ATM危機一髪②
「ATMを盗っちゃった悪ぅい二人は、どれとどれかしらぁ?」
「服装的に奥の二人だと思います。」
眼鏡をかけた男とツリ目の男が後退りする。
「眼鏡とツリ目ねぇ。アンタらには捕まってもらうわよぉ。」
「なんだこの女、警察か?!この野郎!」
手前の一人がバットを持って殴りかかってくる。
「アンタも一味でしょ。大人しくしてなさぁい。」
胸の辺りをぐいと押してやる。
「うぐぇっ?!」
派手な音を立てて転げ、壁に頭をぶつける。
「こんのぉ!」
手前のもう一人が瓶を持って殴りかかる。
「あら新品じゃない、もったいなぁい。」
瓶を受け止めてから蹴飛ばす。
「ぐっふぇっ?!」
「しかもいい日本酒だこと。二万円はするわよ、コレ。」
百尼は瓶の蓋を指で開けて、
「いっただきまぁす。」
口をつけて垂直に持ち上げ、一気に流し込む。
「な、何なんだコイツ……」
「わ、分からん……」
残りの二人は百尼の雰囲気に呑まれたのか、動かない。そのうちに百尼は最後の一滴まで飲み干した。
「ぷっはぁぁぁ〜。い〜い水分補給だわぁ〜。」
「何で飲んだんですかぁ?!酔っぱらっちゃってどうするんですか!」
「このくらいでアタシが酔うわけないでしょお?」
百尼は若干とろんとした目を二人に向けて、
「それでさぁ、アンタたち強盗でしょ?大人しくしててくれない?」
「クソッ、やっぱり警察か!逃げるぞ!」
眼鏡が窓を開ける。
「おい、さっさとしまえ!」
「あ、あぁ!」
ツリ目がATMに手をつける。すると忽然とATMが姿を消した。
『
『
『・手で触れたものを仮想空間に収納できる』
『・空間の容量は異能発現時の実家にある自室空間と同一』
「逃げるぞ!これしかない!行くぞ!」
「お、おう!」
二人が窓から飛び降りた。
「え?!そんな!死……」
「いや、大丈夫そうよぉ。」
二人は壁の凹凸を伝い、道端の植え込みになんとか着地していた。
「ほっ……無事そうで良かったです。」
「アタシも行きますかぁ。よいしょお。」
百尼も飛び降りる。何も使わずそのまま真っ直ぐに。右足をつけてから左足。右膝は地面につけて左膝は立てる。右手を指いっぱいに開いて地面につけ、左手は自由に。地面が揺れる。ヒーロー着地完了。
「ターミネーターか?!こえぇよ!」
「構うな!さっさと乗れ!」
二人がバイクに跨ってエンジンをかける。がしかし、ガタガタと揺れるだけで全く進まない。
「はぁ?!何でだよ?!」
「おい見ろ!パンクしてるぞ!」
バイクのタイヤは空気を失って潰れてしまっていた。
「さっきパンクさせといて良かったですね。」
「先見の明ねぇ。」
二人はバイクから降り、百尼から距離を取ろうとする。
「どうせアンタたちの雑さじゃそのうち捕まるわよぉ。だったら美人に捕まった方が、ムショでいい思い出にならなぁい?なるわよねぇ?」
「何言ってんだアイツ……!」
「どうしようどうしよう?!」
ツリ目はパニック気味。眼鏡は唇を噛んで、
「クソッ……!こうなったら仕方ない、奥の手だぁぁぁ!」
眼鏡が眼鏡を放り捨てて力む。するとズボンが裂け、みるみる下半身が膨らんで筋骨隆々になり、四本足に分裂していった。足の先にはそれぞれ蹄ができ、茶色の毛並みと立派な尻尾が目を引く。
『永井修太郎』
『
『・下半身を大型馬に変身させることができる。』
「……異能って色々あるんですね。驚きですよ。」
「これが現代の多様性なのよねぇ。」
「乗れ!俺で逃げる!」
「頼む!」
ツリ目が元眼鏡に跨り、
「はいよぉーーー!行っけぇーーー!」
「ヒヒィーーーン!」
ナポレオンのごとくポーズを決めて走り去っていった。
「おっと、びっくりしてる場合じゃない!追わないと!」
「分かってるってぇ。」
百尼がハーレーに跨ってエンジンをかける。
「あれ?そう言えば百さん、お酒飲みましたよね?飲酒運転……」
千尋が言い切る前にハーレーを走らせる。
「堅いこと言わないのぉ!必要悪ってヤツよぉ!キャッハァァァ!」
走り出してすぐに、大通りを走る元眼鏡を見つけた。すれ違う人はもれなく豆鉄砲を食らったような顔をしている。百尼は速度を上げて併走する。
「アンタたち目立ち過ぎよぉ。犯罪者なんだからもっと日陰を走りなさぁい。」
「うるっせぇ!このぉ!」
元眼鏡の馬脚によるタックル。ハーレーが軋む。
「ちょっとちょっと乱暴ねぇ。コレ高いのよぉ。」
「知るか!おい、コイツも消しちまえ!」
