第40話

「…無事に到着したけど、どうやって落ち合うかまでは考えてなかったな。」

大学の地図を眺めながら、健は致命的な事案に気が付く。珠子は一体、今どこにいるのだろ

う。

事務室で聞くか?だが、関係を問われれば何て説明しよう。不審者と思われるのは危険だ。

そもそも、教えてくれるかどうか。

悩んで、とりあえず雪像を作って遊ぶ学生に聞いてみようかと考えた。このぐらいの年頃の若者は変に気が大きく、防犯意識は意外と低い。と、偏見を持って、健は学生たちに近づいた。

「あのー、すみませーん。」

「んー?」

裸婦像の足の指先を精巧に作り出そうと躍起になる一人の男子学生に問う。

「絵画学科の、桜井珠子さんって知ってます?」

「桜井珠子?知らんなあ。ちょっと待ってて。」

男子学生は友人たちを募って、情報を掴もうとしてくれた。

「うちら彫刻学科だから、絵画学科とはそんな交流がないんだよな。」

「あー。でも、顔が広い先輩がいるから、聞いてみるよ。ちょい待ち。」

そう言うとスマートホンでメッセージを早速、その先輩とやらに送ってくれた。

「ありがとう。ところで、この裸婦像だけど。」

待っている間につなぎの会話として、健は裸婦像に抱いた違和感を告げる。

「鎖骨、この動きだともっとひねりを加えないとおかしくない?」

「え、マジで?」

「俺たち、ここ2~3時間作ってるから、とっくにゲシュタルト崩壊を起こしてるんだよ。きっと。」

健の指摘に学生たちは興味深そうに寄ってきて、話を聞く。

「えーと、ここの筋肉…名前は知らないんだけど、盛り上がるのと一緒にさ…、」

木の枝を拾い上げて、雪のない地面に下手な絵を描いて解説をする。

「ごめん。わかりにくいか。」

「いや、俺たちも平面苦手だから、逆によくわかるよ。」

「ちょっと手直しするから、お兄さん、監督してくれない?」

「え。」

健の返事を聞くよりも先に、学生たちはさらに人を集めて大掛かりに裸婦像の直しを始めた。

「そこ、もっと雪を盛って。」

「どこ?…ああ、ここ?」

サックサックと小気味の良い音を立て汚れのない雪を集めつつ、健の指示に従いながら鎖骨を含めその周辺の筋肉に至るまでを完成させる。小一時間をかけたその間、健と学生たちに不思議な連帯感が生まれ始めていた。

「…うん。いいんじゃないかな。違和感はなくなったよ。」

頷く健を見て、学生たちはハイタッチを交わす。

「いえーい!」

「いえーい、ほら!お兄さんも!」

「え?僕も?」

人懐っこい学生たちは、困惑する健の手も取る。

「完成ー!」

「い、いえーい。」

「お兄さん、人体の仕組みに詳しいんだね。もしかして、彫刻の先生?」

一人の学生が無邪気に聞く。

「滅相もない。人の体が好きなだけだよ。」

「健!?何してんの?」

ふと聞き覚えのある声に名前を呼ばれ、視線を向けるとそこに珠子とさやかが連れ立っていた。

「あれー、本当だ。宮野さんじゃん。」

さやかも驚いたように、目を見開いている。

「やっほー、たまちゃん。三島さんも。」

「あの子がたまちゃん?」

「たまちゃーん!!」

裸婦像の完成に気分が高揚している学生たちが、珠子の名前を連呼する。

「うるせー!」

珠子は耳を手で塞ぎながら、健の元へと駆け寄った。

「どうしたのさ。体験入学?」

「いや、たまちゃんの忘れ物を届けに。」

ようやく本来の目的を思い出して、健は絵の具箱の入った紙袋を珠子に手渡す。

「え、ありがとう。でも、今日は絵の具使わないんだ。」

珠子は申し訳なさそうに、言う。

「そうなの?」

「今日は授業、デッサンの日だから。学校に置きっぱの絵の具もあるし。」

どうやら忘れ物だと思ったのは、健の早とちりだったらしい。

「そっかー。事足りてるんなら、よかった。」

「ごめんね、健。ありがとね。」

じゃあ、と言って帰ろうとする健を珠子は止めた。

「あー、待って待って!」

「うん?」

「大学、ちょっと見ていきなよ。」


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