第34話
神社に参道には屋台が並び、二年詣りに訪れた人々で込み合っていた。今年を無事に終わる喜びと、新年を迎える希望に満ちていた。
人の隙間を縫うように、健と珠子は境内へと向かう。境内では、巫女さんが参拝客の体を温める間酒を振る舞っていた。その中の一人に、さやかがいた。彼女の姿を見つけた珠子が嬉しそうに、さやかの元へと急ぐ。
「さやかー。」
「あ、珠子。来てくれたんだね!」
緋色の袴を翻して、さやかは甘酒を二つお盆に乗せて持ってきてくれた。
「はい、どうぞー。あ、宮野さんも。」
「どうも、ありがとう。」
白い紙コップに並々と注がれた甘酒は、芳醇な香りが湯気と共に立っていた。珠子は嬉しそうに、ふうふうと息を吹きかけながら早速飲んでいる。健はビニール袋を腕に引っかけてから、紙コップを受け取った。
「それ、全部お菓子ですか?」
健の荷物に気が付いたさやかが、首を横に傾けながら問う。
「うん?ああ、そうなんだよ。たまちゃ、」
名前を出される前に、珠子は健のわき腹へ肘鉄を食らって黙らせた。
「健、甘党らしくてねー。コンビニでわがまま言うのよ。」
「…の割には、チョイスが珠子好みだけど。」
「何か?」
珠子の笑っていない目を見て、何かを察したさやかは慌てて話題を反らす。素晴らしい防衛本能だと思う。
「私の巫女姿を見て、どう?なかなか様になってるでしょ。」
そう言うと、くるりと全身を見せつけるようにさやかは回転した。
「馬子にも衣装。」
「甘酒返せ。」
飲みかけの甘酒を取り上げようとするさやかから逃げて、珠子は健の背中に隠れる。
「宮野さんはどう思います?」
矛先を向けられて、健はまじまじとさやかを見た。
「もっと着物に着られている感があるかと思ったけど、似合ってると思う。」
実際、童顔のさやかに巫女衣装はより清楚な感じを醸し出していた。
「宮野さんは見る目がありますねー。おかわりはいかがですか?」
「健の裏切り者!」
珠子が悲鳴のような声を上げる。
「何だよー。そんなに甘酒好きなん?」
「たまちゃん。」
健がちょいちょいとさやかを指差す。
「ん?」
「…珠子、いっそ清々しいわ。」
こめかみに怒りマークを浮かばせながら、さやかは腕を組んで珠子に圧をかけた。
「あー、えーと。着物、似合ってるゾ!」
「…たまちゃん。」
わざとらしく間に合わせの誉め言葉に、健があちゃーと額に手を当て天を仰ぐ。そして言い聞かせるように珠子の目線に合わせて、猫背になる。
「こういうときはもっとスマートにゴマをすらないと、逆効果だよ。」
「伏兵がいやがる!?」
さやかが健の寝返りを見て、驚きに目を見張った。
「健、逃げるぞ。」
「おう。」
職場を離れるわけにはいかないさやかを置いて、二人は駆けだした。背後でさやかが猫のように怒っている声が聞こえ、珠子と健は笑いを堪えることができなかった
「たまちゃん、あまりからかうと可哀そうだよ。」
「健もね。あーあ、次に会ったら何て言って謝ろうかな。」
くすくすと顔を見合わせて、落ち着くとようやく周囲を見渡した。いつの間にか人通りを抜けて、神社の裏にある蔵の前まで来ていた。
葉を落とした木々の枝が幾重にもなり影を色濃く地面に描き、枯れた雑草が寂しく風に揺れている。無言で建つ蔵はどこか威圧感を放ち、来るものを拒絶していた。
しんとして静かで、まるで別世界のようだった。
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