼かれたトーストも私の目の前に並ぶ。


 「いただきます」

 私は手を合わせて、まずトーストにイチゴジャムを塗る。


 「それじゃ、お姫様のお世話も終わったし、先に出るわね」

 ちょっと皮肉めいたことを言い残し、美沙がリビングから出ていく。


 「お姫様か……」


 (私はそんなご大層な身分じゃない……)

 と、美沙の言葉を頭の中でそう思いながら、トーストに噛り付く。


~>゜~~~


 9月4日白崎高校────昼休み


 俺は前の様に今日も白愛に呼ばれ、校舎の屋上に来ている。

 一昨日と昨日もそうだった。

 転校してから2日目辺りから、白愛が事ある毎に昼飯を誘ってくる。白愛が他人に話しかけるのが珍しいと言っても、こう連日誘われると話題性も薄くなってくるのか、教室内もざわつきが少なくなる。

 転校して以来勘九郎達とは昼飯を食べたことがなく、俺が白愛に誘われる度に、勘九郎は文句を言っている。

 俺は白愛に促されるまま、屋上に設置されている長椅子に隣に腰掛ける。

 一昨日はここで匂いを嗅がれその行動にどぎまぎしたが、それ以来匂いを嗅いでくることはない。 


 「小太郎は毎日お弁当作ってるの?」

 白愛にそう聞かれて、自分の手元の弁当に視線を落とす。

 白愛の質問の通り、俺は自分の弁当は自分で作って登校している。

 俺は白愛の問いに「うん」と素直に頷き返す。


 「……そう」

 白愛は何か考えているように、俺の返答してくる。


 「小太郎は……料理できる娘が好……み?」

 白愛の潤んだ紅い瞳が俺を見つめてくる。


 「べ、別に料理ができなくても俺は……困らないよ」

 正直今の家庭環境を考えると、”もし”今現在彼女が出来たとして、家事全てができる女性は求めていない……と思う。

 それ俺を聞いた白愛の表情がパァッと明るくなるのが分かった。

 この表情の切り替わりを見るに、白愛は家事全般は不得意なのではないかと勘繰ってしまう。


 「あ、あの……篠……」

 ”篠原さん”と言いかけた瞬間すごい剣幕で睨まれる。

 どうも、勘九郎の時もそうだったが、白愛も名字で呼ばれるのを拒んでいるような気がしてならない。


 「あぁ……、白……愛は料理とかしないの?」

 俺が恐る恐る名前呼び捨てにして質問をすると、白愛は「しないわね」と即答してくる。


 (白愛って篠原先生とは同居だよな……。じゃあ家事全般は篠原先生か)


