獣は肥えるよどこまでも①

「なぁ〜んでこのアタシが道端で交通整理なんかやらにゃああかんのぉ〜?」


北千住。

百尼びゃくにと千尋は地域チャリティーマラソンのスタッフバイトに来ていた。


「百さんのせいですよ。ランナーの誘導してたら『なんだこの美人は?!』ってみんな見惚れて足を止めちゃうからって、こんな端っこに追いやられたんじゃないですか。」

「んもぉ、美し過ぎるのも罪深いのねぇ。かわい子ちゃんもいないしぃ。フケて帰っちゃおうかしら。」

「ダメです。プログラムが全部終わるまでここで立っててください。」

「いけずぅ。美人の時間は安くないのにぃ。」


ふてくされた様子でしゃがみ込む百尼。


「……あら、揺れてるのねぇ。」

「地震ですかね?」


振動はどんどん大きくなる。


「結構大きいですよ?震度六とかでしょうか?」

「いや、これは……何だか嫌な予感が……」

「ブォォォォォォ!!!」


地響きのような鳴き声とともに、振動の発生源が目の前の道を通り過ぎていった。


「……気のせいよね。豚ちゃん? のでっかい版が通ったような……」

「はぁ、でも確かに……」

「ブァァァ!!!」


引き返してきた。


「気のせいだと思いたいんだけど……」

「無理そうですね……」


獣の足が止まり、顔が百尼たちの方を向く。顔だけで一軒家くらいの大きさがある巨体。


「ブゥゥゥ……」

「こ、こっち睨んでません? マズくないですか?」

「いやワンチャンまだ気のせいの可能性があるわぁ。豚ちゃん、森へお帰りぃ。ここにいたら生姜焼きにされちゃうからぁ。」

「……ブァァァォォォ!!!」


獣は地面を大きく蹴り上げ、突進してきた。


「ほらやっぱり来ちゃいましたよぉぉぉ?! どうするんですかぁぁぁ?!」

「アタシだって知らないわよこんなのぉ!」


全力で走って逃げる。獣は道と建物を削り壊しながらドスドス近づいてくる。


「追いつかれます、追いつかれちゃいますぅ! それにこの先はマラソンの走路です! このままじゃみんなが潰されちゃう……!」

「だぁ〜もぉ、しょうがないのねぇ。」


百尼が踵を返す。口を開けながら突っ込んでくる獣と相対する。


「そぉ〜ら右向け右ぃ!」


獣の右頬に蹴りをお見舞いする。


「ブォッ?!」


獣が倒れ込んだ。


「いっちち……このおデブちゃんが、重過ぎよぉ。」


獣がゆっくり体を起こし、スンスンと鼻を鳴らす。


「ブモォォォ!!!」


涎を流しながらどこかに向かって走り出した。


「ちょっと、どこ行くのよぉ! ま、いっか。アタシ関係無いしぃ。」

「何にも良くないです! 止めてください!」

「えぇ〜?」


百尼は眉をひそめる。


「足立区が潰されちゃいますよ! なんとかしないと!」

「う〜ん、でもぉ、依頼じゃないしぃ……」

「お願いです! 百さん! 私からのお願い!」


手を合わせ頭を下げる千尋。


「それはズルいってぇ……あぁ〜もぉ!」


百尼が頭をかきむしる。


「何とかしてやるわよぉ! 稼働費は区役所にでも請求しなさぁい!」

「分かりました、ありがとうございます!」

「ちくしょお〜!」


獣の後を追った。

北千住駅前通り。


「きゃぁぁぁ?!バケモノォ!」

「踏み潰されるぅ!逃げろぉ!」


逃げ惑う人々。獣は彼らに構わず、ドラッグストア、スーパー、飲食店に顔を突っ込んで破壊し、食料を貪る。


「そんなに食べるのが好きなのぉ? でもねぇ……」


百尼が獣の背中を駆け上がる。


「ほどほどにしないと、生活習慣病まっしぐらよぉぉぉ!」


獣の額に渾身の肘打ち。頭が地面にめり込む。だがすぐに起き上がった。


「ブフッ、ブフォォォ!」

「タフねぇ。しかもさっきより一回り大きくなってない? 困るわぁ、成長期ってぇ。」

「ブガァァァ!!!」


百尼へ突進、食らわんとする。


「ちょっとぉ! アタシは美味しいだろうけど、軽々しく口にしていいものじゃないわよぉ!」


なんとか人通りの少ない方へ逃げようとする。


「さてどうしようかしら、海に沈める……のはナシね、ちょっと遠過ぎ。その間にどんどんおっきくなっちゃうから、時間はかけたくないんだけど……せめて人がいないところに行かなきゃねぇ。」


