第14話
おでんを食べ終えても鍋をこたつにそのまま残し、缶ビールを傾ける。クイズコーナーは終わり、テレビの番組はトークに移っていた。
そしてお風呂に入ってくるという珠子を見送って、こたつで少し横になろうとした健はいつの間にか深く深く眠っていた。
カチコチと秒針が時を刻む音が響いていた。今が何時かわからない。
健は空から落ちる夢をよく見る。それは太陽に近づきすぎたと理解した瞬間に訪れて、熱波に蝋の翼が溶け、真っ逆さまに落下していくのだ。夢の中なのに宙に放り出された感覚は鮮明で、内臓が浮くような不快感を得る。
逆に水底にいる時の夢はとても穏やかだった。柔らかい泥の上で寝転び、頭上は仰げば真白い光がカーテンのようにゆらりと揺蕩い、身体を包んでくれる。自然と呼吸がしやすくて、前世は魚だったんだろうと思う。
緩やかな水流から浮上するように、意識が覚醒する。眠りからの寝覚めはいつだって急だ。
「…。」
室内の電灯が消えている。テレビの電源も落とされて、とても静かだ。遮光されていないカーテンを、アパートの前の道路を通る車の白いライトが時折照らす。室内の埃がスターダストのごとくちらちらと舞っている。
闇に慣れた目で、珠子の部屋に置いてある時計を見る。剥げかけた蛍光塗料のおかげでうっすらと見える時刻は深夜2時を少し過ぎたぐらい。エアコンの暖房が効く音と加湿器が働く音が相まって響き、まるで循環する温かい水の中のようだった。
ただ、こたつでのうたた寝だったために肩が少しこっているように感じた。起き上がり、肩を解すように辺りを見渡すと、珠子はきちんとベッドで眠っていた。
風呂でメイクを落としたのだろう。化粧をしていない彼女は随分とあどけない。
微笑ましく思いながら、喉の渇きを覚えた健は台所に向かった。コップを借りて、水道で汲んだ水を煽るように飲み干す。
不思議な気分だ。
本当なら警察の脅威に怯える逃避行なのに、今、こんなにも心が凪いでいる。全部、珠子のおかげだ。…いや、一樹のおかげでもあるか。彼を殺めたことをきっかけに警察に追われ、この始まりそうな生活を手に入れることができたのだ。ありがとう、と思う。
台所の磨りガラス越しに見る月は、その凪いだ海に浮かぶクラゲのようだった。
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