可愛いお姫様④
「だったら動いてみろよ。その瞬間体が輪切りになるがなぁ。」
「そうねぇ、でもぉ……」
百尼が糸鋸に指をかける。皮膚が切れて血が滴る。
「痛くてもやらなきゃいけないときって、案外多いのよねぇ。」
構わず押し広げ、隙間を作っていく。
「あぁ? なんで切れない……?」
「なんでかしらねぇ。」
できた隙間に体をねじ込み、脱出しようとする百尼。
「させるかぁぁぁ!」
糸魚川が指先から糸鋸を射出。百尼の右腕に絡みつく。
「ぬぅぁぁぁ!」
糸魚川が腕を引っ張り上げる。糸鋸が引かれ、百尼の右腕を切り落とす。
「それが何よぉ?!」
百尼は落とされた腕も使って包囲網から脱出。糸魚川に向かって走り出す。
「体硬過ぎかよ?! バケモンがぁ!」
糸魚川はさらに糸鋸を射出。今度は百尼の右足を絡め取る。
「かぁぁぁっ!」
百尼の右足を切り落とす。体勢を崩す百尼。
「その首、もらったぁぁぁ!」
「がぁぁぁっ!」
百尼が跳び上がる。糸鋸をかわし、糸魚川の顔面目がけて右の拳を繰り出す。
「は……? 右手……? くっついた、いや、生えた……?」
理解が追いつかない糸魚川の顔面に拳がめり込む。
「うりゃぁぁぁ!」
「ぶっげぇぇぇ?!」
弾き飛ばす。糸魚川は廊下を勢い良く転がった。
「髪切れちゃったじゃない、最悪ぅ。まとめとかないとダメねぇ。」
ヘアゴムを取り出して髪をまとめだした。その間に糸魚川がヨロヨロと起き上がる。
「見間違い、じゃない……再生の異能か……?」
「だったらどうなのよぉ?!」
髪をまとめ終わった百尼が突っ込み、大振りの蹴り。
「うぉぉぉっ?!」
糸魚川はギリギリかわす。
「もう一発! ……んん?」
百尼の足が止まる。見れば、床と足が糸鋸で繋がっている。
「こういう使い方もできるんだよ! 馬鹿が!」
糸魚川が反撃のパンチ。腕で受け止める。しかし腕と壁を繋がれる。糸魚川の攻撃を受けるたびに糸鋸で体が固定されていく。
「再生すんならやっぱり動かないでもらうぜ。心臓にでも糸繋いでりゃあ大人しくなんだろうなぁ?!」
百尼は顔を傾け、
「うっとうしいわぁ……!」
糸魚川を睨み、全身の筋肉が盛り上がっていく。
「う、動くなってんだろうがぁ!」
気圧されながらもさらに百尼を固定しようとする。そのとき、
「とぉりゃぁぁぁ!」
百尼は糸鋸を千切ながら両手を床につき、逆立ち。そのまま脚を大きく開いて腰を捻る。
「糸糸糸……チョロいのよぉ、全部巻き取ってやるわぁぁぁ!」
ブレイクダンスのごとく大回転。突風が巻き起こり、糸鋸が百尼の足に強引に巻きつけられていく。
「う、うげぇぇぇ?!」
射出したばかりの糸鋸も巻き取られ、回転に巻き込まれる糸魚川。百尼は姿勢を正し、吸い寄せられた糸魚川目がけて、
「トルネード膝蹴りぃぃぃ!」
脇腹に膝を食い込ませた。
「んのぉぉぉっ?!」
糸魚川が白目を剥き、床に倒れ込んだ。
「はぁ〜あ。ピチピチお肌を細切れにした罪は重いわよぉ。覚悟なさぁい。」
糸魚川の首を持ち上げる。
「ぎっ、ぎぃぃぃ……お前……なんで
「アンタに関係あるぅ? 無いでしょお?」
「あいつは……売国奴だぞ……」
「へぇ~、ご忠告どうもぉ。」
絞め上げる手は緩まない。
「がっ、くっ……クソッたれぇぇぇ!」
糸魚川が震える手を伸ばして百尼の耳へ。耳穴に糸鋸を射出する。
「おっ……?」
「脳味噌かき出したらぁぁぁ!」
百尼の頭からすり潰すような音。目から鼻からとめどなく血が流れてくる。
「あっ……あっ……」
「ヒヒッ……どうだ、参ったか……手、放しやがれ……」
「……ひゃ、ひゃひゃひゃ……」
百尼の口が歪む。
「ひゃひゃひゃ、ひゃ〜〜〜はっはっはっはっはあああああああ!!!」
「な、何……?」
「はははははは!はははは、はあっはあっはあっはあああああああああ、あはははははは!!!」
血を撒き散らしながら笑顔を浮かべる百尼。
「コ、コイツ、イカれた……?!」
「はははははははは!!!」
