第31話

「…。」

健の話を聞きながら、珠子は感じ入るように目を閉じていた。きっと瞳の死体を脳裏に思い描いているのだろう。その証拠に、頬がわずかに上気している。まるでバラ色の、あどけない少女のような頬だった。

「…瞳さんは、最期に何て言い残そうとしたんだろうね。」

そっと瞼を持ち上げて、瞳は呟いた。

「さあ。興味なかったし、ちょっとじれったかったんだよね。」

正直に言うといつまでも、ココ、ココ、と犬の名前を連呼されて少しうんざりしたという。

「健ってドライだよねえ。」

ロマンがない、と呆れたように珠子は大げさに溜め息を吐いた。

「肉に情は必要ないだろ。」

「ふーん。美味しかった?」

「彼女は愛犬を失うまでは健やかに育っていたから、脂の乗りはよかったよ。」

ただ、落下の衝撃で折れた骨が細かく散った部分もあり、取り除くのが大変だった記憶がある。せっかくの人の肉を食べる機会なので、食感も大事にしたかった。

「意外と食通な感想だな…。健って料理はしっかりするタイプ?」

「肉料理に特化はしてる…かな。」

口元に手を当てて考えて、健は自分の得意料理を今、知った。

「健に下手な肉料理は出せんな。」

珠子は覚えたと言い、苦笑する。

「あ、ねえ。そろそろコンビニ行かない?私、肉まんが食べたい気分。」

ふと自らの空腹に気が付いた珠子が、健に提案をした。時計を見ると針は、夜の8時近くを指している。随分とおしゃべりで時間が過ぎたようだ。

「じゃあ、行こうか。」

「うん。」

それぞれ防寒具を身に着けて、玄関へ向かう。二人連れだって外に出ると、夜空に小雪が舞っていた。どうやら珠子の願い通り、雨から雪に変わったらしい。

ミルク色の呼気を吐きながら、珠子は踊るような足取りで歩く。バランスをとるように両手を広げて、くるりくるりとバレリーナのように回転する。

「たまちゃん、転ばないようにね。」

「へーい…、おっとと。」

と、言ってるそばから、珠子がぐらりと揺れた。健は慌てて、彼女の体を支えるために手を伸ばした。転ぶ前に珠子の手をキャッチする。

「もー、言ってるそばから…。」

「いひひ。」

まるでいたずら好きの悪ガキのような笑いを零す珠子に、健は彼女の考えを悟った。

「わざとでしょ。」

「バレた?」

珠子は握られた手を、自らの指を絡めるようにして握り返す。冷たい肌だと健は思った。

その手を温めたいと思い、ぎゅっと強弱をつけて握る手に力をこめる。

「なあに?」

珠子は健の思惑などつゆ知らず、無邪気に笑った。柔らかく目が細められ、口角がやんわりと上がる。まるで福福しい猫のような笑顔だった。

「なかなか体温が上がらないなと思って。」

「こうも寒いとねー。」

「何か悔しいな。」

そう言うと健は珠子の両手を自分の両手で包み込み、さらに温い息を吹きかける。指の隙間から、漏れた白い息が立ち上った。

「ありがとう。温かいよ。」

照れくさそうに、珠子は言う。彼女の赤くなった鼻の先に、健はつんと自分の鼻先でキスをした。


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