 「ねぇ、その卵焼きもらってもいい?」

 白愛がそう言っておれの弁当箱に残っている卵焼きが欲しいと言い出す。

 俺は「いいよ」と言って弁当箱を白愛の取りやすい方へと動かす。

 美味しそうに卵焼きを食べる白愛を見るのは微笑ましく、俺も自然に笑みがこぼれていた。

 前の学校ではこういった事がなかったせいか、今この状況が気恥ずかしくもあるが嬉しくて仕方ない。

 できる事ならこの何気ない”今”が永遠に続けばいいのにって思うくらいに……。

 一昨日、つまり初めて昼食を誘われた日、勘九郎他3人曰、白愛が他人を昼食に誘うのは初めて見たとの事。

 それだけ人との関わりを断っている子がなんで俺にだけ接してくるのだろう……。


 「どうかな?味付けは俺なんだけど……」

 朝食は大体母が作るのだが、母の負担を減らすため昼食の弁当は俺が作ることにしている。

 とはいっても朝食で余ったものと、昨日のおかずの余りものを詰めて、あとは適当に冷蔵庫の材料次第で卵焼きなど簡単なものを作っているだけだが。

 それでも早く起きれた日には、ちょっとだけ凝ったものも詰めたりする。


 「美味しいよ!美沙の作った卵焼きはしょっぱいんだけど小太郎のは甘いんだね。うん!この味付け好き!」

 これは好みや育った環境で分かれるんだろうが、俺の作る卵焼きは甘い系だ。

 どうやら篠原家はしょっぱい系で育った家庭の様だ。

 女の子から味付けを高評価されるのは悪くないものである。


 「小太郎も食べてみる?」

 そう言って白愛が弁当を差し出してくる。

 俺は「じゃあ」と、篠原家との味の違いが気になり、卵焼きを一切れ食べてみる。

 うん、確かにしょっぱい系の味付けだ。


 「どう?美味しい?」

 俺が「うんうん」と頷くと白愛は満足そうな笑みを浮かべる。

 弁当のおかず交換か。まるで恋愛小説やらゲームやらのワンシーンみたいな光景だな。


 「白愛って友達とご飯食べたりしないの?」

 俺の何気ない質問に白愛はピクッと反応し、悲しげで暗い表情を浮かべる。


 (あ……、聞いたらまずかったかな……)

 場の雰囲気が変わったことを察した俺は、さっきのは失言だったかと考え込む。


 「しないよ……。でも、今は小太郎が居るから」

 先程まで暗かった表情が俺の方を見て急に明るくなる。

 そう言ってもらえるのはうれしい限りなんだが、俺に接している様にすれば、白愛は男女問わず友達はできそうに思うんだが……。

 教室では休み時間も他の生徒と接触しようとはしない、嫌われているっていう雰囲気は感じないから自分から他人を拒んでいる様に見える。

 何故人を拒む態度をとるのだろう。

 勘九郎達や小学校から彼女を見てきた生徒曰く、白愛がここまで人に干渉する姿を見たことがないのだとか。

 だが、俺も俺で白愛と四六時中一緒に居るわけじゃない。

 休み時間は勘九郎達と居るし、放課後は部活のある勘九郎を除いた3人と一緒に帰っている。

 おそらく白愛は放課後篠原先生と帰宅しているのだろうと勝手に思っている。

 だから本当に白愛と2人きりになるのは昼休みの1時間程度だ。

 白愛との会話はもっぱら俺の事ばかりだ。

 小さい頃どんなだったとか、どんな食べ物が好きで嫌いかとか。

 まるで久しぶりに会った幼馴染が、離れていた間の事を聞きたがるみたいな感覚と言えばいいのか。


 「白愛はさ、何か好物はあるの?」

 俺の問いかけに「う~ん」と考え込む。


 「イチゴジャムが好き!あの赤い色と甘い味が!」

 白愛が無邪気な表情で俺の問いに答えてくる。

 こうして会話をしているとその辺に居る女生徒と変わらないんだが、教室に居る時とは全く雰囲気が違う。

 それこそ別人なんじゃってくらいに。


 (白愛はイチゴジャムと赤色が好き……か。そういえば夢の中の白愛は何が好きなんだろ……)

 俺は何故か不意に夢の中で見た白愛のこと思い出した


 ”夢の中の白愛か……”


