〈第3話〉5円(ご縁)のおかげ……

 9月1日────

 ピッ────

 ピッ────

 ピッ────

 ピピピピッピピピピッ────

 けたたましい目覚まし時計の電子音が部屋中に鳴り響く。

 俺はモゾモゾと這い起き、目覚まし時計を止める。


 「ふぁ〜……」

 大きな欠伸をして、まだ寝惚けた頭でベッドに腰掛ける。

 今日は転校初日だ。

 俺は寝癖のついた頭を掻きながら洗面所へ向かう。

 洗面所の蛇口をひねり、手酌しで水を掬って顔にかける。

 冷たい水が顔にかかると、寝惚けていた思考が一気に冴え渡る。

 顔を二、三度洗い、濡れた顔をタオルで拭き、手櫛で適当に寝癖を直し、続いて歯磨きをするため、自分の歯ブラシを取り、歯磨きをてけ歯を磨く。

 コップに水を汲み、その水を口に含み口内を濯ぐ。

 濯いだ水を洗面台に吐き出し、口元をタオルで拭いリビングへ。


 「おはよう」

 挨拶をしながらリビングに入ると、母が台所で食器を洗っているすがたが目に入った。


 「あら、おはよう。朝ご飯すぐ用意するから」

 「いいよ。自分でやる」

 洗い物の手を止め、朝食の用意をしようとする母を制して、俺は自分の席に伏せて置いてある茶碗をとり、炊飯器からご飯をよそう。

 傍らで母が「悪いわね」と言い食器洗いに戻る。

 俺はご飯をよそった茶碗を持ち朝食の席に着く。

 今日の朝食は焼き鮭、ポテトサラダ、大根の味噌汁だ。俺が起きてくるタイミングを見計らって用意されたのか、焼き鮭も味噌汁もまだ温かい。

 今朝の食卓に父の姿が見えない。おそらくもう仕事に出たのだろう。


 「今日買い物とかどうする?」

 鮭の身をほぐし、ご飯と一緒に掻き込みながら台所の母に話しかける。


 「今日は母さん早いから大丈夫よ。ありがとう」

 洗い物の手は止めず、母が答える。


 (じゃあ、今日は学校が終わったら寄り道せず真っ直ぐ帰るか)

 転校初日で特に駄弁って帰る友達もいない。なので、今日は直帰して母の作る夕飯の支度でも手伝おうかと考える。


 「それじゃ、そろそろ出るから後の洗い物はお願いね。あとコージは転校初日なんだから遅刻しないように家を出なさいよ」

 洗い物を終えた母が、ソファの背もたれに掛けていた上着を手に取り、リビングを出る際に朝食を食べ進める俺に声を掛けてくる。

 俺は「了解」という意味を込めて、軽く手を振って、リビングを出ていく母に返事をする。


 「ここが美味いんだよなぁ」

 鮭の身を粗方食べ、最後に残った皮に手をつける。

 この皮のパリパリとした食感と程よい塩気が美味い。

 鮭の旨味って皮に凝縮されてるんじゃないかってくらいに。

 俺は最後のご飯を掻き込み、口内のご飯を残った味噌汁で胃袋に流し込み、「ご馳走様」と手を合わせ食事を終える。

 食べ終えた食器を重ね、流し台へ持っていく。

 蛇口捻って水を出し、スポンジに適量の洗剤を含ませ泡立たせ、食器を洗う。

 泡のついた食器を水で洗い流し、洗い終わった食器から乾燥棚に置いて、片付けは終了。

 食器を片付けた俺は、再び洗面台へと向かい、歯を磨いて自室に戻る。

 自室に戻ると、今着ている寝間着を脱ぎ、壁に掛けていた白崎高校指定の真新しい制服に袖を通す。


 「今日は始業式とHRだけだから鞄だけでいいよな」

 持っていく物を自問自答で確認し、登校の準備をする。


 「確か始業式には出なくていいって言ってたっけ」

 チラッと見た目覚まし時計は7:30を表示していた。本来ならそろそろ出なければならないのだが、始業式に出なくていいと言うことは、1時限分の余裕があるという事で、約1時間は遅く出ても十分間に合うという事だ。

