第39話

珠子のいない部屋は随分と味気なく感じる。

健は食器洗い、風呂掃除、ゴミ捨てなど一通りの家事を終えて手持ち無沙汰になっていた。

こんなときスマートホンがあれば少しは時間が潰せるがそれもないため、暇つぶしの方法が本当に限られた。時計を見れば、まだ午前10時を過ぎたところだ。

健康的に散歩でもしようかと健はアウターを羽織り、玄関に向かった。靴を履こうとして、靴棚の上にある絵の具箱に気が付く。珠子の忘れものだろうか。

彼女は絵画学科に通うと聞いている。この絵の具箱は無いと困るものではなかろうかと考え、健は大学まで届けようと思い立った。

「確か…、駅前からバスで一本、だっけ。」

珠子とのちょっとした会話に、大学までの道のりに思いを馳せる。とりあえず駅まで行って、インフォメーションがあれば聞いてみよう。

健は絵の具箱を適当な紙袋に入れて、玄関を出るのだった。


無事に大学構内行きのバスに乗り込み、健は最奥の座席に座る。温かい車内にほっとした。

何気なく窓を見ると、先客の名残に子どもがいたのか落書きが結露したガラスに描かれている。丸い顔ににっこり笑う顔だったが、露が垂れ、すっかり泣き顔になっていた。

「…。」

バスに揺られながら、視線を外に向ける。景色は徐々に自然豊かになっていき、それと共に雪深くなることに健は恐れおののいた。靴には、滑り止めが付いていない。

「慎重に歩かないとなー…。」

誰ともなしに呟き、ひそかに気合を入れる。

『次は、終点。芸術大学構内ー…、』

間延びするような運転手の声を聞いて、健は降車の準備を始めた。


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