~>゜~~~~


 9月4日白崎高校・職員室────放課後


 「ふぅ~、疲れた……」

 放課後の職員室にHRを終え、自分の席に戻ってきた美沙が一日の疲れが出ている表情を浮かべるが、ここからまだ翌日の授業で配布するプリント類の作成が残っている。


 「お疲れ様です。篠崎先生」

 眼鏡を掛けた同僚の科学の教師、松江静香まつえしずかが両手にコーヒーの入ったマグカップを持ち、片方のマグカップを美沙に差し出す。


 「あぁ~、ありがとうございます、松江先生」

 美沙が静香にお礼を言って、差し出された自分のマグカップを受け取る。


 「そういえば、今日は珍しいことがありましたね」

 「珍しいこと?」

 美沙が静香に聞き返す。


 「今日の一時限私の授業だったんだけど、白愛ちゃんが朝から居てびっくりした」

 静香の返答を聞いた美沙は「あぁ」と返し。


 「確かに珍しかったわ……。いつもは私が起こすまで寝ているのに」

 呆れ笑いの表情で美沙が言葉を続ける。


 「ふふふっ。転校生が来てから白愛ちゃん噂になってるわよ」

 「あぁ、昼休みをいつも佐々木君と屋上で食べてるんでしょ?」

 どうやら小次郎と白愛は今学校の噂になっているようで、その噂は教師の耳にも入っている様だ。


 「恋する乙女……か、いいわねぇ青春って感じで」

 生徒の色恋沙汰にワクワクした感じで静香が話す。


 「恋する乙女の力でこれからは毎日自分で起きてほしいわ」

 その後も美沙と静香は生徒の事や、授業の事で談笑を続けていると、職員室の扉が開き正臣が入ってくる。

 正臣は一度職員室を見回し、美沙の姿を見つけると、美沙の方へ歩いて寄ってくる。


 「篠原先生。今忙しいですか?」

 「いいえ、忙しくはないですが……」

 その返答を聞いた正臣は「それならちょっと校長室まで来てください」と言い残し職員室を出ていく。

 美沙と静香は顔を見合わせ、お互い「?」となる。


 「私……何かした?」

 校長室に呼び出されて不安になった美沙が、そばに居る静香に質問する。


 「さぁ……。それより早く行った方がいいんじゃない?大事な話かもしれないし」

 そう言って静香は美沙に早く校長室に行くよう急かす。


 「う、うん……。何もないことを祈ってちょっと行ってくる」

 美沙の表情が神妙な面持ちに代わり、それを見た静香が「頑張ってね!」とよくわからない声援を送る。


~>゜~~~~


 9月4日白崎高校・校長室────放課後


 コンコンッ


 職員室を出た美沙が校長室の扉をノックする。

 すると、中から「どうぞ」とノックに対しての正臣の返事が返ってくる。

 返事を聞いた美沙は、「失礼します」と断りを入れ、校長室に入る。


 「いやぁ、すまないね呼び付けてしまって」

 そう言いながら正臣が目を通していた書類から顔を上げ美沙の方を向く。

 正臣は応接用のソファに腰掛けるよう美沙に促す。

 席を勧められた美沙は、素直に応接用のソファに腰掛ける。


 「さて、早速なんだが……」

 そう切り出す正臣に対して、美沙はゴクリッと唾を飲み込む。


 「最近白愛の様子はどう?」

 美沙は思っていた事と違う正臣の問いに、一瞬あっけにとられる。

 そう聞かれた美沙は(それが聞きたかったのね……)と思い、体の緊張が解ける。


 「あ、あれ?美沙……ちゃん?どうした?」

 急にソファで力が抜け、うなだれた美沙を見て心配になった正臣が声を掛ける。


 「いえ、すいません。何か仕事で不手際があったのかと思ったもので……」

 「ん?あぁすまないすまない。ちょっと呼び方が紛らわしかったかな……」

 美沙の対面のソファに腰掛けながら、正臣が紛らわしい呼び出し方をしたことに謝罪する。


 「それでどうかな?最近の白愛は。この4日間くらいで色々と噂が立っている様だけど」

 正臣が家を出る時間帯にはまだ白愛は自室で寝ており、同じ家に住んではいるが休日意外はほぼ顔を合わせることが少ない。

 それでもたった4日で生徒間の噂が校長である正臣にまで届くとは、人の口に戸は立てられないなと美沙は思う。


  「本人は悟られないようにしているみたいですけど、最近は少し明るくなった気がします。今朝も私が起こす前に起きてきてびっくりしたくらい」

 美沙は妹の近況、最近の変わり様を少し嬉しそうに正臣に報告をする。


 「そうかそうか。これも佐々木君の影響かな」

 「そうですね。あんなに楽しそうにしている白愛を見るのは初めてかもしれないです」

 美沙と同様、悪愛の変わり様が叔父として、正臣も嬉しいようで美沙の話しを聞いて微笑む。


 「このまま何事もなく時が経てばいいけどね……」

 そう言って正臣の表情が少し陰る。


 「大丈夫よ、叔父さん。だもの。今の2人を見ているとになることはないと思うわ」

 美沙は正臣の事を校長と呼ばず、叔父さんと呼び優しく微笑む。


 「そうだね。そうだといいね……」

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