ATM危機一髪①

八百万マルチサポート事務所。奥の寝室で。


「あぁ、ちょっと……♡そんな……♡」

「あらぁ、さっきまでの威勢はどうしたのぉ?こんなにカワイクなっちゃってぇ。コーフン、するじゃなぁい♡」

「それは、あなたが……うぅん♡」

「アタシが何ぃ?ハッキリ言ってくれないと分からないわぁ?」

「い、意地悪ぅ……♡」


百尼が若い女性を抱き寄せて柔肌を撫でていた。


「あなた、仕事あるんじゃないの……?」

「仕事なんてねぇ、目の前にこぉんな綺麗でいやらしい娘がいるのに、できると思う?責任、取ってもらわないとねぇ。」


百尼が指先で女性の顎を上げる。二人の顔は鼻息が混ざり合うほど近い。女性の頬は深紅に染まって目が潤んでいる。


「あ……♡」


女性が目を閉じる。百尼は満足そうに口角を上げ、そのまま唇を重ねて、


「なぁーーーにをサカってんだぁぁぁ!色欲魔ぁぁぁ!」


千尋がドアを押し飛ばして入室してくる。


「ご……ごめんなさい!」


女性は顔を押さえながら出ていった。


「もぉ〜、いいとこだったのにぃ。デジャヴなんだからぁ。」

「なんで目を離したちょっとの隙に、新しい女の人連れ込んでるんですかぁ?!節操の無い!ハレンチ!」


百尼は慌てずに電子タバコをくわえる。


「いやぁいい子が無防備に歩いてたもんだから、ついつい声かけちゃってぇ。自分の気持ちに正直に生きるのが美貌の秘訣よぉ。」

「聞いてません!依頼人さんが来るの分かってますよね?!分かっててこんなことしてるんですか?!」

「分かってるわよぉ。そんなに心配しなさんなぁ。」


煙を吐く。その顔に反省の色は無かった。


応接室。

スーツ姿の来客があった。


「ミツムシ銀行の奥村と申します。」

「お越しくださりありがとうございます。どのようなご用件でしょうか?」

「それが……その……」


奥村は額に汗を浮かべ、少し口ごもってから、


「ATM強盗でして……」

「「ATM強盗?」」


二人で目を丸くする。


「コンビニとかに置いてある、あのATMですよね?そこのお金が盗まれたと?」

「はい、そうです。」

「なんでウチなのぉ?普通警察でしょお?」

「もちろん警察には通報しました。ですが、どうも様子がおかしくて……」


そう言って奥村は一枚の写真を見せてきた。写っているのはとある駅の構内。そしてATMが置いてあったであろう場所は、地面ごと綺麗さっぱり抉り取られていた。


「なるほど、これは……」

「まぁ異能でしょうねぇ。」

「えぇ、それでこちらに依頼を……こんなことが弊行だけで十件ありました。他の銀行も被害に遭ってるようです。」

「強盗はどの辺りでやられてますか?」

「最近は恵比寿で多いです。今日明日辺りもあるんじゃないかと……」

「襲われるところの予測ってついたりします?」

「えぇ、ココとココと、ココです。」

「じゃあ張り込みですね。百さん、いいですか?」

「オッケー。」

「それでは依頼お引き受けしますので、進展があれば連絡します。」

「よろしくお願いします!」


奥村は頭を下げて事務所を出て行った。


その日の夜、恵比寿。

百尼はハーレーに跨りながらATMを遠目に見張っていた。残りのATMは千尋が遠隔でモニタリングしている。


「警備員が一人立ってるけど、どうも心もとないわねぇ。」

「ATMだし、仕方ないですよ。それに今狙われてるのがATMだからいいですけど、いつ銀行本丸の金庫が襲われるかもしれないから、そっちの警備も忙しいんですよ。」

「警備員も大変なのねぇ。」


百尼はポツンと立っている警備員を見ながらそう言う。

一時間後。


「あ?!こっちの警備員が誰かに殴り倒されました!男二人組です!それでATMに近づいて……あぁ?!ATMが消えたぁ?!こんな一瞬で?!」


千尋が驚愕する声が聞こえる。


「こっちはハズレねぇ。顔は見えるぅ?」

「いえ、帽子か何か被ってて見えないです……あ、バイクに乗りました!逃げちゃいます!」


百尼がハーレーのエンジンをふかす。


「千尋、ナビして。どっちぃ?」

「駅前のアトレを通過して、写真美術館の方です!」

「はいよぉ。」


マフラーから煙が立ち込め、エンジンが唸りを上げ、タイヤが高速回転を始める。鋼の身体が勢い良く走り出す。


「不届き者の巣、突き止めてあげるわぁ。覚悟なさぁい。」


そのままスピードに乗り、夜の恵比寿を駆けて行った。


学芸大学。

あるマンションの元にたどり着いた。駐車場には千尋が見たバイクが停めてある。


「案外近かったわねぇ。それに普通のマンションじゃなぁい。警戒のけの字も無いことぉ。」

「そこのマンションの三階、一番左端の部屋ですね。さっきの男二人組が入っていくのが見えました。どうします?突入ですか?」

「他にも住人がいるだろうから、あんまり騒ぎにはしてあげたくないわねぇ。ちょちょいとクレバーに行きますかぁ。」


三階に上がっていく。問題の部屋の前に着くと、そのままインターホンを鳴らす。


「はい?誰?」


返事がきた。若い男の声がする。


「ぅ、ぅん。」


百尼は軽く咳き込んでから、


「ど〜もぉ〜♡八百万デリバリーヘルスでぇ〜す♡」


甘えるような猫撫で声を出した。


「おい、誰が呼んだ?」

「部屋間違えてないか?」

「でもめっちゃ美人じゃね?大当たり過ぎんだろ。」

「間違いでもいいだろ。さっさと中入れちまおうぜ。」


インターホンの向こうで男たち複数人のヒソヒソ話が聞こえる。


「これがクレバーですか?呆れた……」

お色気作戦ハニートラップは立派な戦略よぉ?失礼しちゃうわぁ。」


やがてドアの向こうから忙しない音がして、ドアが開けられる。


「おっ……マジで美人……♡入って入って。」


鼻の下が伸びた男が一人出迎える。


「お邪魔しまぁす。」


中は小汚く、廊下中にゴミが散らばっている。奥の部屋で男たちがはしゃいでいる声がする。


「ほぁぁぁ……」


出迎えにきた男は百尼から目を離さない。


「本当にすごい……顔も胸も……くぅっ、もう辛抱たまらぁん!」


こらえきれなくなった男が手を百尼の胸に伸ばしてくる。


「こーらぁ。」


百尼は人差し指と親指の先でその手の甲を摘み、ねじり上げる。


「いってててて、いってぇぇぇ?!」

「アンタが触れられるほど、アタシの身体は安くないんだからぁ。」

「痛い、痛いぃぃぃ!何なんだ、お前ぇ?!」

美人局つつもたせ担当、百ちゃんでぇす。よろしくぅ。」


男を蹴っ飛ばす。


「ぶぎゃあっ?!」


吹っ飛んだ男は奥のドアを破壊して倒れ込んだ。


「「「「な、なんだなんだぁ?!」」」」


奥の部屋にずかずか入り込む。狭い部屋で男四人が酒盛りしていた。その中心にはさっき強盗したATM。破壊されて金が散乱している。


「悪ガキたちぃ。楽しいのはここまで、お仕置きの時間よぉ。」

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