可愛いお姫様③

大家台おおやだい邸前。

黒いバンが二台停まる。警備員が怪しんで近づく。


「ちょっと〜?おたくら何〜?こんな夜中に……げふっ?!」


頭を殴打され、あえなく気絶。


「この馬鹿の口ふさいで押し込んどけ。」


中から黒ずくめの男たちがゾロゾロ降りてくる。計十人。背の高い男が段取りを確認する。


「目標はこの娘、生け捕りで誘拐な。」


仲間に写真を共有。写っているのは玲奈。


「四階にいる。親父はいないからほっとけ。警備やメイドは最悪殺していい。」

「金目のものあったら盗んでいいすか?」

「誘拐終わったら好きにしろ。」

「よっしゃあ!」

「声がデカい。停電もいつまで続くか分からん、さっさと行くぞ。」


各員暗視ゴーグルを装着し、姿勢を低くして侵入する。


「散れ。」


男たちがバラバラに屋敷に近づいていった。その様子を屋根上から確認した百尼びゃくに


「クッソ、もう散っちゃったかぁ。手際いいわね。仕方ない、ちまちまやっていきますかぁ。」


スルッと屋根から降りた。


一階、廊下。

窓を破り侵入した男二人。


「なんだか緊張するな、誘拐なんて。」

「今さら何言ってんだ。仕事だ、気合入れていくぞ。」

「でも……すまん、ちょっとトイレ!」

「はぁ?もう、早くしろよ!」


一人がトイレに駆け込んだ。小便器の前に立ち、ズボンのチャックを開けて用を足す。


「ふ〜、俺は初めてなんだから、緊張もするよ。」

「あらそうなのぉ、みんな初めてぇ?」

「いや、初めてなのは俺くらいかな。どいつも経験豊富でさ。特にリーダーはすごくて……焦っちゃうよ。」

「初めてなら仕方ないでしょ、これからよぉ。」

「だよなぁ、ありがとう……」


用を足し終わった。そこで、


「……ん、んんん?!だ、誰ぇぇぇ?!」


振り向く。笑う女の顔があった。


「ぎぇぇぇ!」


トイレの外まで響く悲鳴。


「んぉっ?!なんだ、何があった?!」


返事は無い。もう一人もトイレに入る。


「おい、どうした?」


真っ暗なトイレに人影は無い。ただ大便器のドアが三つ、全部閉まっている。


「ど、どれかに入ってるのか……?」


慎重に右端のドアをノックする。反応無し。


「こ、こっちか……?」


真ん中のドアをノックする。反応無し。


「これか……?」


左端のドアをノックする。


「はぁい?」


女の声がした。


「うわっ?!何だぁ?!」


男が腰を抜かす。


「アンタこそ何よぉ。アタシはずっとここにいるのにぃ。」

「ずっとって……トイレの花子さん的な?」

「あ〜そうそうそういう感じぃ。」

「な、なら花子さん、ついさっき仲間がトイレに入ったんだが、見てないか?」

「見たわよぉ。」

「本当か?!どこにいるんだ?!」

「ここよぉ。」

「へ……?」


男が固まる。


「だから、こ〜こ。アンタの目の前にいるわよぉ。」

「ここって、そんな……い、生きてるのか……?」


目の前の閉まったドアに触れる。男の呼吸が荒くなる。


「どうかしらねぇ。鍵は開いてるから、開けてごらんなさぁい。」

「う、うぅ……」


恐る恐る取っ手を掴み、ゆっくりドアを開ける。


「し、失礼しま……?」

「うぉぉぉぁぁぁ!」


男の顔が視界いっぱいに飛び出してきた。男同士顔と顔がぶつかる。


「のぉぉぉっ?!」


その拍子で後ろに倒れ、思い切り小便器に頭をぶつけた。


「げふっ?!おぉ……」


ズルズルと倒れ込む。


「ふぅ、二丁あがりぃ。」


大便器のドア奥から百尼が出てきた。二人をふんじばる。


「ちょっと時間かけちゃったわねぇ、急がないとぉ。」


すると電球がパパッときらめき、辺り一面が光に包まれた。


「百さん、復旧しました!メイドさんたちには部屋にこもっててもらいます!」

「あんがとねぇ。玲奈ちゃんはぁ?」

「寝返り打ってるくらい、大丈夫です。」

「よしゃよしゃ。じゃあ次行きますかぁ。」


残り八人。

一階、キッチン。

侵入してきた三人。


「おい、明かりがついたぞ。早くないか?」

「もうゴーグルいらねぇな……うわっ、眩しっ!」

「目が慣れるまで時間かかるな、こりゃ。」

「そう、じゃあ慣れるまでアタシの番組観ていってちょ。」

「「「あぁ?!誰だ?!」」」

「百ちゃんの〜一分弱クッキング〜。テレテッテッテッ、テレテッテッテッ、テレテッテッテッテッテッテテテ♪」


軽快に歌を口ずさむ百尼。


「警備か?!邪魔すんなぁ!」


一人目が襲いかかる。


「まずは〜コンロを強火にして〜野郎の手の平で温度を確かめまぁ〜す。」

「あっちゃぁぁぁ?!」

「オリーブオイルを目に少量垂らしてぇ〜。」

「うぉぉぉ?!目が染みるぅ!」

「フライパンで頭を痛めまぁ〜す。」

「ふらぁいっ?!」


一人目、気絶。


「くそっ、まだが目がチカチカするが……行くしかねぇ、この野郎ぉ!」