作戦を考えつつ走っていると、


「よし、じゃあ……あらぁ?」


気づいた。獣が追ってきていない。商店街に戻って食い漁っている。


「何よぉ、女より食い気? 失礼しちゃうわぁ。」


そこへ、


「すみません、あの……八百百尼、さん。」


百尼に声を掛ける人物が。


「はい?あ、アンタはあの馬鹿の隣にいた……」

公縞きみじまです。アレを倒すんですよね? 協力します。」


異対のルーキーが現れた。


「さっき視ました。『天高く神獣肥ゆる日々ベヒモス』で、ただ大きくなるだけの異能です。」

「いや協力も何も、本当ならアンタたちだけでヤッてほしいんだけどぉ? アタシはただの一般市民ですからぁ〜。」

「でも異能者ですよね? 死ななければ死なない体、利用しない手はありません。」


百尼が口をあんぐり開ける。


「公縞ちゃん、鬼ぃ? 美人を顎で使おうって言うのぉ? てかあの馬鹿はぁ? アイツがやりなさいよぉ?」

「高御堂さんは別任務で遠征です。緊急招集エマージェンシーかけましたが、到着未定です。私たちでなんとかしましょう。」

「だからそんな義理は無いって……」

「報奨金出しますから。」


百尼の耳が動く。


「いくらぁ?」

「高御堂さんと相談します。」

「最低一千万でぇ。」

「五百でなんとか。」

「絶対無理。九百。」

「七百で。」

「八百。これ以上は無理よぉ。」

「分かりました。お約束はできませんが検討します。八百百尼さんの貢献度が認められればいけるかもしれませんね。」

「何よもったいぶっちゃってぇ。あと百でいいわよ、面倒くさぁい。」

「それじゃあ百尼さん、張り切っていきましょう。」

「はぁ〜い。」


こうして異対との共同作戦が始まった。


「で、何か作戦とかないのぉ? アタシに丸投げってことはないでしょお?」

「はい。河川敷の公園に災害用食料備蓄品を集めて、大量の爆弾を仕込んでおきました。」

「それをパックンチョとぉ。シンプルでいいわぁ。」

「というわけで誘導をお願いします。」

「アタシがぁ? なんでよぉ?」

「百尼さんはあまりにも魅力的ですから、僕よりも惹きつけられますって。」

「もぉ~、口が上手いんだからぁ~。お姉さんからの貸しよぉ?」

「……単純過ぎですよ。」


千尋の微かな声が聞こえた。

獣は所構わず建物に突っ込み、建物をかじっている。百尼が獣の正面に出る。


「豚ちゃあん、こっちよぉ。一緒にお外で遊びましょお~。」

「ブゥゥゥ!!!」


獣は一瞥もくれない。


「来ませんね……ちょっと行ってきます。」


公縞が腰に下がった刀を抜く。


「はぁっ!」


獣に切りかかる。しかし皮が裂けただけ。


「硬過ぎます!ちょっと僕無理そうです!」

「なぁ~に情けないこと言ってんのぉ! それでも男かぁ! 軟弱者ぉ!」

「僕は戦闘向きの異能じゃありませんので! 適材適所! よろしくお願いします!」

「ほんっとに世話の焼ける世界なんだからぁ! おぉらぁぁぁ!」


百尼が獣の横っ腹に飛び蹴り。全身に波紋が広がる。しかし獣は動じない。


「ウッソぉ? さっきより効いてない……てかさっきよりデカくなり過ぎ……」


獣の顔はビルほどの大きさになっていた。


「マズいですよ。さっさとしないと足立区どころか東京が潰されちゃいます。」

「分かってるわよぉ! このこの、こんのぉ!」


腹をボカスカ殴る。しかし贅肉に吸収されていく。


「ブォォォ!!!」

「だぁぁぁ! こんちくしょお!」


百尼は一旦離れ、街路樹を抱きかかえる。


「ふんぬぅぅぅ!」


地面ごと引っこ抜き、顔に向かって突っ走る。


「いい加減……! こっちぃ……! 見やがれぇぇぇ!」


ぶちかまし。街路樹が粉々に砕け散る。


「ブァァァ……?」


のそのそと、ようやく獣が顔を動かす。


「百尼さん! 注意が向いた! 誘惑してください!」

「はぁ? どゆことぉ?」

「食事に戻らないように気を引いて! 早く早く!」


そう言ううちに獣がそっぽを向こうとする。


「ほら早く!」

「あぁ~もう! やったるわぁ!」


百尼は獣の鼻先に乗り、胸元をガバッと開けて、


「うっふぅ~ん♡ ピーキーな雄豚ちゃあ~ん♡ お姉さんととぉ~ってもイイコト、し、ま、しょ♡ CHU♡」


最後に投げキッス。キッスはふよふよ浮いて、獣の眉間に命中した。固まる獣。沈黙の時が流れる。

十秒ほどして、


「……ブッフォォォァァァ!!!」


鼻息をブロアーのごとく吹き出し、前足を上げて叫び散らかす。


「ブモォォォ!!!」


建物を吹き飛ばして百尼に猛烈ダッシュ。


「きたきたきたぁ! アタシの美貌は全生物共通なのねぇ! あ~良かったぁ!」

「百尼さんナイスです! そのまま公園へ!」

「公園ってどっちぃ?!」

「私がナビします。駅前通りをそのまま西に、国道に出たら右折です。」

「ありがとぉ。さぁさ、豚ちゃんクッキングのお時間よぉ。」

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