 俺は時間まで部屋でゆっくりする事にした。


~>゜~~


 9月1日白崎高校───8:00


 約1ヶ月半あった夏休みが終わり、人気のなかった校舎が生徒達で賑やかになっている。

 小次郎が通う事になる2年A組も、「久しぶり〜」、「何処か行った?」など登校してきた生徒達が夏休みの話題で賑わっていた。


 「おはようさん!」

 そんな喧騒の中でも、一際声の通るガタイのいい生徒、酒井勘九郎さかいかんくろうがA組に入ってくる。


 「勘ちゃん、おはよう」

 勘九郎の挨拶に、眼鏡を掛けた1人の生徒が挨拶を返す。


 「おぅ、テツ!」

 「勘ちゃん県大会残念じゃったね」

 「おぅよ!惜しい所までは行ったんじゃがのぅ……。流石に県大会!まだまだ練習不足じゃ!」

 夏休みにあった全国を賭けた県大会の結果を悔しそうに杉谷哲郎すぎたてつろうに語る。


 「ん?なんか席が一つ多くないか?」

 席の数に違和感を覚えた勘九郎が、一番前の席から一つずつ席を数える。


 「噂だと転校生が居るみたい」

 席を数えている勘九郎に杉谷が答える。


 「おぉ!転校生か!気の合う奴ならえぇのぅ」

 転校生という言葉を聞いて、勘九郎がワクワクした様子を見せる。


 「おはよう。勘ちゃんテンション高いね。何かあった?」

 勘九郎と杉谷が話していると、2人組の生徒が教室に入ってきて話しに加わる。


 「おっす!ヤス、シンジ!転校生が居るんじゃと。どんな奴が来るか楽しみじゃのぉ」

 痩せ型の田中靖治たなかやすはる、少々背の低い皆口真司みなぐちしんじが、勘九郎の周りに集まる。


 「へぇ〜、転校生くるんじゃ。男子?女子?」

 「まだどっちか分からないけど居るって噂だよ」

 勘九郎達4人は転校生の話題で持ち切りになる。


 「酒井〜そろそろ体育館に移動するから並んで!」

 ポニーテールで活発そうで、クラス委員のような女子が勘九郎達に列に並ぶよう声をかける。


 「おぅ。わかったわかった!ちなみに瑞希はどっちが来ると思う?」

 声を掛けてきたポニーテールの女子、市川瑞希いちかわみずき、男子が来るか女子が来るかの質問をする。


 「そんなのどっちでもいいわよ!もう他の組は出たんだから早く並んで!」

 瑞希に自分の質問をはぐらかされた上、急かされた勘九郎達は渋々と列に並ぶ。


~>゜~~〜


 白崎高校8:50頃───


 俺は始業式が終わるであろう時間を見計らって、ゆったりと自転車を漕いで白崎高校に到着した。

 若干早く着きすぎたかなとも思ったが、所定の自転車置き場に自転車を置き、俺は職員室へと向かった。


 「失礼します」

 一言掛けて職員室の扉を開き中の様子を伺うが、まだ始業式中な事もあり、教師陣が全員体育館に出払っているせいか、職員室は静まり返っていた。

 大体9時前くらいに来れば始業式も終わっているだろと思っていたが、もう少しゆっくりでも良かったようだ。


 「ん〜。仕方ない、事務室の方に行ってみるか……」

 俺は職員室を後にして、事務室の方に行ってみることにした。


 「失礼しま〜す……」

 俺は事務室にも人が居なかったらどうしようと、恐る恐る事務室の戸を開ける。

 これで誰も居なかったら俺はただの不審者になってしまう。


 「おや?生徒さんが事務室になんの用かな?」

 事務室には幸い1人の職員がいた。

 これで俺は不審者にならなくて済む。


 「すいません。今日が転校初日なんですが、どうも早く着きすぎてしまったみたいで……」

 俺は現在自分の置かれている状況をその職員に説明した。


 「あぁ、まだ始業式が終わってないからね。しばらくその辺の椅子に掛けていればいいよ」

 事務の職員がそう言って椅子を引いてくれる。


 「ありがとうございます。ちなみに後どのくらいで先生方は戻って来るでしょうか?」

 引かれた椅子に腰掛けながら職員に質問する。


 「さてねぇ……。9時過ぎくらいには始業式も終わって戻って来られるとはおもうけど」

 俺の質問に答えながら壁に掛かっている時計をチラッと見る。

 俺も職員の動作に釣られて、同じ視線を追いかけ時計に目を向ける。


 (あと10分とかそのくらいか?)