「え、えぇ?でも……」
「早くしろぉ!」
「わ、分かったよ。」
元眼鏡がもう一度タックル。そしてツリ目が百尼に向かって手を伸ばす。
「おっとぉ。」
百尼は身体を反らして避ける。そしてその手はハーレーのハンドルへ。
「お?」
ハーレーが消えた。百尼の身体が勢いそのままに宙に投げ出される。百尼は顎を引いてゴロゴロ転がり、衝撃を逃がす。
「よっしゃ!このまま逃げるぞ!ヒヒィーーーン!」
二人の背が小さくなっていった。
「百さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫だけど……」
百尼は髪をかき上げる。
「面倒ねぇ、もぉ。」
一方、逃げていく二人。
「これからどうする?」
「山にでも行って姿を隠してから、しれっと下りてこようぜ。」
「そうか、そうだな。」
「……なぁ、なんでアイツを消さなかったんだ?なんでバイクなんだよ?」
「いやバイクのつもりは無かった、たまたまなんだけど……ちょっと怖かった、かも。」
「は?怖い?」
「異能で人をしまったことがないんだ。だからどうなるか分からない。ひょっとしたら死んじゃうかも……」
「そんなこと気にしてる場合かよ。第一……」
「そんなことって何だよ!」
ツリ目が怒る。
「人殺しになるかもしれないんだ。お前と違って。そんなことって、言うなよ……」
「……そっか、悪い……」
「強盗は良くて殺しはダメなんて、変な倫理観ねぇ。」
「いやそこは越えられないラインというか、どうしても抵抗があるんだよ。」
「そうだよな、確かにラインがあるよな。」
「それにハーレー返しなさいよぉ。」
「それは……ん?おい、俺たち今、誰としゃべった?」
「へ?」
「こっちこっちぃ。」
声のする方向へ顔を向ける。そこにはさっき見た女が、髪をなびかせてすごい勢いで腕を振り足を回し、自らの足で走って横に並んでいた。
「げぇぇぇ?!うっそぉぉぉ?!」
「ありえんだろぉぉぉ?!おいお前、ちゃんと走ってんのかぁ?!」
「あったりまえ、全力も全力なんだが?!時速七十キロのトップスピードなんだがぁぁぁ?!なんで走って追いついてんだよぉぉぉ?!バイクいらなかったじゃあん?!」
「走ったら疲れちゃうじゃなぁい。それにハーレーに乗る女ってイカしてない?どぉ?」
「ふっざけんな……!舐めやがってぇ!」
元眼鏡が再びタックルしてくる。
「もう食らわないわよっとぉ。」
百尼は飛び上がり、元眼鏡の肩に手をかけて馬脚をかけ上がる。そしてそのままツリ目を蹴り落とし、自分が跨る。
「がっはぁっ?!」
ツリ目は受け身も取れずに彼方に転げ落ち、動かなくなった。
「あぁーーー?!何すんだお前ぇ?!」
「アンタが止まらないのが悪いんでしょお。」
百尼は元眼鏡の首を両腕で挟み込む。
「ぐっ、ぐげぇっ?!い、息が……」
馬脚がどんどんスピードを落とす。
「ほぉら、幸せの胸の中でイきなさぁい。」
「が……ぐ……」
元眼鏡の顔から血の気が引き、白目を剥き、そして、
「う……」
気を失い、馬脚も止まった。
「ふぅ、ようやくねぇ。」
「お疲れ様です。警察にはもう通報しましたから、後は任せちゃいましょうか。」
「そうねぇ。あ、ハーレーだけは絶対に返してもらわないとぉ。」
百尼は歩いて帰路についた。
かくしてあの部屋にいた四人は逮捕された。異能者ではない二人は実行犯では無いが、それなりの刑罰が与えられるそう。遊ぶ金欲しさの気の迷いによる犯行だった。ツリ目がしまった物は全て吐き出され、後日百尼の元にもハーレーが返却された。
事務所。
「どの銀行もATMの新規設置を止めて、今あるのも減らしていくみたいですよ。」
「やぁねぇ、犯罪者のせいで生きづらくなるのは。アタシたちはなぁんにも悪くないのにぃ。」
「百さんも犯罪者ではありますよ。」
千尋が顔をしかめている。
「へぇ?」
「飲酒運転、しましたよね?警察に見つからなかったからいいものの、立派な犯罪ですから。」
「あぁー……アレはねぇ、ノリというか何と言うかぁ…」
「ノリで犯罪してどうするんですか!いつか痛い目見ますよ!本当に!」
「そんな怒んないでよぉ。笑ってた方が可愛いんだからぁ。ね、千尋ちゃん♡」
「ちょっとは反省してくださいよ、もう!」
変わらず反省の色は無い百尼だった。
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