笑顔のまま絞める力を強める。指が喉に食い込む。
「ぐっ……?! うっ……」
糸魚川の体がだらんと垂れ下がる。しかし百尼はさらに強く絞める。
「ぎゃははははははは!!!」
「……」
糸魚川には反応が無い。喉から血が噴き始めた。
「百、さん!」
千尋の声。
「……ハッ?! あ、うん、千尋?」
「百さん、大丈夫ですか?声が聞こえてきましたけど。」
「あぁ、大丈夫、全然大丈夫よぉ。」
耳穴から糸鋸を引き出し、ようやく手から糸魚川を放した。
「侵入者はどうなりました? 全員やっつけました?」
「いやぁ、まだ二人いるはずよぉ。もうちょい待っててぇ。」
「分かりました。百さんもお気をつけて。」
百尼はまとめた髪を解く。
「ちょっとハイになってたわぁ。危ない危なぁい。」
残り二人。
四階、
玲奈は自宅で格闘戦が繰り広げられてるとは露知らず、可愛らしい寝息を立てていた。それを見守る千尋とメイドたち。
「
メイドは心配を隠せない。
「大丈夫です。百さんは無敵ですから。それに私たちじゃ、かえって足手まといになりそうですし。」
「……足手まとい、確かにそうですね。」
「あと二人、もう少しの辛抱です。信じて待ちましょう。」
「えぇ、分かりました。」
信じて待つことに決めた。玲奈の寝息だけが聞こえる。とそのとき、窓枠が吹き飛んだ。轟音とともに散るガラス、舞うカーテン。
「きゃぁっ?!」
「な、何?!」
開いた窓から二人の男が侵入してくる。
「ココだろ、ガキの部屋って。」
「そうだ、ベッドでおねんねしてるのがソレだ。間違いない。」
「んぇ……?」
玲奈が目を半分開ける。
「お嬢様……!」
「おっとお前らは動くな。死にたくなけりゃあな。」
男たちがメイドに銃を向ける。
「そ、そんな……」
ズカズカと玲奈に近づく男たち。その陰に、椅子を手に持って、大きく振り上げる千尋の姿があった。
「うりゃぁぁぁ!」
「はばぁっ?!」
一人の脳天に直撃。頭を抱えて転げる。
「んなっ?!何だお前?!」
その隙をついて今度はメイドが、
「お嬢様に近づくなぁぁぁ!」
花瓶でもう一人の頭をかち割った。
「おっごぉ?!」
二人して悶絶する。
「はぁっ、はぁっ……」
「や、やった……?」
しかし男たちは起き上がり、
「クソどもがぁ……舐めんじゃねぇぞぉ!」
千尋とメイドに向けて銃の引き金に手をかけた。目を瞑る千尋。
「〜〜〜ッ!」
「ナイスよ二人ともぉ。」
声とともに窓の外から伸びてきた二本の手。男たちを外に放り出した。
「やぁぁぁっ?!」
「めぇぇぇっ?!」
「百さん?!」
「良かった、助かったんですね……」
メイドが膝から崩れ落ちた。
「何、うるさいよぉ……」
玲奈がとうとう起きてしまった。
「あ、ゴメンね!大丈夫、何でもないから!寝てていいよ!」
千尋がフォローするが、
「ねぇ、窓開いてたっけ?」
ベッドを降りてしまった。
「あぁ〜〜〜!」
窓の外では、
「なぁにしてくれちゃってんのぉ。乙女をキズモノにする気ぃ?」
百尼が足を壁の凹凸に引っ掛けて逆さになり、男の一人の首を絞め上げていた。
「ぐぇぇぇ……ばぅ……」
動かなくなった。
残り一人。
「ちくしょう……ちくしょうちくしょうちくしょう!何が誘拐だ、もう知るか!」
地面に落とされた男が懐から爆弾を取り出した。タイマーをセットする。
『00:05』
「全部ぶっ飛ばしてやるよ……!まとめてあの世にイきやがれぇぇぇ!」
窓から玲奈の部屋にボトンと入る。
『00:04』
「ん?」
「お嬢様いけません!離れてください!」
「そうよ危ないわよぉ。」
百尼が部屋に入る。
『00:03』
「あ、百?コレ何?」
「花火よぉ。」
瞬時に爆弾を掴んで、
「そぉぉぉい!」
空高くぶん投げる。
『00:02』
「え、アレ……? 爆弾……?」
爆弾を唖然と見つめる男の下に、
「アンタも行くのよぉ。」
いつの間にか百尼が。地面に両手をつき、顎に全力のドロップキック。