 「まぁ、ちょっとお茶を煎れてくるゆっくりしてて」

 時計に視線を向けている俺に、職員が一声掛けて事務室から出ていく。


 (給湯室は別の部屋か……。というかまた1人になってしまった)

 俺は手持ち無沙汰でいたたまれなくなり、事務室の中を意味もなく見回す。

 そうしていると、事務室の一角にある棚に飾られた蛇の置物に目が止まる。

 俺は席を立ち上がってその棚へ歩み寄る。


 「それは白蛇だよ」

 しばらく置物を見つめていると、片手にお茶を持った職員がいつの間にか戻ってきていた。

 職員は持っているお茶をテーブルに置き、「どうぞ」とお茶を勧めてくる。


 「白蛇って綺麗ですね」

 俺は棚から離れ席に戻り、出されたお茶をいただくことにした。


 「そうだねぇ。まぁ実際の白蛇はその置物ほど真っ白じゃないんだけどね」

 お茶を啜りながら職員の言葉に俺は「へぇ~」と短く返す。


 「大体は白ってよりクリーム色?に近い色だよ本当に真っ白な個体は珍しいんじゃないかなぁ。ただ本当に真っ白な蛇は神秘的で美しいよ」

 俺の短い返答に、職員が何かの書類を広げながら答えてくる。

 知っている……白い蛇が如何に神秘的なことかを俺はよく知っている……


 「白天様の近くに”岩国シロヘビの館”ってのがあるから、気が向けば行ってみるといい」

 「白天様って川を渡った先にある神社の事ですか?」

 俺の返答と質問に職員は椅子をクルッと回し、俺の方に向き直る。


 「そうそう。校長先生が神主やってる神社ね。いったことある?」

 俺は職員の問いに、「ええ、何度か」と答える。


 キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン


 俺の返答と被るように、学校中に鐘の音が響き渡る。

 鐘の音が鳴りやむ前に、俺はチラッと時計に目を向ける。

 壁掛け時計の時刻は9:10を刺していた。


 「これが一時限終了のチャイムなんだけど……そろそろ先生方も帰ってくるんじゃないかな」

 職員も鐘が鳴った際に時計を見ていた様だ。

 そろそろ先生方が戻ってくると知った俺は勧められたお茶を飲み干す。


 「お茶、ご馳走様でした」

 俺は事務の職員にお礼を言って事務室を退出する。


~>゜~~~~


 事務室を後にした俺は職員室の扉の前で、ぞろぞろと体育館のある方から職員室に戻ってくる先生達にすれ違う度、会釈をしながら担任になる美沙を待った。

 何人か目の教師の後ろに、転校手続きの際に挨拶を交わした篠原先生の姿を確認した。


 「篠原先生!」

 俺は手を小さく挙げ自分の存在をアピールした。

 美沙はそれに気づき俺の元へと小走りに駆け寄ってくる。


 「あら。ごめんね佐々木君。結構待った?」

 美沙の問いに俺は「結構」という言葉に「ちょっとだけ」と答え、やっと見知った顔に会えた安堵感を持ち美沙の後ろをついて職員室に入っていく。


 「そういえば、この前は家まで送って頂いたみたいでありがとうございました。あとご迷惑おかけしてすいませんでした」

 校長先生から聞いた神社で倒れていた話しを思い出し、お礼と謝罪を美沙にする。


 「あぁ、あのくらいいいわよと言いたいとこだけど……佐々木君結構重くて大変だったわ」

 からかい気味な笑みを浮かべて美沙が答える。


 「まぁ。この後にA組に行くわけでだけど。緊張してない?」

 初めての転校ということもあって、美沙が俺を気遣ってくる。


 「大丈夫……だと思います。今日はみんなカボチャだと思って来てますので」

 美沙に緊張を悟られぬ様に、俺は精一杯虚勢を張って見せる。実際の所は美沙の言う通り緊張しっぱなしだ。


 「いいわね、そのイキよ!緊張に飲まれないようにね!」

 あ、あれ?俺、美沙の問いかけにそんな期待するようなこと言ったっけ?と思いつつ、まぁ担任として早くクラスに打ち解けてほしいという思いがあるのだろうとかってに思うことにした。


 キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン


 「それじゃ、A組に行きましょうか!」

 授業開始のチャイムを聞いた美沙は気合い十分。当の俺はというと美沙にあぁは言ったものの緊張しっぱなしだった。


~>゜~~~~~


 2年A組教室――――


 始業式が終わってワイワイと各教室、廊下に生徒が居て校舎内が賑わっている。


 キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン


 そこへ校内に鐘が響き渡り、散々と各クラスへ散っていた生徒も自分のクラスに戻り、校内の廊下に静けさが戻る。

 俺は美沙に連れられて、2年A組に到着する。

 2年A組の前に来て、美沙が手振りでここで待つ様に言ってくる。


 ガラッ


 と2年A組の戸を開き、まずは美沙だけが入って行く。


 『起立!気を付け!礼!』


 『着席!』

 おそらくクラス委員長の声だろうか、美沙が教室に入ると廊下まではっきりと聞こえる声量で号令がかかる。


 『皆さん久しぶりです。早速噂になっていると思いますが・・・』

 ここまで美沙の話の途中から教室内のざわつきが大きくなる。

 俺は転校”する側”だが、転校生が”来る側”とでは話題性の大きさが違うのだろう。

 かく言う俺も前の高校に、しかも自分のクラスに転校生が来るとなっていたら大きな話題になっていたに違いないと思う。


 『は~い、静かに!えぇ~、今日から皆さんと同じ教室で授業を受ける事になる転校生が居ます』

 美沙がそこまで言うと、黒板にコツコツと何やら書いている硬質音が聞こえてくる。

 黒板の音が止まったと思ったら教室の扉が少し開き、美沙がひょっこり顔を出し手招きをして「どうぞ」と教室に入ってくるよう促す。

 美沙に促された俺は、教室内へ入って行く。

 黒板前の一段高くなっている壇上に上がり、美沙の隣に立つ。


 「ああっ!」 

 俺が壇上に立つと生徒側の席から声が上がる。

 声のした方に注目が集まり、俺も声のした方に視線を向ける。


 「あっ」

 声の主は俺の方を指さしていたので見つけるのは容易だった。その声の主は俺も見知っているものだった。

 いつぞや5円を上げた学生だった。


 「あら?二人とも知り合い?」

 俺とその声の主の反応を見た美沙が俺とその声の主に質問してくる。

 俺はその美沙の質問に「えぇ……」と答えた。


 「まぁ、一部知ってる子もいるみたいだけど、佐々木小次郎君です。皆仲良くしてあげてね」

 美沙が仕切り直して俺の名前を簡潔に紹介してくれる。


 「えっと、佐々木小次郎です。昔の剣豪、佐々木小次郎と同名ですが剣道とかそういうのはやったこともありませんが、よろしくお願いします」

 美沙の紹介の後、受け狙いをちょっと含めた自己紹介をする。


 「はいっ!それじゃ佐々木君の席は。。。」

 美沙がパンっ!と軽く手を叩き、俺の席を探す。


 「はいはい!美沙ちゃん!!ここじゃろ!?ここ!」

