第5話 パン耳ラスクとカフェ・ラッテ

午前の仕事を何とか終え、お昼休憩に入る。朝ごはんを食べ過ぎたこともあり、お昼は少なめにしてもらうことにした。

昼食は見習いさんたちが作ったうどんだ。正直なことを言うと、不味くはないが、美味しくもない。味というより、粉っぽい感じが問題だと思う。

「なんだぁ!このうどん不味いぞ!」

料理長がド直球ちょっきゅうに見習いたちに怒鳴どなりつける。誤解されないように言っておくが、この光景は日常茶飯事にちじょうさはんじで平日のお昼は、料理人やメイドたちしか邸宅内に居ないため、見習いたちは修行の意味も込めて昼食作りを一任いちにんされている。今日は失敗してしまったみたいだけど、いつも不味いわけではないし美味しくできた時の料理長は同じ、いやそれ以上の熱量で褒めちぎる。メイド長とは大違いだ。メイド長は私のことは滅多に褒めないし、寧ろ叱ってばっかりだ。特に、私がこの家のメイドとして働くようになってからは叱られた記憶しかない。そもそも笑顔を見たことがない。とは言え、育ての親でもあるメイド長には頭が上がらないし別の嫌いというわけではない。メイド長も私のことを嫌っているわけではないだろう。長く一緒にいるから何となくわかる。

「すまないね。こんな不味い飯を食わせちまって。」

料理長が頭を下げる。何度も言うが美味しければその逆の現象が起こる。

昼食を終え、午後の仕事に取り掛かる。


仕事も一段落した午後3時。ダイニングルームの前を通りかかったタイミングで料理長が声をかけてきた。

「菜月ちゃん、暇か?一緒におやつでも作らんか?」

「いいね。ちょうど今、一段落したとこ。今日は何を教えてくれるの?」

「へへっ。今日のは美味いぞ。」

「いつも、そう言ってるじゃん。」

料理長は最近、私にお菓子の作り方を教えてくれるようになった。ちなみに昨日陽太と一緒に食べたスノーボールクッキーも料理長に教えてもらったものだ。

メイドになりたての頃はメイド長と一緒にみっちりと料理を叩き込まれたが、今では、のほほんと楽しくお菓子を作るのが日常となった。

料理長もメイド長と同じく育ての親のような存在でお父さんというほど若くないし、何となくしっくりこない。おじいちゃんの方が年としては近いだろうか?

「サンドイッチを作ると必ず大量に余ってしまうものがある。」

「・・・パンの耳?」

「そうだ、ホットサンドや自分しか食べないときは、わざわざそんな面倒なことはしないが、ちゃんと作るときはパンの耳を切り落としてしまうわけだ。」

「たしかに、パンの耳おいしいのに(もぐもぐ)。」

「儂の作るパンは耳まで最高だからな。・・・って、コラッ!パンの耳を食べるでない。」

「・・・え?何で?もったいないじゃん。」

「今日は、これを使っておやつを作るからな。」

「へー、これで?」

「ああ、準備するのは、これだけ。」

料理長は、あらかじめ準備しておいたであろう大量の油が入った鍋と砂糖の袋があった。

「作り方は簡単だ。熱した油にパンの耳を入れて濃い目のキツネ色になるまで揚げる。その後、砂糖をまぶせば出来上がりだ。」

拍子抜ひょうしぬけするほどに簡単な手順。昨日作ったスノーボールクッキーは混ぜたり焼いたりしたというのに。

「おっと、しまった。菜月ちゃん、悪いが大きめのボウルを持ってきてくれんか?大きければ大きいほどいい。」

「わかった。」

料理長に頼まれ、調理場で一番大きなボウルを持ってくる。料理長はその中にキツネ色に上がったパンの耳を入れる。

「大きいボウルの方がからめやすいからな。菜月ちゃん、ここに砂糖を入れて全体に行き渡るように混ぜてごらん。砂糖は多ければ多いほどいい。」

言われたとおりに、パンの耳に砂糖を絡める。これまでのお菓子作りに比べれば簡単な作業だ。

「ほれ、完成だ。これは熱いのが美味いんだ。食うてみ。」

揚げたてのパンの耳を一つ摘まみ、口へ運ぶ。

ラスクだ。ちょっと堅めのラスクの味がする。

「これ・・・。ラスク?」

「ああそうだ、簡単かつ大量に作れる夢のラスクだ。砂糖を多めにしたから、濃いめのコーヒーが合うんだ。ほれ。」

料理長がいつの間に入れてくれたコーヒーを渡してくれた。カップが小さいのが少し気になるけど。

「ありがとう。・・・苦っが!」

「ガハハハッ。これは、エスプレッソだ。まぁ、濃くて苦いコーヒーだな。」

溜まらずせき込む私に、料理長が再びカップを差し出す。

「ちょっと、悪戯が過ぎたわい。これを飲みなさい。」

「これは、大丈夫なやつなの?」

「ああ、さっきのエスプレッソにミルクを入れた、カフェ・ラッテだ。」

「あ、これ美味しい。苦いのも良いアクセントになってる。」

「気に入ったかい。入れ方を教えてあげるから休憩の時に飲むといい。」

そう言って、エスプレッソマシンの使い方を教えてくれた。

「菜月さん。ここに居ましたか。洗濯物を取り込みますよ。」

メイド長が私を呼ぶ。

「おっと。もうこんな時間か。菜月ちゃん、残りのラスクは包んどいてあげるから夕食の時に持っていきなさい。」

「はーい。ありがとう。」

急いでメイド長の後を追う。一日の終わりまでもうひと頑張りです!

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