ウリの少女①

**********


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


繁華街の路地裏。少女が隙間に身を隠す。


「アイツ、どこ行きやがった?!」

「おい、あっちだ!」


男たちが通過していった。


「……バーカ。」


少女がポッケをまさぐる。手には財布が二つ。中身を改める。


「なんだ、あんまり無いじゃん。シケてんの。」


お札だけ抜き取って捨てる。


「お寿司でも食べよっかな、久しぶりに。」


少女は繁華街に姿を消した。


**********


ある日、事務所。


「娘を探してほしいんです。何度も警察のお世話になってて、もう呆れられてて……本当にお恥ずかしい……」


家出娘を見つけてほしいという母親が依頼にきていた。


「家を出てどのくらいですか?」

「もう三週間になります。一度出ていくと一カ月は帰ってきません。毎回補導されてようやく帰ってくるくらいで……」

「どの辺りでよく見かけるとか、分かりますか?」

「前とその前は新宿にいたそうなので、今回もその辺りにいるんじゃないかと……」

「新宿って魔の巣窟じゃなぁい。面倒な事件もあるしねぇ。」

「歌舞伎町の変死体事件ですよね?なんともむごい死に方だとか……」


このころ歌舞伎町で若い女性の変死体が何度も見つかっていた。どれも腹を内側から破られたような跡があったという。


「娘さんも、もう人間の形してないかもねぇ。」

「そ、そんな……」


依頼人が顔を覆う。


「百さん!」


千尋が百尼びゃくにを睨む。


「お母さん、安心してください。我々がきっと見つけてみせますから。」

「どうか……どうかあの馬鹿娘をお願いします!」

「馬鹿娘、ねぇ。」


その日の夜。新宿、歌舞伎町。

百尼が娘を探しにきた。


「娘さんは『小島日和こじまひより』さん。十六歳の高校一年生です。写真ではそんな感じです。」


黒髪ボブで猫のような鋭い目つきの可愛らしい子。体格は平均ほど。


「せっかくのピチピチさをこんなところで浪費しちゃうなんて、もったいなぁい。アタシに任せてくればいいのにい。」

「任せろ、とは?」


千尋の声のトーンが一段下がる。


「なんでもなぁい。いいから探しましょ。」

「周りの監視カメラを見ると、ちょいちょいらしき人影があったので、歌舞伎町にはいると思いますが……それにしても何で夜まで待ったんですか?」

「女の勘よぉ。多分、こーいう路地の隙間に挟まってるわよぉ。」


そこら中の路地を覗く。


「そんな虫とか猫じゃないんですから……」

「いたわぁ。」

「いたぁ?!日和ちゃん?!こんなに早く……?」


百尼の視線の先には、写真通りの顔をした少女が。やけにきらびやかなアクセサリーとコートを着ている。


「何か用?あ、もしかしてアッチの客?別に女でもいいけど、料金変わんないからね。」

「へぇ、いくら?」

「二。」

「あら、現役JKにしては安くなぁい?」

「別にいいでしょ。ヤるの?ヤらないの?」

「そうねぇ、その二択だったら……」

「何悩んでんですか!」


イヤホンがキンキン鳴る。


「うるさいわねぇ、もぉ。」

「……誰と話してるの?」


少女が後退りする。


「いんやぁ?べっつにぃ。」


誤魔化すが、警戒は解けない。


「それに、私が女子高生って何で分かったの?制服も着てないのに……」

「あ。」

「……クッソ!」


少女が振り向いて走り出す。


「待ってよぉ、つれないわねぇ。」

「な、なんで逃げたんでしょう?」

「そりゃあ、男たちの恨み買ってるからでしょ。」


百尼はスパリと言ってのける。


「お、男?恨み?」

「手持ちが無いのに一カ月以上どこかにいるんだったら、ほぼほぼ体売ってんでしょ。だから夜の路地にでもいそうだと思ったのよ。」

「それで、恨みってのは?」

「安いのよ、あの歳と見た目で二万って。体で儲ける気無いのよ。だったらどうしてるか……誘うだけ誘って、財布盗んで消えてるんでしょ。男たちも未成年買おうとしたわけだから、警察に言えないしね。」