 勘九郎が立ち上がり自分の左斜め後ろの最後尾の空いている席を指さす。

 その仕草に美沙がため息をつき、勘九郎が指さす席へ座るよう促す。

 俺は自分の荷物を持ち、勘九郎の指さす席へ座る。

 他の生徒達の席の間をる際、好奇の視線が向けられていることに気付く。


 「早速ご縁(5円)があったのぅ」

 席に着いた俺の方に向き直って勘九郎がこの間のレジの事を話題にあげてくる。

 俺は正直な所、もう会うことはないと思っていた手前、その話しを出されて少々気恥ずかしくなった。


 「は~い。静かに!佐々木君への個人的な話しは後にしてね」

 パンパンッ!と手を叩き、美沙が生徒の注目を自分に向け直す。

 美沙は明日からの予定と、プリント類を配り始める。


 「明日からは通常通りの授業になります。皆忘れ物しないようにね」


 (明日からもう通常通りか……。えっと時間割は)

 俺は黒板横に張り出されている時間割に目を向ける。

 その際、右斜め前(俺からすると)の勘九郎が、何やらそわそわ?しているのに気づく。

 トイレを我慢しているようには見えないが……。

 勘九郎に気を取られていたが、もう一つ気になる点があった。

 勘九郎の隣、つまりおれの前の席が空席になっていたのだ。


 (誰か病欠なのかな?)

 と思い何気なくクラスを見回す。

 そういえば、篠崎先生の妹……、白愛が見当たらなかった。

 今日こそは会えるかもと思っていた俺は、少々残念な気持ちで肩を落とす。


 キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン


 「それじゃ、明日は忘れ物をしないように。特に夏休み中に出された課題の提出はするように。委員長号令」

 特に時間を気にしてHRをしていた訳じゃないと思うが、美沙の時間配分が絶妙に良すぎて一時限があっという間に終わった気がした。

 新学期の始まりで定番の席替えがあると思ったが、転校してきた俺に配慮してかどうやらないようだ。

 委員長が終わりの号令を掛け、今日一日が終了する。


 「よっしゃあ!終わった!」

 HRが終わると同時に、勘九郎が勢い良く立ち上がりこちらに振り向いてくる。

そわそわしていたのは俺と早く話しがしたかったからのようだ。


 「俺、酒井勘九郎!よろしく!」

 そう言って勘九郎が握手を求めてくる。


 「佐々木小次郎。小次郎って呼んでもらっていいよ」

 俺は差し出された勘九郎の手を握る。


 「おぅ!遠慮なくそう呼ばせてもらう!じゃけぇ、お前も俺の事勘九郎って呼んでくれ」

 俺と勘九郎が話していると、3人の生徒が近寄ってくる。


 「初めまして。俺杉谷。皆はテツって呼んじょる。よろしく」

 勘九郎を筆頭に、集まった3人が自己紹介をしてくる。

 田中のヤス、皆口のシンジ、この4人の他はまだ遠巻きに俺を観察している感じがした。


 「3人ともよろしく。そういえばちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 俺がそういうと4人は顔を見合わせ、言葉を待つ。


 「俺の前の席って病欠で誰か休みなの?」

 もしかしたら前の席が白愛の席かもしれないと思い、俺は4人に聞いてみることにした。


 「あぁ~、ん~……。あいつは始業式とかには出てこん奴じゃけぇなぁ」

 勘九郎が腕組みをして俺の問いに答える。


 「そこは篠原白愛って女子の席じゃ。あぁ篠原先生の妹な」

 勘九郎の隣に立っていた杉谷が席の主が誰なのか勘九郎の後に続いて答える。


 「へぇ~。そうなんだ……」

 俺はやっぱりそうなのかと思い返し、空いている席に目を向ける。


 「お前……、まさか白愛の事狙っとるんか?」

 勘九郎がからかったような表情で俺に聞いてくる。


 「ちっ!違う!俺はただ気になっただけで……」

 俺は恥ずかしくなり全力で否定する。

 おそらく顔は真っ赤になっているだろう。

 そんな俺の様子を見た4人が笑い出す。


 「なんなんだよ!もう……!」

 俺は笑っている4人から目を背け。そっぽを向く。


 「はははっ!すまんすまん。じゃけど白愛はやめとけ」

 勘九郎がまだ若干笑いながら俺にそう言ってくる。


 「なんで?」

 「やめとけ」という勘九郎の言葉に引っ掛かりを覚えた俺は、勘九郎に理由を聞き返す。


 「あいつは誰とも関わろうとせんのじゃ。あいつとは小学校から一緒じゃが誰かと親しくなったっちゅう話しは聞かんなぁ」

 「俺も小学校から一緒じゃけど噂っていう噂聴いたことないなぁ」

 勘九郎とヤスは顎に手を付け、昔からの事を思い出す。

 それを聞いた俺は「そうなんだと」勘九郎に返し、いじめ云々で一人になっていないことに俺は少し安心した。


 「さて、白愛の事は置いといて!一緒に帰るぞ!」

 勘九郎は自分の鞄を持ち、教室の扉に歩いていく。

 俺と他3人も急いで荷物を持ち勘九郎の後へと続く。


 「そういえば小次郎はどこの辺に引っ越してきたんじゃ?」

 俺達の先頭を歩く勘九郎が、顔だけこちら側に向け聞いてくる。

 再会して、しかも顔を合わせたのはまだ2回目だというのに、勘九郎は俺の事を呼び捨てで呼んでくる。

 小次郎と呼んでいいといった手前、いきなり呼び捨てにするなとも言えないが、俺は勘九郎のこの馴れ馴れしさが妙に懐かしく感じ、嫌な気分にはならなかった。


 「えっと、川西?ってとこ。ほら酒井……君と初めて会ったスーパーの近く」

 俺は勘九郎と違い、会って数時間の人の名前を呼び捨てにするのにちょっと抵抗があり、勘九郎の名前を呼ぶ際、言い淀んでしまう。


 「君はい・ら・ん!酒井か勘九郎でええって言ったじゃろ。同級生なんじゃから遠慮すんな」

 俺が名前を呼んだ時に遠慮していると思ったのか、勘九郎が少々怒り気味に言ってくる。


 「ごめんごめん。勘九郎」

 俺が名前を呼ぶと勘九郎は満足そうにうんうんと頷く。


 「ワルクの近くか。あの辺駅も近いし、いいよね」

 「そうだね。あれ、その時って皆口……も一緒に居たんだ?」

 俺は先ほどの勘九郎とのやり取りから、初対面で悪いとは思いつつも皆口の事を呼び捨てにした。


 「居た居た。確か登校日で帰りにワルク寄って、勘ちゃんが5円足らんかったって言っちょった日の事じゃろ?」 

 俺と勘九郎が「そうそう」と皆口の問いかけに頷き返す。


 (そうか、あの日登校日だったのか)

 あの日夏休みの昼頃から学生が居るなと思っていたことに俺は合点がいった。


 「俺とシンジも居ったよ。俺達先に出てたから佐々木の事は知らんかったけど」

昇降口の下駄箱で上履きから靴を履き替えながら、俺は田中の言葉に「へぇ~」と短く返す。

 俺達はそのまま昇降口から出て、自転車置き場へと向かう。


 「あれ、杉谷自転車は?」

 俺、勘九郎、田中、皆口は各々の自転車のカゴに鞄を入れていたが、杉谷だけ傍らで俺達の事を待っていた。


 「あぁ、俺は岩徳がんとく通学だからね」

 「ガントク?」

 聞き慣れない単語を聞いた俺は、杉谷に聞き返す。


 「学校来る手前で高架下通らんかったか?あそこに線路が通ちょってそこを岩徳線ちゅうディーゼル車が走っちょるんじゃ。岩国から徳山ちゅうとこまで走っとるから『岩徳線』」

 「へぇ~、そうなんだ」

 勘九郎と仲が良いからてっきり4人とも同じ地域に住んでいるものと思ったが、どうやらそうでもないようだ。

 俺達は学校近くの駅まで自転車を押し、駅で杉谷と別れ他愛のない談笑をしながら帰路に就いた。

 転校初日で不安もあったがどうやら人徳がそれなりにあったようで、友達には苦労しなさそうだ。

 これも"5円(ご縁)のおかげ……”かな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る