第32話
そのまま手をつなぎ、コンビニまで歩く。
雪が積もり始めて、道が白く輝くバージンロードのようだった。だが二人分の黒い足跡が、早速穢していく。
「たまちゃん。過去の話をしたから、未来の話もしようか。」
「興味ないなあ。」
「まあまあ。ちょっと、聞いておいてよ。」
健はずっと考えていたことを、珠子に話し始めた。
「僕は、警察に捕まってきっと極刑になるだろう。」
「…死刑ってこと?」
そうだ、と健は頷く。
「僕は些か、人を食べすぎたからね。殺めたのは、さっき話した二人だけじゃない。」
病に侵され、余命宣告を受けた老人。
失恋で自棄になった中学生。
リストラされ、離婚を言い渡されたサラリーマン。
ギャンブル依存症による借金で、首が回らなくなった大学生。
世の中に、死にたい人はたくさんいた。
希死念慮を抱く人しか食べないのは、健に残された数少ない良心だったと思う。
「警察に何か聞かれたら、たまちゃんは脅されていたと言うんだよ。」
「え、嫌ですけど。私はさすがに死刑にはならないだろうし、まあ、何年か刑務所に入るのは覚悟のうちだよ。」
珠子の言葉に健は驚く。肝が据わっているのは何となく感じていたが、まさか服役すら考えていたことに。
「…ダメだよ。」
溜め息を吐きながら、健は苦笑する。
「…。」
「絶対に、ダメだからね。君は脅されて、僕を匿っていただけの被害者になるんだ。」
健に自らの考えを止められて、珠子は拗ねたように唇を尖らせた。本当に、可愛らしい幼子のような仕草を時々するものだ。
コンクリートのブロック塀が続く中、ある一軒家の前で生垣が植わっていた。それは冬の今の時期に美しく咲く、椿の花の木だった。紅い花びらが華やかに咲き誇る中、地面には椿の頭が潔く落ちている。
「…椿。」
「え?」
健の呟きを珠子が拾う。
「椿って良いよね。思い出に残る最後だ。」
「…健は、椿みたいに死にたい?」
珠子の問いに、そうだね、と健は頷いた。
「人を食べたい欲求に負けたとき、最期は潔く死のうと誓ったよ。だから…、死刑を宣告されても控訴はしない。」
「…会いに行ってもいい?」
刑務所に、と紡ごうとする珠子の言葉を健は首を横に振って、遮った。
「絶対にダメ。僕を忘れて、生きるんだ。」
「やっと見つけたマイノリティな同士を忘れるなんて、できないよ。」
「同士?…全然違うよ。」
健が足を止めると、一歩遅れて珠子も足を止める。
「たまちゃんは、人を殺したことがないだろう?それどころか有益な殺生もしていない。それって、天と地の差がある。もちろん、君が天だ。」
健の言葉に、珠子はぐっと唇を噛みしめた。彼女の瞳には分厚い涙の膜が張って、瞬きをしたら零れてしまうだろう。それを我慢するように、揺らぐ視線を健に縫い留める。
「…、」
言いたいことを言うこともできず、珠子は息を飲む。
そして、ふっと目線を反らすと健の手を引っ張るようにして歩き出した。無言のまま、身にまとう空気は固い。どうやら怒らせてしまったようだ。
夜のオアシスのようなコンビニまでの道のり、珠子はひたすらに健を引っ張り続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます