ウリの少女②

「でべっはぁっ?!」


大男が転げに転げて壁にぶち当たる。


「いい悲鳴だったわよぉ。アタシはこの世のどんな女の子の悲鳴も耳に入ってきちゃうんだからぁ。」

「良かったぁ、あれからも歌舞伎町巡回してて……」

「だ、大吾さん?!何だ何だ、お前ぇ?!」

「何だかんだと聞かれたらぁ、答えてあげるが世の情けぇ、あまねく少女をこの手の中に、正義に燃える世紀の美女ぉ、八百百尼やおびゃくに、見!参!」


ビシッとポーズを決める。


「なんか邪な思想入ってません?」


千尋に突っ込まれる。


「茶々入れないのぉ。それよかアンタたちぃ、女の子一人に大の男が寄ってたかって、恥ずかしくないのぉ?」

「お前に関係無いだろうが!大吾さん、大丈夫ですか?!」

「こ、この野郎ぉ……!」

「アンタはなんで下半身露出してんのよぉ。しかもキモい見た目だしぃ。さっさと隠しなさぁい。」

「うがぁぁぁ!」


下半身そのまま百尼に覆い被さってくる。


「だから、キモいって、言ってんでしょうがぁぁぁ!」


股間に鋭い前蹴り。ガチンと、何かが弾けたような音がした。


「あああ?!ああ、あああ?!あああ……」


大男はうずくまってピクピク悶える。


「な、何しやがんだお前ぇ!」

「見たら分かるでしょ、女の子助けてんのよぉぉぉ!」


百尼は勢いそのままに一気に四人蹴散らす。


「げぇっ?!」

「ぐぎゃっ?!」

「どべぇっ?!」

「ぼぎゃあっ?!」


なすすべなく倒れ込む男たち。


「ひ、ひぇぇぇ!ごめんなさぁい!許してくださぁい!俺は何もしてないんですぅ!」


最後の一人。土下座して慈悲を乞う。


「ふん。何もしてなくはないでしょぉ?」


近寄り、つま先で男の顎を持ち上げる。


「あ、がぁ……?」

「その態度ねぇ、アタシが来る前にしてれば違ったかもねぇ。」


そのまま足先をスパッと振り抜く。


「がふっ…?!」


男の頭がガクガク揺れ、気絶した。


「その場にいるだけで同罪よぉ。お間抜けさぁん。」


全ての脅威を排除した百尼は、日和の体を抱き上げる。


「今度は話してもらうわよぉ。詳しいところをねぇ。」

「……うん。」

「百さん、近くの病院に連絡しました。まずは治療です。そこに向かってください。」

「はいよぉ。」


後を警察に任せてその場を離れた。


病院。

日和の治療が済み、事情をポツポツと話しだす。


「……今のお父さん、実のお父さんじゃないの。本当のお父さんは私が小学生になる前に離婚して、どっかいっちゃった。」

「ふぅん。」

「離婚してからお母さんが、怖くなった。」


日和は拳に力を入れる。


「ちょっと駄々こねたらすぐ叱られて、叩かれて蹴られた。授業参観のお便り渡すだけで『忙しいの分からないの?!』って怒られた。家にいるのが、本当に嫌だった……」

「それでお母さんに不信感があると、なるほどねぇ。」

「なのに、最近『新しいお父さんよ』っていきなり知らない人連れてきて、なんなんだよって思った!そいつもそいつで『温かい家庭を作ろう』とか気持ち悪いこと言うし!知らねぇよ!うんざりだよお前らなんか!」

「……そうねぇ。」


百尼も真剣な顔つきになる。


「……それでとりあえず家を飛び出してブラブラしてたら、おじさんに声掛けられて、それでホテルについていった。ご飯奢ってくれたし、もうどうでもよかったから。」

「それで、ヤったの?」


日和が首を横に振る。


「ヤってない。おじさんがシャワー浴びてるうちに色々考えて、やっぱ抱かれるの嫌だって思った。それで帰ろうとしたんだけど、おじさんのカバンが目の前にあって……」

「ついつい漁ったら財布があって、持っていっちゃったと。」


日和が首を縦に振る。


「お金無いとまた体売ることになるだろうから、それならここでもらっていった方が……って思った。それが案外簡単だったの。」

「それで味を占めちゃった。そういうわけねぇ。」

「……警察に言う?言うよね……」

「ん?言わないわよ面倒くさぁい。自分で言いたけりゃ言いなさぁい。」


日和が驚いた顔を向ける。


「え、何で……?」

「未成年買うやつも悪いしぃ。アンタも痛い目見たからどっちもどっちでしょ。」

「そう……そっか。」

「そうよぉ。」


日和の顔にちょっとだけ安堵が浮かぶ。そこへ、


「ひ、よ、りぃ〜〜〜!アンタって子はぁ〜〜〜!」


母親が病院に着いた。ズカズカと日和に歩み寄り、そのままポカン、と頭を叩いた。グーで。


「ほんっ、とに駄目な子!迷惑かけなきゃ生きていけないの?!ねぇ?!何なの?!」

「……」

「何とか言いなさいよぉ!」


母親が手を振り上げる。


「ストップ、お母さぁん。」


百尼がその手を止める。


「何?!離して!この子はいつもいつもいつも、心配ばっかりさせて……!」

「へっ。」


日和が笑う。


「心配なのは自分でしょ?娘がこんなだったら、新しい男に逃げられるかもしれないしね。」

「なっ……?!」

「アイツは?来ないの?やっぱ娘として見てくれないのか。そりゃそうだよね。」

「言わせておけばぁ!」

「どうどう、落ち着いてぇ。」


百尼が母親を押し止める。だが母親の興奮は収まらない。


「アンタが大切だから言ってるのよ?!私に育ててもらった恩、忘れた?!そんなに大きく育ったのは誰のおかげ?!この恩知らずがぁ!」

「育ててくれなんて言ってねぇよぉぉぉ!!!」


日和の慟哭が響き渡る。辺りが静まり返った。日和は目に涙を浮かべ、鼻水をすすり、息も絶え絶えになりながら続ける。


「アンタ一人で家族を支えてきたと思ってんの?!私が支えてあげたんだろうが!毎日毎日イラついて帰ってくるアンタの、少しでも助けになるように、小学生のころから頑張って洗濯して掃除して買い物してご飯作って……!それに感謝してくれたことあった?!『ありがとう』の一言でも言ってくれた?!無いよねぇ?!それどころか『味つけ濃過ぎ』『材料の無駄』なんて言ったよねぇ?!覚えてる?!」

