〈第4話〉小太郎の匂いだ……

 9月2日白天比女神社・母屋────


 外が白け小鳥のさえずり声が聞こえる。

 また新しい一日が始まったようだ。

 私は壁にかけてある時計に目を向け時間の確認をする。

 時計の針は7:09を刺していたが、私はまだ起きる気力が湧かず布団の中で寝返りを打つ。


 コンッコンッ────


 「白愛~、まだ寝てるの?そろそろ起きて朝食食べないとまた遅刻するわよ!」

 部屋の外から私を起こそうとするノック音と美沙の声が聞こえてくる。

 分かっているから部屋の前で騒がないで欲しいと思いつつ、私はまた寝返りを打つ。


 ガチャッ────


 「もう!まだ寝てるの!?さっさと起きて!」

 無遠慮に部屋へ入ってきた美沙が、そう言いながら私の布団を剥ぎ取る。


 「早く起きないともバスに乗り遅れるわよ」

 私から布団を剥ぎ取った美沙は次に窓のカーテンを開ける。

 神社から学校まで自転車で通える距離なのだが、私はどうも自転車という乗り物が好きになれない。

 というか、生まれてから自転車というものに乗ったことがない。

 故に私はバスで通学している。


 「……今日も暑くなりそうね」

 私は身体の上体だけ起こし、窓から入り込む日差しをまだ寝ぼけた頭で見つめる。


 「寝癖付いてるわよ。お姉ちゃんもう出るから朝ごはんちゃんと食べてね」

 美沙が私の寝癖の付いている位置と同じ位置を自分の頭を指さして教えてくる。

 部屋を出ていく美沙を見届け、しばらく時間を置いて私も部屋から出て朝食を食べに行く。

 生徒より早く行って授業の準備等をする教師という職業は、傍から見ても大変な業種であると思う。

 リビングに行くと、テーブルに朝食と昼食のお弁当が用意してあった。

 今日は目玉焼きとトーストの様だ。

 私はトーストにイチゴジャムを塗り一口噛り付く。

 目玉焼きをオカズに甘いイチゴジャムというのもどうかと思うが、私はこのイチゴジャムの赤い色と甘さが好きだ。

 だから朝食がトーストの時は美沙がイチゴジャムも用意してくれる。

 目玉焼きも半熟でいい焼き加減だ。さすが私の姉をしているだけの事はあり好みを熟知している。


 朝食を食べ終え、流し台に食器を置く。

 美沙曰、私が洗い物をすると泡だらけにするので、食器は置いておくだけでいいと言われている。

 私はリビングから出て洗面所へと向かう。

 顔を洗い、歯磨きを済ませ、美沙に言われた寝癖を直し髪に櫛を入れる。

 私はアルビノ症で生まれつき髪の色素がなく、光の加減で白に見えたり銀に見えたりする。

 髪を整えた私は、着替えるため自室へ戻る。

 自室に戻った私は、タンスから制服を出し、寝間着から制服へと着替えをする。


 「えっと、今日の時間割……」

 勉強机に貼っている時間割表を見て、鞄の中に教科書とノートを入れるが……。

 私は時計に目を向ける。時計の針は7:57を刺していた。白崎高校の始業は8:10からだ。


 「1時限目はもう間に合わないから2時限目からでいいか……」

 私は1時限にある英語の授業を諦め、飛ばして2時限目からの授業の用意をする。

 一通り授業の準備をした私は、リビングに寄ってテーブルの上のお弁当を鞄に入れる。

 出る準備が終わった頃には、時計の針は8:24を刺していた。

 さすがにモタモタ準備し過ぎたかと思ったが、どうせ遅刻だしと私はゆっくりと家を出ることにした。


~>゜~~


 9月2日白崎高校────7:50


 今日からは通常授業なので俺は遅刻しないように家を出て、始業20分前くらいに学校に到着した。

 始業前だからか廊下で生徒が話をしていたりしていた。

 俺が教室へ向かう際、転校してまだ2日目というのもあり、物珍しそうな視線が向けられているのに気が付く。

 俺はその視線が恥ずかしく、少し足早に教室へ向かった。

 教室に着くと、そこでも廊下で感じた視線と同じものを感じたが、気にせず自分の席に着いた。


