第3話 手作りクッキーとアールグレイ

食事の配膳を終えて、陽太を呼びに向かう。


コンコンコン


「陽太さま。お食事の準備が出来ました。」

お坊ちゃま呼びは・・・もうしないでおく。流石に可哀かわいそうだから。

「すぐ行く」

短調たんちょうな返事と近づいてくるかすかな足音の直後、ドアが開き自分よりも少し背の高い少年が出てくる。

ダイニングルームへ続く廊下ろうか横並よこならびで歩く。横並びと言っても、私はやや後ろだけど。

特に言葉を交わすこともなくダイニングルームに到着とうちゃくし、陽太は家族と食卓しょくたくかこむ。

私は、メイド用の夕食を手に取り、自室じしつに戻る。

今日の業務ぎょうむはこれでおしまい。

片付けはしないのかって?それは厨房ちゅうぼうの人たちの仕事。

食後の誰もいないダイニングルームでは誰が食器を下げても変わらないからね。

メイドは基本的に自室で食事を取ることになっている。

料理人がお弁当みたいな感じで作ってくれていて、それを取って自室で食べる。

でも、出来立てだし中身は食卓に並んでいるものと同じだから美味しい。

部屋も一人部屋だし、お風呂も大きい。生活に困ることはまずない。

学校?行ってない。身寄みよりがないからね。年齢は14歳で陽太と同い年だから中学3年生になるのかな?

でも、生きるのに困っているわけでもないし勉強したくなったら陽太の部屋からこっそり本を借りればいい。

この家に拾われた時にメイド長に色々叩き込まれたから最低限さいていげん教養きょうようはある。

育ての親でもあるメイド長には感謝しかない。

夕食を食べ終え、容器を机の端に置く。明日の朝に厨房へ返しに行けばいい。


ガチャ


隣の部屋からドアを開ける音が聞こえる。陽太が部屋に戻ってきたみたい。

陽太と私の部屋は隣同士だ。なぜかは知らない。


パチンッ


陽太が部屋に戻ってから少し時間が経った後、私は指を鳴らす。

指鳴らしは私の数少ない特技で高く、鋭い音がする。


ガチャ


部屋の端にあるもう一つのドアが開く。なぜかこの部屋には隣の部屋との間にドアがあり、部屋を行き来できるようになっている。古い家であるせいか、ご当主とうしゅさまもその理由は知らないそう。

しかし、念のためご当主さまの許可を得て、庭師にわしにお願いして私の部屋側に鍵を設置してもらった。

つまり、私が開錠かいじょうしない限り、陽太はこの部屋に入れないようになっている。

誤解ごかいしないでほしいのが、決して陽太を警戒けいかいしているわけではない。

いつでも部屋に侵入しんにゅうできてしまう状況じょうきょうが嫌だっただけ。元々、鍵がついていないドアだったから片側だけに取り付ける方が簡単だったというのもある。


「お呼びでしょうか。お嬢さま。」

スーツ姿の陽太が仕事終わりの若メイドの部屋に足を踏み入れる。

お察しの通り、メイドの仕事が終わるとき御曹司おんぞうしである陽太は私の執事になるのだ。

見た目は執事というよりは黒服くろふくの方が近いのかもしれないけど。

いつもは、もっとなりきってくれているのだけど心なしか少し不機嫌ふきげんな感じがする。

執事の陽太は部屋にある電気ポットでお湯を沸かし、慣れた手つきで紅茶を入れる。

私のもとに紅茶を置き、肩をむ。いつもの流れである。

「執事、もしかして怒ってる?」

「いえ・・・別に」

若干じゃっかん素が出てる。間違いなく、今日のお坊ちゃま呼びを根に持っている。

やり過ぎたとは全く思ってないけど、このままにしとくのも面倒めんどうだから、少し手を打つことにする。

「執事、目をつむって。」

「えっ・・・なんで?」

「いいから」

「・・・?かしこまりました」

状況を理解できない様子を見せながら、言われるがまま陽太は目を瞑る。

「口を開けて」

「ん?ああ・・・」

無防備むぼうびに開かれた陽太の口の中に一口大の丸いものを入れる。

「ん!?(ザクザク)これは・・・クッキー?」

「そう、スノーボールクッキー。お昼に作ったの。美味しい?」

「・・・うん。」

陽太の顔が少しずつにやけたような笑顔になる。余程よほど、クッキーが美味しいらしい。

「よかった。じゃあ、今日のお坊ちゃま呼びのことは、これでチャラね。」

「なっ・・・」

「さっきまで引きずってたでしょ?ほら、クッキーまだあるから一緒に食べましょ?紅茶は自分で入れてね。」

「・・・かしこまりました。お嬢さま。」

執事が自分の紅茶を入れている間に部屋の中央にあるテーブルに移動する。

少し背の高いちゃぶ台くらいの小さなテーブル。時間によって立場が逆転する関係。私はこの家から出たことがないけど、この関係が不思議なものであることは分かる。

これが私の過ごす日常の一部始終いちぶしじゅう

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