「そ、そんなことが……」


千尋は困惑を隠せない。


「たくましく生きてんのよ、ある意味ねぇ……ほぉら捕まえたぁ。」


少女を肩に抱きかかえる。


「離せ、離せよぉ!」

「ジタバタしないの、痛い目見るわよぉ?」

「なんだよ、やるならやってみろ!」

「あらそぉ。」


軽くデコピン。


「いったぁぁぁ?!何すんだぁ?!」

「やれって言ったんでしょうがぁ。さ、ママのとこに帰るわよぉ。日和ちゃん。」

「何、ママ?!」

「そうよぉ。ママに頼まれたからぁ。」

「ヤダァー!帰りたくないー!」


暴れ出した。が、強い力で押さえられてロクに動けない。


「駄々こねないのぉ。アンタも事情があるんだろうけど、こっちも仕事だからぁ。悪く思わないでねぇ。」

「離せって、この、ババア!」


百尼の足が止まる。


「……ぁあん?何つったぁ?」


眉間にシワが寄っている。


「ババア!バババババアァー!」

「ハァァァーン?!何を言うかぁこんのクソガキャァー!ピチピチプルプル肌を見なさいよ、どこがババアなんだゴラァー!」


百尼が青筋を立てて怒る。


「若作り!厚化粧!」

「黙らっしゃあい!この美しいボディを維持すんの、どんだけ大変か知らないでしょうねぇ!アンタなんかあと五年もしてごらんなさい、すーぐガッサガサのボッロボロになるんだからぁ!」