 「おはよう。佐々木」

 「杉谷、おはよう。杉谷来るの早いね」

 席に着くともうすでに登校していた杉谷が近寄ってくる。


 「まぁね。岩徳線は一本逃すと確実に遅刻だから」

 そう言いながら俺の前の席、白愛の席の椅子を引きこちらを向いて座る。


 「え、そんなに本数少ないの?」

 「そうだよ、一時間に一本かなぁ。車両も込み合う時間帯だけ二両だし」

 俺は杉谷の言葉に「え!?」と驚きの声を上げてしまい、ハッとして周囲を見回すと俺の方に視線が集まっていた。


  「そんなに驚くなよ。まぁその反応を見ると佐々木が前住んでたとこに比べたらだいぶ少ないんだろうね」

 少ないどころじゃない、俺が前に住んでいたところは5分に一本あったぞ……。ローカル線恐るべし。


 「おはよう」

 「おはよう。佐々木早いじゃん」

 俺と杉谷が話していると一緒に登校してきた田中と皆口が話に加わる。


 「おはよう。転校2日目で遅刻したら印象悪いでしょ」

 俺が笑いながら2人に答えると3人も笑って返してきた。


 「あれ、勘九郎は?一緒じゃないの?」

 てっきり朝は勘九郎、田中、皆口の3人で登校してきているものと思っていたが、勘九郎の姿だけ見えない。


 「あぁ、勘ちゃんは今日朝練があるから俺達より先に来ちょるはずだよ」

 「朝練?」

 そういえば、昨日4人がどんな部活に入っているか聞き損ねていたな。


 「そうそう。勘ちゃんは柔道部期待のエースじゃからね」

 なるほど、それで勘九郎はあんなにガタイが良かったのかと納得した。


 「おっすおっす!」

 そんな会話をしていると、噂していた本人が朝練を終え始業開始5分前の教室に入ってくる。

 正に噂をすればなんとやらだ。


 「勘九郎、おはよう」

 「おぅ!小次郎、皆おはよう!」

 本人は気になってないのだろうが、相変わらず良く通る声をしている。

 俺を含めた4人は勘九郎に挨拶を返す。


 「今日は1時限目から英語かぁ~……」

 勘九郎が鞄を机に置きながら黒板横の時間割表を見て、あからさまに嫌そうな顔をし、椅子を引いてドカッと腰を下ろしこちらを向く。


 「勘九郎って柔道部なんだね。エースらしいじゃん」

 「ん?そうじゃよ。あら?昨日言わんかったか……」

 勘九郎は大会でも記録を残していることから、俺のエースという言葉に謙遜をしなかった。

 かと言って威張り散らしている風にも見えない。

 そこが勘九郎の良いところなのだろう。


 「小次郎は何か部活に入るんか?入るんじゃったら柔道部は大歓迎じゃぞ!」

 勘九郎が俺の両肩をガッシリと掴み柔道部に勧誘してくる。


 「い、いや、前の学校でも帰宅部だったし、両親も共働きだからこっちでもそうしようと思ってるよ」

 「そうか……。まぁ気が変わったら言ってくれ!」

 俺は「うん、気が変わったら……ね」と返事する。


 キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン


 俺が勘九郎が返事をしたとほぼ同時くらいに、始業開始の鐘が鳴り、田中、杉谷、皆口が各々の席に戻っていく。

 そして、教師が教室に入ってくる。

 使っていた教科書は一緒のようだったが、前の学校とこっちの学校で授業の進行度合いが心配だ。

 もし前の学校より進んだ授業をしていたらと考えたら、正直昨日よりドキドキしているかもしれない。

 というか、授業で教師変わる度自己紹介しろ、とかないよな……。


 キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン


 良かった。英語での指名はなかったな。

 授業の進行度合い的には前の学校とちょっと被っていた程度で安心した。


 「あぁ~終わった~」

 斜め前の席の勘九郎が背伸びをする。


 (こいつさっきの授業寝てなかったか……?)

