その名は異対

ある日の昼下がり。

仕事帰りの百尼びゃくにと千尋。


「それにしても並んだわねぇ。たかがカード買うのに四時間よぉ? しかも抽選だったしぃ。千尋が当たってなきゃどうなってたんだかぁ。」

「なんとか依頼人さんに渡せて良かったです。新発売のカードゲームってどこもこんな感じみたいですよ。」

「並んでた大半が大の大人だったわよぉ? ゲームは子どものものじゃないのぉ?」

「そんなの遠い昔の考えですよ。今や老若男女がお金を費やす世界の一大コンテンツなんですから。」

「そうなんですのぉ。その時間とお金をもっと有意義に使えばいいのにぃ。」

「それを言ったらおしまいですよ……」


話しながら歩いていると、前から白ずくめの男たちが現れた。五人。


「ん? 何でしょうあの人たち。」

「あ〜……面倒なやっちゃあよぉ。」


白のコートの襟をきちんと立てて、腰に武器をぶら下げ、足並み揃えて行進してくるその集団はとりわけ異常だった。


「わ、こっちに来ません?」

「来るわねぇ。暇なのかしらぁ。」


先頭の男が一歩百尼に近づく。百九十はある身の丈に、ボサボサ頭で無精ひげを蓄えている。


「よぉ~~〜、アバズレ、元気かぁ?」


ぶっきらぼうな挨拶。


「お陰様でぇ。仕事の暇が無くて参っちゃうわぁ。」

「そりゃ大変だ。慎ましく嫁入りでもしたらどうだ?」

「いい人がいればぜひそうしたいわねぇ。紹介してくれるぅ?」

「お生憎さま、そんな生贄とは知り合ってねぇよ。」

「「ハッハッハッハッハ!」」


二人して高笑い。横からこそこそと千尋が声を掛ける。


「あの、お知り合いで……? どういう方ですか……?」

「国に媚び売ってお給金せしめるクソ野郎ファッキンビッチよぉ。」

「お〜いおいおい。そんな紹介はねぇだろ。お嬢ちゃん、百の仲間? 名前は?」

「六波羅、千尋です。」

「なぁ千尋ちゃん、俺たちは『異能対策いのうたいさく特別警備隊とくべつけいびたい』ってなやつらだよ。お国のために異能を駆る特殊部隊さぁ。」


異能対策特別警備隊。通称異対。昨今の異能事件に対処するために政府直下に設立された対異能のエキスパート集団。全国から厳格に適正者が選別・招集され、少人数単位で編成される。一般には存在は公開されていない。