「うっさい!今若いからいいもん!ババアには無い若さがあるもん!」

「この分からずやがぁぁぁ!」

「百さん、大人なんですからほどほどに……」


ずっと口喧嘩しながら事務所まで帰った。


「この馬鹿娘が!歯食いしばれ!」


乾いた音が響く。母親が日和の頬をひっぱたいた。


「……」

「どんだけ心配したと思ってるの!色んな人に迷惑かけて!お父さんだって待ってるのよ!」

「……うっさい。誰だよ。」

「何?!」


母親がまた手を振りかざす。


「お母さん、ここはその辺で……」


千尋が止めに入る。


「あ、すみません。本当に何とお礼を言ったらいいか……」

「お金もらったしいいわよぉ。それより、日和?」


百尼が日和に目を向ける。


「な、何?」

「言いたいこといっぱいあるんでしょ?我慢しない方がいいわよぉ。」

「……別に、無い。」


日和はそっぽを向く。


「とにかく、ありがとうございました。ほらアンタも!」


母親が無理やり日和の頭を下げさせて出ていった。


「お母さん大変そうですね。日和ちゃん、分かってくれるといいですけど。」

「……そうねぇ。」


百尼は電子タバコをふかした。


**********


三日後、新宿歌舞伎町。


「今のヤツは結構持ってたな。ラッキーラッキー。」


日和は懲りずに、売春をチラつかせては金を奪って路地裏に逃げこんでいた。そこへ、


「ようお嬢ちゃん。景気どうだい?」


男の声がした。ハッと顔を上げると、路地の前後をガラの悪そうな男たち五人に挟まれていた。


「な、何よ……複数プレイはお断りよ……」

「プレイとかどうでもいいわ。俺たちの顔覚えてねぇのか?クソ女。」


そう言われて、正面の男の顔をジッと見て、気づいた。


「あ……前に、私を買った……」

「そうだな、俺たち全員、お前に金盗まれた馬鹿だよなぁ?!なぁ?!」


日和の額に冷や汗が流れる。


「どーせ金使い込んで無いんだろ?でも金は返してもらう。ソープにでも何でも沈めてなぁ……」


ジリジリと男たちが近づいてくる。


「……はぁ。」


日和は諦めた様子で、


「分かった。ソープでも何でもするから。案内して。」

「あ?さすがに諦めたか。まぁ若いからすぐ稼げるだろ…」


そう言って不用心に近づいてきた男に向かって、


「でぁぁぁ!」


股間を思い切り蹴り上げた。


「げぇっ?!」


その隙をついて男たちの脇を通り抜ける。


「おい、追え!絶対逃がすなぁ!」

「はっ、はっ、はぁっ……!」


必死に路地を縦に横に、なんとか撹乱しようと走り抜ける。


「クソッ、待ちやがれ!」


男たちも懸命についてくるが、少しずつ距離が離れていく。


「はっ、はっ……ノロッ、バーカ。」


そのまま走り去ろうとした。


「こんの、野郎ぉぉぉ!」


一人の男が地面に転がるビール瓶を投げつけた。後ろを振り返る日和の頭に吸い込まれていく。


「ぎゃっ?!」


鈍い音がした。瓶は日和のこめかみを殴打し、地面に砕け散った。日和は頭を抱えて倒れ込む。


「手間取らせやがって、クソ女ァァァ!」


追いついた男が日和に蹴りを入れる。


「ふぐっ……!」

「オラッ、オラァッ!」


何度も蹴られた後、男たちに抱えられて路地の一番奥へ。


「離せ、離せぇぇぇ!誰かぁぁぁ!!!」

「黙れクソが!」


頬を殴られ、地に伏せる。


「おめえは絶対許さねぇ。覚悟しろよ?ヤバい人呼んだから。その人に連れてってもらうから。大吾さん、お願いします!」


男が後ろに向かって声をかける。すると、


「おうおう、いい感じのガキじゃねぇか。ちょうどいい。」


後ろから身の丈二メートルはある大男が現れた。


「俺ぁ若けりゃ若いほどいいんだ。ヤらせてもらうぜ。」


日和の顔から血の気が引く。


「え、でもコイツは金を……」

「どうせ大した額じゃねぇだろが。後で愛好家にでも売ればいいだろ。女のガラは案外売れるからよ。」

「は、はぁ……分かりました。」

「ヤ、ヤる……?ガラ……?」

「お嬢ちゃん、今見せてやるからよ。俺のアレは特別でな。張り切り過ぎると卵が出てくんのさ。んですぐに孵って腹を食い破って出てくる。蜘蛛の子みたいなのがな。」


産島大吾うぶしまだいご

強制受胎の異分身卵生エッグヘッド・バース

『・自身の生殖器から相手の体内に卵を産みつけることができる』

『・卵は着床後約五分で孵化する』

『・孵化するのは蜘蛛分身スパイダーバースで自身の記憶を共有する』

『・蜘蛛分身は肉食であり、孵化後急速にエネルギーを欲する』

『・孵化直後は外界の刺激に弱く、寒暖差によるショック死や餓死しやすい』

『・成虫まで育てば外界の刺激にはある程度耐性がつく』


「な、な……」


日和の全身の毛が逆立つ。全身全霊で「コイツはヤバい」と感じてる。


「まぁすぐに死んじまうんだが……キメェしそれでいいわ。それより卵出すのが堪らねぇんだよな。一度味わうとやめらんねぇ。おい、上半身押さえてろ。」

「は、はい!」

「いやぁ!いやぁぁぁ!!!」


力を振り絞って体を捩るが、


「うるせぇって!」


顔を殴られる。


「うぐっ……」

「あんまり暴れるといてぇぞ。結局死ぬんだがな。」


股を開かされる。大男が自分のズボンを下ろす。


(あ……死ぬんだ……)


日和の全身から力が抜ける。目が霞んで視界がぼやける。


(悪いこといっぱいしたし、そりゃそうだよね……)

(お母さん、お父さん、さようなら……)

(あの人の言う通り、最後に何か言ってやれば良かったな……あの銀髪のお姉さん……)


霞んだ視界に、キラキラ光る銀髪が映った。


(そうそう、そんな感じの……)


銀髪がどんどんこっちに近づいてくる。


「……え?」

「ぁぁぁあああっしゃぁぁぁい!」


**********

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