 後ろから時折勘九郎を見ていたが、教科書を立てて舟を漕いでいた気がするが……。

 そういえば前の席の主、白愛は今日も休みなのかまだ来ては居ない。


 「……」

 「どうした~、小次郎?」

 俺が無言で前の席を見つめていると、いつの間にかこちらに向いていた勘九郎に声を掛けられる。


 「あぁ~……。いや、今日も篠原……さんは休みなのかなって」

 何気なしに勘九郎の問いに答えたが、何やら何かを察している勘九郎がニヤニヤしている。


 「な、何……?」

 「いやぁ~?や~っぱりお前、白愛の事がきになっちょるんじゃろが~?」

 勘九郎が俺の事をニヤニヤしてからかう様に言ってくる。

 俺はそれを指摘されて、恥ずかしくなって顔が赤くなるのが分かった。


 「あいつは時間通りには来んよ」

 欠伸をしながら勘九郎が言葉を続ける。

 俺は勘九郎に「何で?」と、恥ずかしさを忘れ素直に聞き直す。


 「白愛はバス通じゃからなぁ。」

 俺は勘九郎の答えに「???」となり、勘九郎の次の言葉を待つ。


 「始業の時間に間に合うバスが一本あるんじゃが、それにに間に合わんかったら堂々と遅刻をする奴じゃからのぅ」

 俺が「???」となっていた事を察したのか、勘九郎が更に言葉を続けた。

 何かの病気とかで通いづらい状態なのか心配になっていたが、それを聞いて俺は少し安堵した。


 「何々?また篠原の話し?」

 俺と勘九郎が話をしていると、3人が集まってきて俺をからかう。

 俺達5人は次の授業が始まるまで談笑をした。


~>゜~~~


 9月2日バス停────8:45


 家を出てから私は、家から近いバス停に向かって歩いていた。

 9月になったが、今年は雨が少ないせいか中々涼しくならない。

 朝の時間帯でも歩いているだけでジワリと汗がにじみ出てくる。

 バス停に着くと遠くの方にバスが見えてきた。

 家を出たタイミングが良かったおかげで、待たずにバスに乗れた。

 プシューッ!という音がして、バスの乗車口が開く。

 私はバスに乗り込み、座れる場所を探す。

 長椅子の方に席が空いていたので、私はそこに座ることにした。

 先ほどのバス停には私しか乗客が居なかったため、私が乗ったら乗車口がすぐに締まりバスが発車した。

 学校に着くまでバスに揺られながら、窓から見える流れる外の景色に目を向ける。

 しばらく外の景色を眺めていると、次のバス停で停車する。

 そこから、見知ったお婆さんが一人乗車してくる。

 