「んで、俺はその隊長ってわけ。高御堂たかみどうっつーの、よろしく。」


高御堂たかみどう|恭介《きょうすけ

天上天下刀の錆とならキリキリマイん』

『・振るう太刀筋で万物を切断することができる』


「よ、よろしくお願いします……それで百さん、どういう関係ですか?」

「関係もクソもないわよぉ。アタシが千尋に出会う前、一匹狼で一生懸命生きてきたところに何かと噛みついてきたのがコイツってだけでぇ。」

「いや、あのころのお前は酷かったぞ? 異能者だろうがなんだろうがお構いなしにぶっ飛ばしやがって……そんなやつほっとけないだろうが。」

「はいはい昔の話は聞き飽きましたぁ〜〜〜。」

「ったくよぉ。」


高御堂が頭を掻く。


「高御堂さん。」


白ずくめの集団の中から一人、高御堂に歩み寄る。百七十に満たない身の丈、黒髪短髪色黒、幼さが残る顔立ち。


「んん?何よその子ぉ?」

「お前が千尋ちゃん連れてんのと同じだ。ウチにも生きのいい新人が来たんだよ、なぁ?」

公縞きみじまと申します。」


公縞きみじま天旺てお

全てを我が眼差しの下スキャニングに』

『・自分中心に半径十メートル以内の任意の人間の個人情報を認識できる』

『・認識対象が異能者の場合は異能の詳細も認識できる』


「こいつはすげぇぞ。見た相手のことが何でも分かっちまうんだ。口座の暗証番号からスリーサイズまでな。だから嘘も見破る。本当に便利なもんだ。」


公縞は百尼をじっと見つめる。


「キャッ♡ ちょっとこの子、アタシの何を盗み見てるのぉ? いやぁ〜ん、まいっちんぐ♡」


体をくねくねさせる百尼。


「高御堂さん、この人……」

「ん?何か分かったか?」

「……変な人です。」

「あらっ。」


百尼、ズッコケ。


「ピンポンピンポン大正かぁ〜い。やっぱお前見る目あるなぁ。」

「ハァァァン?! このガキャア、世紀の大美人のどぉ〜こが変だって言うのよぉ?! その目ん玉潰したらんかぁぁぁい!」

「百さん、ストップストップ!」


青筋立てて怒る百尼を千尋が静止する。百尼はなんとか息を整え、


「……それで? 結局アタシに何の用なのよぉ?」

「あん? 特に?」

「はぁ? ふざけてんの?」

「ただ見知った顔がいたから挨拶しただけ。マジだよ。」

「本当?」

「本当本当。」

「はぁ〜〜〜、何なのよもぉ。」


百尼が太いため息をつく。


「でもまぁ、警告くらいはしといてやるかな。」


高御堂が懐からタバコを取り出しながらそう言う。


「警告ぅ?」


百尼も電子タバコを構える。


「最近異能のゴタゴタが増えてる、俺たちの手が回らんくらいにな。日本滅亡もいよいよ本腰、秒読みってとこかな。」


高御堂がライターを取り出す。


「だから?」

「もう素人が下手に首突っ込んだら危ないよ〜ってこと。命がいくつあっても足りんぞ?」

「ハッ。」


百尼は笑みを浮かべて、


「そっくりそのままお返しするわぁ。何でも斬り伏せられると高くくってるお坊ちゃんこそ、背中からブスっとやられないようにねぇ?」

「ふん、言ってろ。」


高御堂がタバコに火を付け、百尼が電子タバコをくわえた。


「「路上喫煙ダメです。」」


お互いの部下にタバコを振り払わられる。


「あてっ。」

「あちょっ、千尋ぉ〜。雰囲気がぁ〜。」

「ダメなものはダメです。」

「高御堂さん、ルールは守りましょう。」

「へぇい。」


お互いタバコをしまった。


「できる部下を持つと大変ですな。」

「同感ねぇ。じゃ、アタシたちは帰るから。」

「おう、邪魔したな。それじゃあ。」


互いに背を向けてそれぞれ歩き出す。

高御堂と公縞は、


「高御堂さん、あの人異能者ですよ? それも強力な異能です。いいんですか?」

「いいよ。社会に仇してるわけでもないし。それに……」

「それに?」

「本気でヤりあったらワンチャン、負けるからさぁ。」

「何を言うんですか。高御堂さんの剣は最強です。違いますか?」

「まぁそうだけどさぁ。ワンチャン、ワンチャンね。」


異対は雑踏の中に消えていった。

百尼と千尋は、


「何だか得体の知れない人たちでしたね。敵にはしたくないです。」

「そうねぇ。できれば、したくないわねぇ。」

「余計な敵は作らないでくださいよ?」


千尋が不安げな目で百尼を見上げる。


「善処いたしまぁす。」


百尼は大股で歩いていった。


数日後。

北千住のとあるアパート。真っ暗な部屋で中年男性が一人、布団にくるまっていた。


(アレ、まだできてないの?いつできんの?ねぇ?)

(何回同じこと言わせるんだ?!)

(いい歳してこんなこともできませんか……)


「うっ……」


(またですか?こっちの都合は考えてくれないんですね。)

(もういいですから、向こう行っててください。)

(ヒソヒソ……ヒソヒソ……キャッ、こっち見た!)


「うぅっ……うげぇぇぇ!」


ビニール袋の中に嗚咽。


「げぇっ、ふぅ……腹、減った……」


布団から這い出て、ズルズルと冷蔵庫へ。


「なんでもいい、なんでも食ってやる……」


菓子パン、惣菜、お菓子、おつまみをありったけ口に入れる。


「味がしない……まだ、まだ……足りない……」


生野菜、生卵、生肉、ジュース、お酒、調味料まで全部平らげる。


「なんだ……腹が減って仕方ない……まだ何か無いか……」


冷凍庫を開ける。冷凍食品をそのままバリボリ食べる。氷も製氷器ごと食べる。


「まだ足りない……ちっとも腹にたまらない……穴が空いてるみたいだ……」


戸棚を開け、インスタントラーメンやレトルトカレー、パックご飯を急いでかき込む。


「はぁ……はぁ……も、もう何も無い……全部食べた……」


ヨロヨロと布団に戻って横になる。


「……あ……あああ……」


目をつぶろうとするが、何かにうなされている。


「……ぁぁぁあああ!!! が、我慢できない!」


飛び起き、靴も履かないまま外に出る。


「め、飯……! 早く、口に入れないと……!」


走って近くのコンビニへ。目の前の棚には弁当が並んでいる。


「がっ……がぁぁぁ!」


飛びつき、貪るように食い散らかす。その不審さに気付いた店員が、


「ちょ、ちょっと?! 何してるんです?!」


中年を棚から引き離そうとした。


「グッ、グゥゥゥ……グォォォ!」


その背中が瞬く間に膨らみ、服を裂き破る。店員が弾き飛ばされる。


「ひっ、ひぃぃぃ?!」


首、腕、腰、脚、全身の筋肉が風船のごとく膨張し、中年だったそれは天井に頭がつくほどに肥大化した。目も張り詰めて口は裂け、大きな牙が生えている。


「グォッ、グギャォォォ!」


角崎つのさき芳一ほういち

天高く神獣肥ゆる日々ベヒモス

『・万物を消化吸収し、体躯を際限なく成長させることができる』

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