私人処刑①

事務所。

千尋が一人でパソコンと向き合って仕事をしている。ふと時計を確認する。


「そろそろかな。」


スマホを取り出して電話をかける。相手は百尼びゃくに。来客に余裕をもった時間にリマインドするのがすっかり恒例になった。


「なぁにぃ?」

「百さん?今どこです?直に依頼人さんが来る時間ですよ?」

「分かってるわよぉ……ジャラララ……いちいち電話してくれなくてもぉ。」

「心配なんですよ。」

「キンキンキン……まだ時間には早いでしょお?……ドジャアアア……ちゃんと間に合って帰るからぁ……バラバラバラ……」

「あの、どこにいるんです?さっきから後ろがうるさいですけど。」


会話に割って入る騒音を訝しむ。


「あぁ〜アレよぉ……カンカンカン……長期投資的なぁ?そういうものよぉ……ダダダダダ……」

「株ですか?百さんもやってるんでしたっけ?」

「そうそーう……ティロリロリロ……みんな自分の持ち手を増やそうと必死なのよぉ……ジャアアア」

「取引所にいるんですかね?なるほど、確かにそこなら騒がしいかもですね……とにかく、遅れないように気をつけてくださいね。」

「ディンディンディン……分かったわよママァ。愛してるわぁ。それじゃあねぇ。」


電話を切る。


「百さんって多趣味なんだなぁ。ああ見えて色々考えてるのかも……」


一方、百尼。


「そろそろ来るわよぉ。確実な百分率と書いて確率なんだからぁ。収束するに決まってるわぁ。」


横一列に並ぶ筐体。お札を入れれば銀色の玉が貸し出され、みるみる筐体に吸い込まれていく。派手な光と音の演出が勝負師のバイブスを掻き立てる。喜怒哀楽が入り混じる不思議な空間。