二人目が襲いかかる。


「次は〜お鍋に水をたっぷり入れてぇ〜遠心力で振り回しまぁ〜す。」

「ばげらぁっ?!」

「そしたら野郎の頭を鍋にことこと沈めてぇ〜。」

「ぼいるぅっ?!」

「落し蓋をしてぇ〜一部の隙も無いようにしっかり絞め落としまぁ〜す。」

「べぇっ、ぶぅっ、あっ……あ……」


動かなくなった。二人目、気絶。


「やっと見えてきた……あぁ?!二人死んでるぅ?!」

「さぁ最後の一品、張り切っていきまっしょい。」

「てめぇぇぇ!」


ナイフを持って飛びかかる。


「最後まで包丁はいりませぇん、引っ込んでくださぁい。」

「っでぇ?!」


ナイフを蹴り上げる。天井にビィンと刺さる。


「耐熱皿に野郎の頭を寝かせてぇ〜。」

「ぎゃんっ?!」

「タバスコを〜アクセントで鼻にぃ〜ちょちょいと入れまぁ〜す。」

「げほげほっ?!粘膜がやられるぅ!」

「そしたらオーブンに頭ごとぶち込んでぇ〜。」

「べいくぅっ?!」

「温度をセットせずにチンをチィン!」


チンを思い切り蹴り上げた。


「あがっ?!……はぁん……」


泡を吹いた。三人目、気絶。


「一階はこんなもんかしらぁ。上に行かないとねぇ。」


残り五人。

二階、書斎。みつるの趣味で集めた芸術品が保管してある。絵画、彫刻、壺などの骨董品の数々……そこに侵入した男二人。


「これめっちゃ高そうじゃね?ここだけで一億くらいありそうだぞ。」

「あぁ、正直誘拐なんかするよりよっぽどチョロい。警備もザルだしな。窃盗に切り替えねぇか?」

「それリーダーに言ってみろよ。」

「ヤダよ。アイツおっかねぇもん。」

「だよなぁ。アイツ異能者だろ?誘拐なんて一人でできるだろ。俺らは何持ってくか決めようぜ。」

「了解。」


物色を続ける二人。


「あんまり大き過ぎるのも良くねぇな。小さくて高いのじゃないと。」

「分かる。宝石とかな……ん、おぉ?お、おい、これ見ろよ!」

「んあ?……お、おぉ?!」


二人の視線の先には、美しい女が肌を露わにしながら天女のごとく羽衣を身にまとう銅像? があった。


「う、美しい……まるで生きてるみたいだ……」

「すっげぇな……魅入っちまう……」


少しして、


「……ハッ?!いかんいかん、物色中だった。探そうぜ。」

「俺はもうちょっと見てるよ……」

「全く、さっさとしろよ。」


一人残して書斎の奥へ進んだ。

しばらくして、


「おぉ〜い、向こうヤバいぞ!ダイヤの指輪とかどっさり!ほら見ろよ!両手の指全部にこんな!すっ、げぇ、ぞ……?アレ……?」


さっきまでそこにいたはずの男の姿が無かった。


「どこ行った……?さっきまでこの銅像見てたはずだが……あぁ?!」


銅像? を見ると、さっきまでの天女が変わらずそこにいた。しかし今は片手に半裸の男の足を握り、宙吊りにしている。男の顔はボコボコに腫れ上がってるように見えた。


「ど、どういうことだ……?これ、お前……?な、なんで……」


天女の顔を見る。ジロリと目が動いた。


「んほぉっ?!ゆ、幽霊だぁ!動く石像だぁぁぁ!」


慌てて逃げ出そうとした。


「だぁっしゃぁぁぁ!」


天女が握った男を思い切り振り回す。男同士頭と頭がガチンとぶつかる。


「すたちゅぅっ?!」


二人とも気絶。銅像? の正体は百尼であった。


「ちょっと興が乗っちゃったぁ。急げ急げぇ。」


残り三人。

三階、廊下。


「めぼしいところにはいないわねぇ……このひっそりとした感じ、なんだかクサイわぁ。」


見回しつつ歩いていると、廊下の真ん中に背の高い男が一人現れた。


「……」


男は何も言わず背を向けて走り出す。追いかける百尼。


「待ちなさぁい。コソ泥はみぃんな私刑リンチよぉ。」

「……ヘッ。」


男が笑う。


「?……んっ?!」


百尼が追う足を止める。すると百尼の頬が切れ、一筋の血が流れた。


「惜しいな。あと一歩で体もバラバラだったが。」


目を凝らすと、廊下一面にピアノ線のごとく細く鋭利な糸が張り巡らされていた。


「あんた、リーダーねぇ?」

「そうだ。さっきから仲間をヤってるのはお前だな?用心棒が何かだろうが、よく邪魔してくれるよ。」


糸魚川佑斗いといがわゆうと

君を断罪する蜘蛛の糸スレスレシザース

『・両手の指先から糸鋸スレニキを射出する』

『・糸鋸には粘着性がある』

『・一日あたり百メートルまで糸鋸を生成、ストックできる』

『・糸鋸一メートル生成につき百キロカロリー消費する』


「綺麗な顔に傷、増やしたくなかったら大人しくしてな。嬢ちゃんいただいたら帰ってやるからよ。」

「ごめんねぇ、アタシも仕事なのよぉ。だからアンタもイかせてあげるわぁ♡」

「……口が減らない女は嫌いだ。」


糸魚川が指をさすった。

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