第25話

健と珠子は一つのベッドの上で毛布に包まりながら、ぽつり。ぽつりと会話を楽しんでいた。

温かい毛布を身にまとっていると、繭に包まれているような、母親の胎内の中にいるような、何事にも侵され難い二人だけの世界のように思えた。

「…ー。」

珠子は自分自身の髪の毛を梳く健の手を見上げていた。筋の張った無骨な男の手だった。

「…何?」

珠子の視線に気が付いた健が、手を止めてこちらを見た。

「んー…。かっこいい手だなあって、思って。」

「そう?普通だと思うけど。」

言いながら、健は自分の手をまじまじと見ている。珠子はふとその手に触れたくて、触れて欲しくて堪らなくなった。

「健…。遊びをしない?」

「うん?」

首を傾げる健に、珠子は自分の欲望を忍ばせつつ提案した。ごそごそと起き上がって健の目の前で正座する。そして、人指し指を一本立てて見せた。

「今からじゃんけんして買った方が10秒数える間、指一本で相手の体を触ります。笑ったら負けね。」

「おもしろそうだね。」

健もまた、楽しそうに玩具を見つけた子どものように目を輝かせる。

「じゃあ、じゃんけん。」

「いいよ。」

同意を得て、二人は手をふるった。

「じゃーんけーん…、」

ぽんとでた結果は珠子がチョキを出し、健がグーを出した。勝った健は嬉しそうに、珠子の前で同じく正座をする。

「指一本だっけ。触るよ。」

「うん。」

珠子は佇まいを正して、健に向き直ったのだった。健の人指し指の腹が、つ、と珠子の頬に触れる。

「3ー、4ー…、」

温かく、少しざらついた皮膚がくるくると絵を描くように頬を辿っていく。これぐらいならまだまだ平気、と思っていたら。

「9ー、」

10、と数える瞬間に健の人指し指が珠子の唇を撫でていった。その1秒に満たない刺激に、珠子の心臓の鼓動は高鳴った。

「…平気みたいだね。」

残念と眉を下げられる。

「うん。じゃあ、もう一回じゃんけん…。」

勝負をして出された手。次の勝者も健だった。嬉しそうに再び、人指し指を突き出される。珠子は負けた悔しさを滲ませぬように、ぐっと背筋を伸ばして胸を張った。

健は悩み、指で珠子の耳元をくすぐった。耳朶を柔く押して、顔の輪郭に添って産毛をなぞられる。淡い感覚に、肩がぞくりとした。

「体が震えたけど?」

「自己申告制でーす。」

そうか、と健は納得したのか早々に引き下がる。遊びはまだまだ続いた。珠子が勝って、どんなふうに指一本触れても健は微動だにしない。何回目かの勝負、また健が勝った。

「んー。」

健は珠子の首筋をなぞる。つー、と触れるか触れないかというギリギリの力加減で、肌の上を滑っていく。珠子はこくりと生唾を飲み込んだ。

首筋、鎖骨の中心から胸元へ人指し指が潜り込みそうになる瞬間。

「…ま、待った!参りました!!」

「勝った。」

健はにやりと笑って勝利を喜び、珠子は動悸と息切れに喘いだ。

「健、手癖悪すぎ…。」

「そういうゲームでしょ?」

ね、と首を傾げて同意を求められ、珠子はぐうの音も出ない。

「ところで、勝者にはなにかご褒美はないの?」

「ご褒美ねえ…。」

珠子は頭を悩ませて、そしてちょいと手で健を招いた。健は素直に従って、珠子の元へと近寄った。

「何だろう。」

「…。」

そっと健の頬に顔を寄せて、唇を微かに押しつける。

「!」

珠子が離れると、健は目をパチパチと瞬かせて呆然と頬に手を触れた。

「…これじゃ、だめ?」

珠子は頬を朱に染めて、俯いた。そのとき、彼女の顔に影が差す。

「?」

ふと顔を上げると、今度は逆に健から頬にキスをされた。

「不意打ちは禁止。」

ちゅ、と音を立て離れる。珠子と健は顔を合わせて視線を絡めると、クスクスと笑い合った。

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