百尼は真剣な顔つきで長期債権回収パチンカスに興じていた。


「ここで退いたら負確……でも進めば?いくらでも可能性は開けるものよぉ。アタシはリスクを恐れない女……いざ!」


財布から万札を取り出して筐体横に挿入、大量の銀玉が補充される。


「いっけぇぇぇ!」


百尼のテンションは最高潮に達した。


約一時間半後、事務所。


「あの、そっちのお姉さん、すっごく不機嫌そうですが……?」


百尼はムスッとした顔で来客を迎えていた。


「気にしないでください。よくあることですので……依頼人さんの前ですよ、愛想良くしてくださいってば。何かあったんですか?」

「べっつにぃ〜?なぁんにもぉ〜?」


声色が何かを物語っていた。


「私は板橋の方でバーのマスターをやっているのですが、最近困ったことがありまして……『エレメンタルブラザーズ』の人たちが入り浸っているんです。」

「エレメンタルブラザーズ?何それぇ?」

「最近動画投稿サイトで急上昇中のチャンネルです。こんな感じの……」


千尋が動画を再生する。


「ど〜も〜!今日も元気に玉砕粛清!エレメンタルブラザーズで〜す!三男のレッド!」

「次男のブルーである。」

「長男、黄。」


特撮のヒーローのような衣装を着た若い男性三人組が映し出された。


「今日は〜、電車で痴漢した最低のクズを処刑したいと思いま〜す!イェ~イ!」

「ひぃぃぃ……」


スーツを着た中年男性が引きずられてくる。


「かような密閉空間でおなごに手をかけるとは……なんたる卑劣!」

「極悪。」

「だから誤解なんだって!私は何も触ってない!警察でも何でも呼んで、手の繊維でも調べてくれよ!」

「往生際が悪いな〜。触られたって言ってんだから諦めろよ。」

「我らは強きをくじき弱きを助ける者。おなごを泣き寝入りさせるわけにはいかん!観念せい!」

「万死。」

「じゃあいつも通り必殺技で決めちゃいますか!さぁさ、みなさんご注目〜!」


三人が男性に向かって手をかざす。レッドの手からは火が、ブルーからは水、黄からは雷が発生する。


「なんだなんだ?!や、やめ……」

「せーのぉ!」

「「「トリプルバーストォ!」」」


火、水、雷の三本柱が射出され、男性を襲う。


「ぎゃあああっ?!」


男性は大きく吹き飛ばされ、ピクリとも動かなくなった。


「う〜ん!気分爽快、抹殺完了!今日も街が平和になった!」

「うむ、この調子で巡回活動を続け、より良い世の中を目指そうぞ!」

「日進月歩。」

「じゃあ今日はこんなところで!この動画でスッキリした、またはしなかった人は、高評価とチャンネル登録、よろしくお願いしま〜す!毎日投稿やってますんで、通知はオンで!それじゃあ……」