 「おはよう、酒井のお婆ちゃん」

 乗車してきたのは同級生の酒井勘九郎の祖母だった。


 「あら、おはよう。白愛様、どうもどうも」

 席を開け「ここどうぞ」と、席を勧める。お婆さんは私が勧めた隣の席に「ありがとね」と言って腰掛ける。

 お婆ちゃんはなぜか私の名前に”様”を付けて呼んでくる


 「お婆ちゃん今日は病院?」

 隣に座ったお婆ちゃんに私は話しかける。


 「そう、足の調子がね。白愛様は今から学校ですか?」

 私はお婆ちゃんの問いに「うん」とだけ頷く。


 「そうですか、そうですか。うちの孫とは仲良くしてくれていますか?」

 とお婆ちゃんが続けて問いかけてくるので、私は「うん、まぁ……」とだけ答える。

 お婆ちゃんの言う通り私は勘九郎と同じ高校に通ってはいるが、正直な所私は勘九郎が好きではない、出来れば関わりあいたくもない。

 だからと言ってお婆ちゃんが嫌いなわけでもない。 


 「白愛様は、次の年も舞踊を舞われるので?」

 お婆ちゃんが徐に来年の話しをしてくる。


 「うん、舞うよ。私も頑張るからお婆ちゃんも来年ちゃんと見に来てね」

 と、そっとお婆ちゃんの手を取り、笑顔で約束をする。

 お婆ちゃんとの話しに耳を傾けていると、いつの間にか白崎高校前のアナウンスが流れ、私は次の停車での降りる意思を告げる降車ボタンを押す。

 バスは高校前の坂道で停車し、昇降口のドアが開かれる。

 降りる前に私はお婆ちゃんの膝をさすり「よくなりますように」とおまじないを掛ける。

 お婆ちゃんは膝をさする私に「ありがとうございます」と手御あわせお辞儀をする。

 私はお婆ちゃんに「またね」とだけ言い残し、バスを降りる。

 バスを降車した私は、左右の車通りに気を付け道路を渡って.、学校への坂道を登っていく。


~>゜~~~~


 9月2日白崎高校────


 休み時間が終わり授業開始の鐘が校舎内に鳴り響く。

 談笑していた俺達は、俺と勘九郎以外の周りに集まっていた田中、杉谷、皆口は各々の席に戻っていく。

 次の授業は数学Ⅰだ。

 数学にはⅠとⅡがあるが、正直な所違いがわからない。

 一説にはⅠが基礎的な計算で、Ⅱがより高度な計算といわれているが、習う方にしてみれば、ⅠとⅡも一緒にしてほしい気持ちがある。

 チャイムと同時に、数学の教師が教室に入ってくる。


 「起立!」


 「気を付け!」


 「礼!」

 と、学級委員長が教室中に通る声で号令を掛ける。

 学級委員の「着席!」でクラス中の皆が席に着く。

 皆が着席したことを確認した数学教諭が、授業を始める。



 9月2日白崎高校────9:21


 数学の授業が始まって10分かそこそこが経った頃、教室の後ろの扉がガラッ!と開き一人の女生徒が入ってくる。

 授業中の静まっている教室に、扉の開く音が聞こえ、皆の注目がその音源へと集中する。

 俺も音のした方向に視線を向ける。

 そこには遅刻して来たにも拘らず、澄まし顔のというか、悪びれもしていない神社で出会った銀髪の白い少女、白愛だった。

 白愛はまるで何事もないようにスタスタと俺の前の席に着席する。

 俺以外の生徒は音がした方に一応は視線を向けるが、これが日常風景といったようにすぐに手元に視線を戻す。

 教室に入ってきてから俺の横を通り過ぎる白愛を目でずっと追っていた際、一瞬だけ俺と目が合い「フッ」と小さく微笑んでいたように見えた。

 俺はその微笑みに目で追いかけていることを悟られたかと思い、ドキッとしてしまった。

 席に着いた白愛は、鞄の中から教科書とノートを取り出し、何事もなかったかのように授業を受ける。

 目の前に白愛が居る、それだけで俺の鼓動が早くなるのが分かり、正直数学の授業が耳に入ってこず集中できなかった。


 キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン


 数学Ⅰが終わったが、授業に集中できなかった俺はドッと疲れた気になった。


 「ふぁ~、あと2時限我慢すれば昼飯じゃ~。腹減った~」

 大欠伸をしながら勘九郎が机に伏せる。

 1時限の英語もそうだったが、この数学でもこいつ寝てなかったか……?まぁ部活の朝練があった分俺達より疲れているのだろう。

 それよりなにより俺は、白愛が気になってしょうがない。

 白愛は次の授業の準備をした後微動だにせず、ただ静かに座っていた。

 勘九郎は机に伏せて寝ているようだし、田中、杉谷、皆口の3人は教室にいないようで姿が見えない。


 (綺麗な髪だな……)

 白愛の後ろ髪はとても艶やかで綺麗だった。

 もし黒髪だったとしても綺麗だったろう。

 そう頭の中で思った瞬間、白愛の体がピクッと反応した。

 俺は今のが声に出ていたかと思って口を手でふさぐが、周りの様子を見るに声には出ていなかったようだ。


 (まさか……人の思考が読めるわけじゃないよね……)

 と、おれは有り得もしないことに少し心配になった。

 とにかく、勘九郎の言う通りあと2時限頑張れば昼休みだ。白愛の事は一度忘れて授業に集中しようとおれは思考を切り替えることにした。


~>゜~~~~~


 (失敗したなぁ……)