「いや……それは……」


母親が視線を逸らす。


「アタシだってずっとずっと我慢してきたんだ!たった一人の家族だからって!それなのに、いきなり男連れてきて『今日から父親』って、はぁ?!舐めてんの?!知らねぇよ、そんな馬の骨ぇ!」

「そんな言い方……」

「それでソイツも家に住むようになって、アンタは人が変わったように『アハハ』『ウフフ』なんて言って、いい母親演じて……!それで『手間がかかる娘』なんて言って私を除け者にした!新しい家族に馴染めない私が悪いって、二人で晒し者にしたんだろうが!」

「そんなこと……」

「そんなことある!だから出ていってやったんだろうが!アンタらの家族ごっこ邪魔しないために!なのに今さら『私が大切』?嘘ばっかり!全部自分のためだろうがぁ!」

「……」


母親は黙り込んだ。


「何が母親が、父親だ、ふざけんな!本気で私のことなんか、心配したことないくせに……!」


日和の頬を大粒の涙が伝う。


「欲しい言葉も……かけてくれなかったくせに……!」


鼻を強くすすり、


「なのに……今さら、今っさらぁ……いいごぶっでんじゃねぇぇぇ!!!」


怒りと悲しみに溢れた声の詰まった叫びが響く。母親は目を見開いたまま動かない。

感情を出し切り肩で息をする日和に、百尼が近づいた。


「な…」


日和が目線を上げる前に、ぎゅむっと百尼の両手が頬を包み込む。


「うぎゅっ?!」


そのまま頬をこねくり回す。


「ぶっ、ぶふっ……やめろって!」


日和が百尼の手を払う。百尼は日和を優しく見下ろし、口を開く。


「……日和、アンタは正しい。何も間違っちゃいないわぁ。」

「……へ?」


予想外の言葉に、百尼を見上げる。


「家族のために自分で考えて行動する。それにどれだけ勇気がいるか、分かってるものねぇ。立派よぉ。」

「……」

「例えそのやり方が社会に認められなくても、いいの。みんな間違えるものよぉ。私だって間違えたんだからぁ。」

「う……あ……」


日和の目に再び涙が溜まる。百尼が抱き寄せる。


「そうよアンタは若いんだから、いくらでも間違えられるわぁ。そうやってやり方を見つけてばいいの。」

「本当?いいの?まだまだ間違えて……?」

「モチのロン、このアタシが許可するわぁ。この世でアタシより偉い人間なんていないんだからぁ。」

「……ぁぁぁ、うわぁぁぁあああ〜〜〜!」


日和は決壊したように泣きだした。百尼はその頭を撫でて、泣かせてやる。


「日和……」


百尼は母親に向き直り、


「ただ拒絶するだけじゃあ子どもはついてこないわよぉ。本当はアンタの胸で泣きたいんだから、受け止めてやんなさぁい。」

「は、はい……」

「それと、娘の一大事に駆けつけない男はアタシも父親とは認めないからねぇ。」

「はい……」


しばらく日和の泣き声が静かに響いた。


後日。

事務所に日和と母親、それと新しい父親の三人が揃ってお礼にやってきた。父親が頭を下げながら、


「この度は、私たち家族を助けていただき、本当にありがとうございました!」


合わせて母親も日和も自然と頭を下げる。


「それでぇ?これからどうするのぉ?」

「はい、これからは父親として、妻と娘に今どんな考えがあって、将来どうしたいかをきちんと聞いて、そのサポートを第一にやっていきます!差し当たって今日は……」


母親と日和をチラリと見る。


「お寿司食べに行くんでしょ?」


母親が言う。


「回らないやつね。」


日和も続ける。


「そ。いいことだわねぇ。」


改めて父親と母親はお礼を言って、事務所から出ていった。日和が一人、もじもじしている。


「何よぉ、さっさと行けばぁ?」

「あ、あの……百、さん?だよね、名前。」

「そうだけどぉ?」

「私……いつか絶対、百さんよりいい女になってやるから!覚悟しといて!」


ビシッと宣言する。


「アタシを越えるぅ?茨も茨、富士山越えてエベレストより無謀よぉ?ま、目標は高いほどいいっていうしぃ、高みで待ってるわぁ。」


手をヒラヒラさせる。


「へへっ、じゃあね!」


日和は笑顔で出ていった。


「殺人犯も捕まりましたし、一件落着ですね。」

「あのクソファッキン野郎、もっと早く見つけるべきだったわぁ。」

「仕方ないですよ……それにしても百さん、案外面倒見いいですね。慕われてましたよ。」

「美人には人が勝手に寄ってくるのよぉ、参っちゃうわぁ。」


そう言ながら百尼は指を折って、


「ひーふーみー……あと三年か、惜しいわねぇ。」

「百さん?」


千尋がジロリと睨む。


「なんでもなぁーい、気にしなぁーい。」


事務所は今日も平和だった。

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