「「「バイバ〜イ!」」」


動画が終わった。


「何なのよぉ、この自己満動画はぁ。」

「こういうのを『私人処刑系』って言うんですって。彼らはさっきみたいに手から火、水、雷を出して派手に処刑するから、CGにしても面白いって評判みたいです。」

「いや、それがCGじゃないみたいで……」


橋隅が遠慮がちに割り込む。


「どういうことぉ?」

「最初にも言った通り、最近彼らが店に来るようになって、それで『俺たちは正義だからタダで飲み食いさせろ!』って言ってきたんです。」

「断らなかったんですか?」

「もちろん断りましたよ!でもそしたら『正義に協力しないのは悪だ!』だとか何とか言って、店の中に火をつけたり水浸しにしたり、他の客や従業員を感電させたりして……」

「それはひどいですね。」

「それで客足が無くなって、従業員もみんな辞めてしまいました……このままでは店が潰れてしまいます!あぁ……!」


マスターが頭を抱える。


「その……エレメンタルブラザーズ?は、よく来るのぉ?」

「毎晩来ます。好きなだけ飲み食いして散らかして帰っていきますが……もう限界です!何とかしてください!」

「百さん、異能者だと思いますけど、大丈夫ですか?」

「まぁいけるでしょお。ダイジョブダイジョブ〜。」

「分かりました。お引き受けします。」


マスターがパッと顔を上げる。


「あ、ありがとうございますありがとうございます!よろしくお願いします!」


その日の晩。

板橋、バー『ドストエフスキー』前。


「着いたわよぉ。なかなかにご機嫌みたいねぇ。」


男たちの下品な笑い声が外まで響いてくる。


「マスターは中にいますから、荒事は外でやれればいいですね。」

「まぁまぁなんとかなるでっしょい。行ってきまぁす。」


ドアを開ける。

先ほど動画で見た通りの衣装を着た三人がソファにふんぞり返っている。テーブルには瓶とグラス、皿、食べ残し飲み残しが散乱していた。


「おいマスター!腹減った!チャーハン作れチャーハン!」

「そ、そんな材料無いですよ……」

「だったら買ってこいよ!気が利かねぇな!」

「拙者はパスタの気分であるな。ボロネーゼを所望いたす。」

「蕎麦。」

「で、でも……」

「さっさとしろよ!どうせ他に客なんて来ねぇんだから!」

「あらぁ、来てるけどぉ?」

「「「あ?」」」


ようやく三人が百尼に気づいた。


「……お、おぉ、いい女、じゃあん?」

「う、うむ、まるで小野小町のごとき美貌、苦しゅうない。」

「……愛寵。」


三人の視線をモノにしつつ、カウンターに腰掛ける。


「マスター、一杯もらえなぁい?オススメでぇ。強いのがいいわぁ。」

「あ、あの……?彼らは……?」


マスターが心配そうに尋ねてくる。


「ガソリン入れたらちゃんとやるからぁ。甘く蕩けちゃうくらいの、お願いねぇ♡」

「は、はぁ……分かりました。」

「あんまりマスターを困らせないでくださいよ。」

「せっかくバーに来たんだから、仕事前に一杯だけよぉ。」


カクテルを待つ百尼に、レッドが近づいてくる。


「ねぇお姉さん?良かったら俺たちと飲まない?てか俺たちのコト知ってる?知ってるよね?」

「知らなぁい。だぁれぇ?」


レッドがずっこける。


「おっとっと……そっか、知らないか〜!人生損してるな〜!」

「我らもまだまだということである。しかし知らないのなら、これからじっくりと仲を深めていけば良いのだ!」

「自己紹介。」

「そうだな!じゃあそんなお姉さんのために、俺たちの挨拶を見せてやるか!」


三人が立って並ぶ。


「エレメンタルブラザーズのレッド!心も処刑も超激ホット!盛り上げ担当!」


橋隅三太郎はしずみさんたろう

燃ゆる火一本にしがみファイアーイズマインつく人生』

『手の平から火を噴出する』


「エレメンタルブラザーズのブルー!顔から漂うクールの香り!知的担当!」


橋隅元二はしずみげんじ

流るる水一本にしがみハイドロイズマインつく人生』

『手の平から水を噴出する』


「エレメンタルブラザーズ、黄。無骨無難、色男。漢担当。」


橋隅一斗はしずみいっと

劈く雷一本にしがみサンダーイズマインつく人生』

『手の平から雷を噴出する』


「社会に裁けない悪は俺たちにお任せ!」

「悪しき世を正すため今日も今日とて練り歩く!」

「正義執行。」

「せーのぉ!」

「「「エレメンタルブラザーズ!」」」


ポーズも添えて決め台詞。三人とも得意げな顔をしている。


「へぇ、そうなのぉ。」

「反応薄っ?!」


三人がずっこける。


「ま、まぁ良かろう。それより次は貴女のお話を伺いたいのだが?」

「興味津々。」


三人が百尼ににじり寄る。


「そうねぇ。だけどその前にぃ、マスター?」

「は、はい、出来ました。どうぞ、ルシアンです。」


ウォッカとジン、カカオリキュールを合わせた度数の高いカクテル。甘い香りで口当たりが良く、女性に好まれる味。赤と茶のグラデーションがライトの光を受けて照りつける。


「どうもぉ。」


百尼はグラスを受け取り、口をつける。そのまま傾け、一口味わう。


「ほっ……」


百尼が小さく息を吐き、舌舐めずりする。その顔を直視した三人の背筋がピンと伸びてしまう。百尼が口を開く。


「アタシもアンタたちみたいにぃ、自分の正義を貫いてるのぉ。やっぱり国じゃあ救えないものもあるわよねぇ。」

「そ、そうだよな!なんだ、話合うじゃん!」

「これは僥倖!趣味嗜好が合うなら、他の相性も……じゅるり……」

「即発。」

「でも、ねぇ?」


テンションが上がる三人を尻目に、百尼は続ける。


「正しいと思ってたのに悪い、悪いと思ってたのに正しい……独り善がりの正義なんて、結局その辺を見失っちゃうのよねぇ。だけどまぁ、アンタたちが小悪党ってことは分かるわよぉ。」


三人の眉がピクッと動く。


「「「小悪、党……?」」」

「えぇ、だってぇ……」


三人が散らかしたテーブルをチラ見する。


「お酒のおの字も楽しめないようなキッズが掲げる正義なんてぇ、こっちからお断りよぉ。」


グラスを傾け、ルシアンを飲み干す。


「ごちそうさまぁ。」


百尼が立ち上がる。


「表に出なさぁい。蒙古斑の取れないお子ちゃまにぃ、大人の正義ってもんを教えてあげるわぁ。」


三人の表情が一気に曇る。


「コイツ、ちょっと顔がいいからって調子乗り過ぎだろ……何が悪党だよ。しかも小さいなんてなぁ……」

「我らが悪だと……?勘違いも甚だしい。これは身体に教えてやらねばならないようでござる……」

「忍耐不可……」


だが百尼はさっさとドアを開けて、


「早くお外に出ましょうよぉ。大丈夫、歩けるぅ?ほぉらあんよが上手、あんよが上手ぅ♡」


三人の何かが切れた音がした。


「てめぇぇぇ!処刑してやるぅぅぅ!」

「緊急動画でござる!『勘違い女を処刑してみた!』」

「制!裁!」

「あらぁアタシも動画デビュー?収益は折半でいいわよぉ。」


緊急の動画撮影が始まった。

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