 3時限目の国語の授業が始まる前の休み時間に私はそう思った。

 そうだった、小太郎・・・が戻ってきてたんだ。

 昨日出席していれば早く小太郎と話しができていたのに、半日で終わるからと欠席してしまったことがとても悔やまれる。

 小太郎と話したいことが山ほどある。小さい頃どんな子だったのかとか、ここに戻ってくるまでにどんな学校に通ていたのかとか色々……。


 (……)

 授業は退屈だが、後ろに小太郎の気配がすることがとても嬉しい。


 (放課後まで長いなぁ……)

 教室の前の時計を見るが、一日が終わるまでまだ半日あると思うとうんざりする。

 どうせ遅刻だったのなら昼から出席すればよかったとも考えるが、それだと小太郎と居れる時間が短くなってしまう。


 それに、小太郎に悪印象を持ってもらいたくない。


 だが、私にも遅刻する理由はある。


 どういう因果か、小学校から今まで同じ学校に通っている勘九郎だ。


 前世で一応の借りはあるものの私は、勘九郎が嫌いだ。そんな勘九郎が同学年でしかも今は席が隣同士になっている。


 (はぁ……。早く終わらないかなぁ)

 そう思いながら、黒板にチョークで文字を書く硬質音と、教師の声だけが響く教室で授業を受け続けた。


~>゜~~~~~~


 キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン


 「おし!昼じゃぁあ!」

 先程まで授業を寝て受けていた勘九郎が、昼休みのチャイムを聞いた途端元気に飛び起きる。

 勘九郎は鞄の中から保温ジャーの弁当を取り出す。


 「……やけにでかい弁当箱だね」

 勘九郎の弁当箱は土方の弁当箱かってくらい、高校生が持ち出すものではなかった。


 「勘ちゃんの弁当は相変わらずじゃね。俺達購買行くけど、佐々木どうする?」

 昼休みになり3人が俺と勘九郎の席に集まってくる。


 「大丈夫。弁当あるから」

 そう3人に言って鞄から弁当を出す。


 ガタッ


 と俺の前の席の白愛が立ち上がる。

 弁当を持った白愛が俺の方を向く。

 いつか見たあの赤い瞳に俺の姿が映る。


 「小太郎、話しがあるの。屋上で一緒にお昼を食べに行きましょう」

 「ん?ぇ、え……?」

 俺は突然白愛から話しかけられ不甲斐なく戸惑ってしまう。

 白愛が俺に話しかけた瞬間、教室中がざわめき始める。


 「お前が人に話しかけるなんて珍しいのぅ。それからこいつは小次郎じゃぞ」

 俺が戸惑っている傍から、勘九郎が俺と白愛の間に割って入る。


 「お前に話しかけてない。気安く話しかけるな」

 割って入ってきた勘九郎を白愛が鋭い視線で睨みつける。

 その視線を感じた周囲の雰囲気が凍り付く。


 「え、えっと、わ、分かった。それじゃ勘九郎、皆俺屋上で食べるから」

 俺の返事を聞いた白愛は微笑み、先に教室から出ようとする。

 俺は急いで弁当箱を持ち白愛の後を追う。

 俺達が教室を出ると凍り付いていた雰囲気から一転して、よっぽど白愛が話しかけるのが珍しかったのか、俺達が出て行った教室からザワザワとした喧騒が背中に聞こえてくる。

 俺は先に歩いている白愛の背中を追う。

 白愛は俺が後ろから追っているのを察しているのか、歩調を俺に合わせて屋上への階段を上っていく。

 俺達2年の教室は2階にある。3階が1年生達の教室。この学校は学年が上がる毎に下の階に移動していくシステムの様だ。

 屋上の扉前まで着くと、白愛が扉を開く。

 この学校は屋上を常に開放しているようで、鍵がかかっていないようだった。


 「あそこにしましょう」

 白愛が俺を先導して、屋上にある長椅子に誘導する。

 俺は白愛の後を追い、先に座った白愛の隣に、少し間を開け俺も座る。

 隣に座ったと思ったら、白愛が徐に胸元に鼻を近づけて来て。

 その白愛の仕草に俺は一瞬戸惑う。


 「”小太郎の匂いだ……”」

 と白愛は小さく呟く。

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