「だっしゃぁぁぁ!」
「ふんぎゃぁぁぁ?!」
ロケットのごとく打ち上げられる男。
『00:01』
急いで玲奈の部屋に戻って、
「花火?」
「そうよぉ、上見てなさぁい。」
上空、男は爆弾と目が合う。
「ちょちょちょ、ちょぉぉぉ?!」
『00:00』
閃光。体の心まで抜ける爆音。暖色の火火。鮮烈なグラデーションが夜空に映える。突如現れた華々しい光景に目を輝かせる玲奈。
「びぇぇぇ……」
「うわぁ〜〜〜すごぉ〜〜い!」
「ね、綺麗ねぇ。」
「悲鳴が聞こえたような……ま、いいですか、もう。」
「えぇ、一件落着よぉ。」
こうして大家台宅襲撃事件は、幼女に悟られることなく劇的に幕を下ろした。
翌朝。
「玲奈〜〜!」
「パパ〜〜〜!」
親子の再会。温かいハグ。
「お父さんも無事そうで良かったですね。」
「そうねぇ……で、パパさんに言うことは言わないとねぇ。」
「……はい、お願いします。」
百尼が
「パパさん、ちょっといい?」
「はい、もちろん! 玲奈、ちょっとお話してくるな。」
「うん。」
玲奈から離れて話をする。
「メイドから話は聞きました。なんとお礼を言えばいいか……せめてもの気持ちで、報酬は倍にさせていただこうかと思ってます。」
「いいわよぉ。それより言っておきたいんだけどぉ。」
「はい?」
百尼の目つきが鋭くなる。
「本当に玲奈ちゃん守りたいんだったら、戦争を売り物にするのなんてやめなさぁい。」
「えぇ?!どうしてそれを……」
満が目を剥く。
「全部知っちゃったのよぉ。」
時は遡り、満が帰宅する少し前。
「百さん、言われた通り家のパソコンに侵入したんですけど、こんなものが……」
「あぁ、こりゃなかなかねぇ。」
千尋のパソコン画面に映し出されたのは、戦車やミサイル、軍艦、戦闘機といった兵器の輸送計画書であった。
「日本を中継地として世界中の紛争地に兵器を手配してるみたいです。欧米からアジア、中東、アフリカまで。」
「それにこっちの書類、麻薬の密輸じゃなぁい?それに特定保護動物の売買、犯罪者の密入出国……手広いのねぇ。」
「まさかお父さんがこんなことしてるなんて……」
「そりゃ仕事場に娘連れてけないわねぇ。大犯罪者ってバレるものぉ。」
この事実を知った百尼は満に忠告することにしたのだった。
「今回は無事に済んだけどぉ、パパさんがこんなこと続ける限り、永遠に玲奈ちゃんは救われないわよぉ。分かったぁ?」
「……はい、分かりました。」
満はうつむいたままだった。
用は済んだと、百尼と千尋とは屋敷を後にする。
「玲奈ちゃんが安心して暮らせる日は来るんでしょうか……?」
「パパさん次第ねぇ。無理に引き離すわけにもいかないしぃ、本当に娘を思う気持ちがあるなら、自分が変わるでしょお。」
「……そうですね。」
「ねぇ〜〜〜!百〜〜〜!千尋〜〜〜!」
呼ばれて振り返ると、玲奈が追いかけてきていた。
「玲奈ちゃん?どうしたんですか?」
「またいつかね、玲奈が危なくなったときは、助けに来てくれる?お金は払うから!いっぱい!」
「……あ。」
千尋は言葉に詰まり、百尼に目くばせする。
「……そりゃあ、お金さえくれればいくらでも、よぉ。」
「本当?!約束ね!また呼ぶからねぇ〜〜!」
玲奈は笑顔で手を振る。百尼も千尋もそれ以上何も言わず、手を振り返しながら歩き去る。
「あ、千尋〜〜〜!次会うときは、ないないが大きくなってたらいいね〜〜〜!」
千尋がガッと振り向く。
「だからぁ〜〜〜!私は普通にありますからぁ〜〜〜!ないないじゃ、なぁぁぁ〜〜〜い!!!」
「あっはぁ、八歳に言われてやんのぉ。」
「百さぁん!」
笑顔の別れとなった。
その後、国内の兵器密輸ルートがいくつも潰れたというニュースが出た。逮捕者はいなかったものの、世界の平和を脅かす存在が一つ消えたことは明らかだった。
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