第6話 パン耳ラスクとエスプレッソ

洗濯物を取り込み、各部屋へ運ぶ。とは言え、部屋の中まで運ぶことはしない。かごを部屋の前に置いておくのだ。そうすれば、その部屋の人たちが各々おのおののタイミングで片づけを始める。私も自分の籠と合わせて陽太の籠を運ぶ。ついでなので、陽太の場合は部屋まで運び入れる。

そうしているうちに、陽太が帰ってくる時間になったため玄関へ向かう。それにしても、昨日のお坊ちゃま呼びの時の陽太の表情は見ものだった。

完全にクリティカルな不意打ふいうちをらったようなあの表情は思い出すだけでもみがこぼれる。おっと、ダメだダメだ。陽太は一応お坊ちゃまなのだから失礼があってはいけない。でも、お坊ちゃまなのはうそではない。


ガチャッ


玄関の扉が開き、陽太が家に入ってくる。しまった、頭よりも体が動く。

「おかえりなさいませ。・・・フフッ(笑)」

やってしまった。余計なことを考えていたせいで、『陽太さま』と『お坊ちゃま』が見事に混ざり合ってしまった。その上、少々不意を突かれたせいか声も少し裏返うらがえってしまった。それにしても、先に体が動くなんて、日々の習慣しゅうかんは恐ろしいものである。

「・・・なーつーきー!オメーなー!」

まずい。大事おおごとにされては面倒なことになる。

「陽太さま。お荷物をお持ちします。」

華麗に陽太から荷物を奪い取り、陽太の背中を押し、部屋へと向かう。

たまたま、近くにいたメイドと見習い料理人たちは必死に笑いを堪えていたが、もうダメそうであった。


陽太をダイニングルームへ送り、いつものように夕食と料理長と作ったパン耳ラスクを持って自分の部屋へ向かう。今日からテスト期間ということで、執事はしばしの休暇ということになる。

巷では、もうすぐ夏休みらしい。サッカー部に所属している陽太は最後の大会に向けて夏休みは部活詰めだと聞いてるし、それが終われば受験勉強じゅけんべんきょうを本格的に始めるらしい。

「後で、このラスクでもれよ」

勉強には甘いものが良いらしいから。


しばらくして、隣の部屋の扉が開く音がした。どうやら、食事を終えた陽太が帰って来たらしい。

コンコンコン


「菜月さん、お風呂に行きますよ。」

メイド長が呼びに来たようだ。お風呂に入ってから、陽太に差し入れをしようと思う。


お風呂から上がり、ダイニングルームに足を踏み入れる。料理長に教えてもらった通りエス・・・何とかマシンを使ってカフェラテを入れる。陽太もカフェラテで良いだろうか?勉強のお供だから、コーヒーの方が良いかもしれない。しかし、このマシン、一回あたりの量が少なすぎる。マシンを複数回使い、普通のカップ1杯分のコーヒーを入れた。


コンコンコン


「陽太、入るよ。」

「ん。」


ガチャ


机に向かい、ペンを走らせる陽太の背中に近づき、その手の横にパン耳ラスクとカップに入ったコーヒーを置く。

「これは?」

「パンの耳で作ったラスク。美味しいよ!」

「・・・ありがとう。」

陽太は、ペンを置き、パン耳ラスクを口に運ぶ。

「・・・美味い。」

「よかった。・・・これは、数学?」

「ああ・・・ってか、あんまり覗き込むな。」

「なんで?」

「先生にのぞまれてる感じがして、何かやだ。」

「ふーん。何か難しそう。全然わかんないや。」

「・・・集中できないから、早く部屋に帰れ。」

「はーい。・・・そうだ、参考書さんこうしょりるね。」

「え?何で?」

「何となく。私もやってみようかなって。」

「わかった。好きなの持ってっていいから。」

「ありがと!勉強頑張ってね。」


陽太の部屋を後にし、残りのラスクとカフェラテをお供に参考書を開く、学校とやらには行ったことがないけど、時折ときおり、陽太から参考書を借りて、自分で勉強するようにしている。だって、陽太に置いて行かれるの、ちょっと悔しいし。


「ぎゃあぁぁぁぁ。にっっっがーーーー!」


隣の部屋から陽太の叫びが響き渡る。そういえば、あのエスなんとかっていうコーヒー、すごく苦かったような気がする。

でも、目が覚めるし、勉強のお供にはちょうど良いでしょう。

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